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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第二章 ルシフェル編
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第十三話 条約違反

 朝食後。

 ソウマは階段を上って二階に上がり、廊下を進んで一番奥にある部屋に入った。

 部屋には木製の二段ベッドが二つ設置されていた。

 ユキオは部屋の奥の窓際で椅子に座って外を眺めていたが、ソウマの入ってくる音に反応して振り返った。


「おう、まあ座ってくれ。」


 ユキオは空いている椅子を顎で示しながら言った。

「はい。」とソウマが椅子に腰掛けると、「さてと、何から聞こうかなあ。」とユキオは天井を見上げて思案した。


「そうだ。まず確認なんだが、うちがどういう組織か、ミカドから説明は受けてるか?」


 ユキオはソウマのほうに目線を下げて言った。


「はい。悪魔と戦う組織だっていうことは聞いてます。」


 ソウマは端的に答えた。


「まあ、簡単に言えばそうだ。悪魔と戦い、悪魔達の横暴を止める。そのための組織だ。さっき朝食でメンバーと顔合わせしてもらったが、皆家族や友人を悪魔に殺されて、君と同じように事件を隠蔽された辛い過去を持ってる。」


「僕と同じように……。そういえばユキオさんやミカドさんはセントクレアの事件が悪魔の仕業だって、どうして知ってるんですか? 世間には嘘の情報しか出てないですよね?」


 ソウマはふと思い出したように聞いた。


「ああ、それか。うちのメンバーがスパイしたんだ。ベリミット国とバロア国が会談する現場に潜入してな。そこでバロア国がセントクレア襲撃を予告する現場を押さえたんだ。」


 ユキオは質問に答えた。


「そうだったんですか。……その会談って、ギアス国王は出席してましたか?」


 ソウマはハッとしながら尋ねた。


「ああ、いたらしいぞ。襲撃予告を直接受け取ったのはギアスのはずだ。」


「それじゃあやっぱりギアス国王は、セントクレアが襲撃されるってことを事前に知ってたんですね……。」


 ソウマは呟くように言った。


「そういうことになるな。ギアスは全部分かってて、分かった上で何も手立てを打たず、セントクレアを見殺しにしたんだ。まあ、何か事情があったんだろうとは思うが……。」


 ユキオはソウマから目線を逸らし、遠い目をしながら呟いた。

 一瞬痛い沈黙が流れたが、すぐにユキオがやけに明るい声で話を再開した。


「まあちょっと話が逸れたが、とにかくセントクレアの一件で分かる通り、ギアスは悪魔と戦う意思が無いってことだ。そこでホムラの話に戻るんだがな、俺達ホムラは無気力な国王に代わって悪魔と戦うことを目的にしてるんだ。悪魔に襲われる人達を守りながらバロア悪魔国に反撃する。そして最終目標として──」


 ユキオは一旦ここで言葉を切り、少し溜めてから再び口を開いた。


「悪魔の女王ガリアドネの暗殺を計画してる。」


 ユキオは真剣な表情でソウマを真っ直ぐ見ながら言った。


「ガリアドネ?」


 ソウマはオウム返しで尋ねた。


「そうだ。バロア国を支配する女王、それがガリアドネだ。女王は全ての悪魔に言う事を聞かせる力を持ってる。セントクレアを襲った悪魔達も、それ以外の事件を起こした悪魔も、恐らく全員女王の命令で動いてるはずだ。」


 ユキオはソウマから目線を逸らしながら言った。


「その女王を暗殺すれば、悪魔達が人を襲うことはなくなる……っていうことですか?」


 説明の途中で合点がいったソウマは口を挟むように言った。


「その通りだ。そしてこの国に平和を取り戻す、これが最終目標だ。飲み込みが早くて助かるぞ。」


 言い終えたユキオは逸らしていた視線をソウマに向けてニッと笑った。


「女王が人を襲う理由は……一体なんなんでしょう?」


 ソウマは困惑顔で尋ねた。


「理由か……。はっきりした事は分からないな。何か人間に恨みを持ってるとか、考えられる事は色々あるが……。」


 ユキオは再びソウマから目線を逸らしながら言った。


「恨み……ですか……。」


 ソウマは難しそうな顔で呟いた。


「ああ。どんな恨みかは分からないが、その恨みを晴らすために人間を襲って……どうした?」


 ソウマが小首を傾げたのを見てユキオは尋ねた。


「いえ……ただ、セントクレアを襲った悪魔は『食べるために人を襲った』って言ってたんです。これも女王の恨みと何か関係があるのかなって……。例えば人への憎しみが強過ぎて、人間なんて全員食べ尽くしてしまえ、みたいな指示を出してるとか……。少し無理がありますか?」


 ソウマは事件のことを思い返しながら自分の考えを話した。


「人間を食べる……か……。確かに恨みだけでそこまでするかっていうと、ちと微妙だな。」


 ユキオは天井を見上げて思慮しながらそう言い、


「まあ可能性は他にも考えられる。恨みだけが理由で条約違反までするってのは、ちょっと考えにくいしな。」


 と、ソウマから少し目線を逸らしながら言った。


「条約違反?」


 ソウマは気になった単語をオウム返しした。


「ん? ああ、そうか。学校ではまだ習ってなかったか……。ソウマは社会の授業は得意か?」


 ユキオは息子に勉強を教える父親のような雰囲気で聞いた。


「えっと、あんまり……。」


 ソウマはバツの悪そうな顔で答えた。


「そうか。ちょっと眠くなる話なんだがな、ベリミットとバロアの間にはベリミット安全保障条約っていう条約が結ばれてるんだ。知ってるか?」


 ユキオはソウマの顔を覗き込みながら聞いた。


「えっと……名前だけなら……中身はあんまり……。」


 ソウマは指で頬を掻きながら言った。


「これはな、ベリミット人間国の平和はバロア悪魔国が守るっていう条約なんだ。」


 ユキオは右手でベリミット人間国を、左手でバロア悪魔国を示しながらジェスチャーで説明した。


「バロア国がベリミット国を守る?」


 ソウマは心底驚いた顔で聞き返した。


「そうだ。悪魔ってのは本来、この国の平和を守る立場にあるんだ。条約の決まりで人間を襲うことは禁止されてるし、ましてや人間を食べるなんて以ての外だ。」


 ユキオは真剣な表情で言った。


「そうなんですか……。じゃあ、学校を襲った悪魔達は──」


「──条約違反をしたってことだ。」


 ユキオはソウマの言葉を途中で引き継いだ。

「そんな……。」と絶句するソウマに対して、ユキオは再び口を開いた。


「話がややこしくなるから詳しい理由の説明は省くがな、この条約違反ってのをやる国はまずない。違反したらもの凄く重いペナルティがあるからな。それでも女王が条約違反をしたってことは、女王の行動の裏には単なる恨みだけじゃなく、もっと根の深い理由があるのかもしれない。」


 ユキオはソウマの顔を見ながら話をし、話の後半は窓の外を眺めながら言った。

 ユキオの説明にソウマは「成程……。」と口元に手を当てながら呟いた。


「なあ、ソウマ。お前はどう思う?」


「え?」と聞き返すソウマに、ユキオは話を続けた。


「さっき話した通り、ギアスはベリミット国民のために動いてくれないだろ? 条約違反も見て見ぬふりだ。だから事件に巻き込まれた奴らはどんなに悪魔が憎くても泣き寝入りするしかない。理不尽だと思わないか?」


「それは……。」とソウマは即答できず、悩んだ顔で俯いた。


「俺はホムラのリーダーだからな。悪魔に人生を狂わされた奴を何人も見てきた。で、俺は思ったんだ。ギアスが悪魔と戦わないなら、代わりに俺達が悪魔を殺すしかないってな。」


 ユキオは目に決意を秘めた光を宿していた。


「ユキオさん……。」


 ソウマは神妙な面持ちで呟いた。


「ま、ホムラってのは大体そんな組織だ。ここまでで何か質問あるか?」


 ユキオは緊張感を解き、ソウマに質問を促した。

 ソウマは「いえ、特には。」と返答した。


「よし。それじゃあ、俺のほうからあと二個だけ、質問させてくれ。」


「はい。何でも聞いて下さい。」


 ソウマは応じた。


「おう。じゃ、一個目な。セントクレアを襲った悪魔がどんな奴らだったか教えてくれ。見た目の特徴でも良いし、もし知ってたら名前を教えてくれ。」


「知ってる名前は……えっと、フェゴールとロイドとグリムロの三人です。他は……分からないです。」


 ソウマは斜め上に視線を向けて記憶を辿りながら答えた。


「フェゴールに、ロイドに、グリムロか。思った通りだ。」


 ユキオは指で数えながら名前を反芻し、話を続けた。


「その三人はバロア軍の第一師団に所属する悪魔だ。」


「第一師団……。そういえばグリムロが言ってました! 自分はバロア悪魔国第一師団の副団長だって。」


 ソウマは事件の記憶を思い出し、ユキオに言った。


「やっぱりそうか。その第一師団ってのはバロア軍の中でも女王の直属の軍団だ。間違いなく女王の指示で動いてる。」


「なるほど。」


 ソウマは顎に手を当てながら言った。


「俺の推測の裏付けが取れたな。さっそく有益な情報、ありがとな。」


 ユキオは満足げにお礼を言い、また話を続けた。


「よし、じゃあ二個目の質問だ。悪魔の強さがどれぐらいのものだったか教えてくれ。」


「強さ……ですか……。」


 ソウマは顎に手を当てたまま、再び記憶を辿り始めた。


「ああ。恥ずかしい話なんだが、ホムラのメンバーで悪魔と戦った奴は一人もいないんだ。俺自身一度もない。今は鉄砲やらなんやら違法な武器を集めちゃいるが、果たしてこれが悪魔に通用するのか、よく分かってないんだ。ソウマの体験談を参考にしたい。」


 ユキオは頭をポリポリと掻きながら言った。


「う~ん、参考になるかは分かりませんけど、僕は悪魔にデコピン一発で気絶させられました。」


「げ……そんなに強いのか。う~ん……。」


 ユキオは若干引いた顔をしながら呟き、腕組みして少し考え込んだ。


「魔法は効きそうにないか? 例えば火で攻撃するとか。」


 ユキオはソウマのほうに向き直って聞いた。


「僕の魔法は通用しませんでした。火属性の魔法を当てましたけど、悪魔には傷一つつけられませんでした。」


 ソウマは当時の情景を思い出しながら言った。


「おお! お前、悪魔に攻撃を当てたのか! ひ弱そうに見えて根性あるじゃないか!」


 ユキオは感心しながら言った。


「いえ……僕もあの時は無我夢中だったんで。それに向こうは僕のこと、全然相手にしてなかったですし。」


 ソウマは頭を掻き、少し照れながら謙遜した。


「いやいや、悪魔を目の前にして反撃に出るなんてそうそうできることじゃないぞ。見かけによらず、タフだな。」


「そう……ですかね……。」


 ソウマは頬を赤らめた。


「ああ。大したもんだ。」


 ユキオはソウマに太鼓判を押したが、その後すぐに顔を曇らせた。


「しかし困ったな。悪魔は俺の想像よりずっと強いってことか。鉄砲も効くかどうか怪しいな。」


 ユキオは天井を仰ぎ、目を閉じて考え始めた。


「現状だと女王の元に辿り着くのは難しい……ですかね。」


 ソウマは遠慮がちに言った。

 ユキオは目を開け、ソウマのほうを向いた。


「そうだな。でも悲観的になるのはまだ早い。次の手は色々考えてあるからな。今後のことはソウマにもいずれ話すから、ちょっと待っててくれ。」


「分かりました。」


「よし、じゃあ質問は終わりだ。色々教えてくれてありがとな。」


「はい。こちらこそありがとうございました。」


 ソウマは軽く頭を下げた。


「おう。……でだ。これからの予定なんだが、とにもかくにもお前にはホムラの一員として強くなってもらわないといけない。役に立つかはちと怪しいが、剣術から鉄砲の扱いから、色々習得して欲しいものがある。」


 ユキオはソウマの今後の課題を羅列した。

「はい。」と返事をするソウマに、ユキオは話を続けた。


「早速なんだが、今日の午後から訓練を始めたいと思ってる。いいか?」


「分かりました。」


 ソウマはコクっと頷いた。


「よし。エミリが稽古をつけることになってる。エミリには話してあるから、午後になったら拠点の外で落ち合ってくれ。」


「分かりました。ありがとうございます。」


「おう。あ、それとな……」


 ユキオは話の途中で少し言い淀んだ。

 ソウマは不思議そうにユキオを見ていた。


「訓練では死なないように頑張ってくれたまえ。エミリは良く言えば熱血、悪く言えば……その……極悪だからな。」


 ユキオの言葉の意味がなんとなく理解出来たソウマは、額から嫌な汗を流した。


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