第十四話 再生薬
「ぐえ!」
ソウマは地面に転がり、握っていた木剣が遠くに吹き飛んだ。
ソウマとエミリの二人は拠点の外の空き地にいた。
「なにやってるの! 手に持ってる武器は絶対に離しちゃだめって言ったでしょ!」
エミリは木剣で自分の肩をトントンと叩きながら言った。
「はい……ずびばぜん……。」
ソウマは半べそをかきながら謝り、ヨロヨロと立ち上がった。
「泣かないの! 男の子でしょ! ほら、もう一本いくよ! 構えて!」
「はい……お願いします……。」
ソウマはフラフラしながら木剣を構えた。
「じゃあいくよー! やあー!」
エミリは木剣を振り被ってソウマに切りかかった。
「ひい!」とソウマはエミリの気迫に圧倒された。木剣をもろに食らい、「ぐえっ!」と断末魔を上げながら地面に転がった。
エミリは顔に手を当て、やれやれとばかりに首を振った。
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「全然違う! 構え方はこう!」
エミリはかなりごつい鉄砲を担ぎ、打ち方を指導していた。
「はい!」
ソウマは珍しくはきはきと返事をし、額に汗しながらエミリの手本通りに鉄砲を構えた。
「よーし! じゃあ撃ってみて!」
「はい!」と返事をし、ソウマは遠くの的に向かって鉄砲を撃った。が、踏ん張りが効いていなかったのか、鉄砲の反動で後ろに吹っ飛んだ。
「もう! しっかり踏ん張らないと!」
エミリは檄を飛ばした。
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「痛!」
ソウマは痛みで顔をしかめた。
ソウマとエミリは拠点の広間にいた。ソウマは椅子に座らされ、エミリから傷の手当てを受けていた。
「我慢して。もうちょっとで終わるから。」
エミリは綿でポンポンとソウマの傷を拭きながら言った。
「えーっと、あとは……あ! ここも結構擦りむいてる。」
エミリはソウマの体を見回しながら言った。
「何かお困りかなぁぁぁ?」
広間を通りかかったマディが尋ねてきた。
ソウマは初めてマディの全体像を見た。
マディはソウマやエミリより頭一つ背が低く、顔は童顔でぱっと見十歳くらいの見た目だった。白い髪を長く伸ばし、ギョロリとした目は長い前髪に隠れ気味だった。口は不気味にニタニタと笑い、ギザギザの歯が見え隠れしている。フード付きの白いローブを身に纏っているが、サイズが全く合っていないのか、手は袖の中にすっぽり収まり、裾は床を引きずり気味だった。
「あ! マディさん! ソウマが稽古であちこち怪我しちゃって。」
エミリはマディに微笑みながら言った。
「成程ぉぉぉ。そんなソウマ君に良い物があるよぉぉぉ。」
マディはソウマのほうにずいっと顔を寄せると、ローブの内側から小瓶を取り出した。小瓶には怪しい紫色の液体が入っていた。マディはその液体をスポイトで取ると、ソウマの傷に垂らした。するとソウマの傷が立ちどころに治った。
「うわあ! 凄い! マディさん、それ何ですか?」
エミリは感嘆の声を上げて聞いた。
「僕が開発した再生薬だよぉぉぉ。」
マディは小瓶を振りながらニタニタとした笑顔で言った。
「マディさん、凄いですね。こんなものを作れるなんて。」
ソウマも感心しながら薬を褒めた。
「褒めてもらえて嬉しいよぉぉぉ。」
マディは不気味に体をくねくねさせ、ソウマのほうに顔を寄せながら言った。
「この薬の力はこれだけじゃないんだよぉぉぉ。」
マディはそう言いながら、どこからともなく植木鉢を取り出した。そして鉢の植物の茎を千切り、断面に薬を垂らした。
すると茎が再生して蔦が伸び、さらに黄色い実ができた。
「さっきは無かったはずの実がなっただろぉぉぉ?この薬は傷を治すだけじゃなくて、生物の成長を早める効果もあるんだぁぁぁ。君もこの薬をバケツ一杯頭から被れば、一気に二十歳くらいに成長するかもねぇぇぇ。」
マディは植木鉢を見せびらかしながら言った。
「え、遠慮しておきます……。」
ソウマは苦笑いしながら言った。
「でも、これがあればすぐに傷を治せるから、今までよりたくさん稽古出来るね! やったねソウマ!」
エミリは嬉しそうに言いながら親指を立ててウインクをした。
「う、うん……そうだね……。」
ソウマはエミリにも苦笑いを送った。
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「頑張れソウマー! その調子ー! もうちょっとだよー!」
エミリは川で泳ぐソウマに声援を送った。
川にはロープが張られていて、ソウマは川の流れに逆らいながらロープを目指して泳いでいた。少しずつロープに近付いていき、ソウマはもう少しで手が届く所まで泳いだ。
「いいぞ! ソウマ! もうちょっとだよー!」
エミリは川岸でピョンピョン跳ねながら手を振った。
その時、ソウマの脇腹を沢蟹が挟んだ。
「ごばっ!?」
急な痛みに驚いたソウマは肺に溜めていた空気を全て失い、思いっきり水を飲んだ。ソウマは白目を剥いて気を失い、口から魂が飛び出た。そして死んだ魚のようにプカプカと水面に浮き、下流に流されていった。
「ソウマー!?」
エミリは慌ててソウマを追いかけていった。
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「うわっとと!」
拠点の外の空き地で特訓を続けるソウマは、今度は馬術の訓練をしていた。暴れる馬の上でなんとか態勢を立て直そうと踏ん張る。
「頑張れ! 踏ん張れ!」
エミリは握り拳を作りながらソウマに気合を送った。
「はい!」と返事をし、ソウマはバランスを取ろうとしたが落馬し、「へぶ!」と地面に落ちた。
「大丈夫?」
エミリはソウマの元に駆け寄り、心配そうに聞いた。
「うん……大丈夫……。」
ソウマはうつ伏せの状態からゆっくりと体を起こし、膝立ちの姿勢になった。
「ソウマ、馬を怖がり過ぎ。不安な気持ちが馬にも伝わっちゃってるんだよ。もっと馬を信頼して!」
エミリは腰に手を当て、ソウマを見下ろしながら言った。
「うん、そうだね……。もう一回やってみる。」
ソウマは立ち上がった。
「オッケイ。いってみよう!」
エミリはソウマの元に馬を引き寄せ、ソウマはもう一度馬に乗った。
馬はソウマを拒絶して再び暴れ出した。
「落ち着け! 僕は何もしない! 味方だから! ね?」
ソウマは馬の顔に自分の顔を寄せ、必死に言い聞かせた。
ソウマの言葉が通じたのか、馬は段々と暴れるのを止めて大人しくなった。
「すごいすごーい! やったじゃん、ソウマ!」
エミリはピョンピョン跳ねながら、手を叩いて喜んだ。
「はい!」
ソウマは緊張で汗が滴っていたが、やり切った笑顔を見せた。
そんな二人の様子を、ユキオは拠点の二階の窓から遠巻きに見ていた。
「順調そうだな。よしよし。」
ユキオは満足気な表情で一言呟いた。