第百二十五話 伝手
「ええ、ありがとうございます。」
クロキは背後から、マディの元へ歩み寄りながら礼を言った。
「本当に行くのかぁぁぁい? バロアに行く事はもう無いと聞いていたけどぉぉぉ?」
「ええ、そのつもりでした。ですが……彼の熱意に負けましたよ。」
クロキはくたびれた苦笑を浮かべながら頭を掻いた。そして、地面に寝転ぶリュウをチラリと見やる。
「たった一人で行くのかぁぁぁい?」
マディは心底不安そうに尋ねた。
「ええ、そのつもりです。」
「いくら何でも無謀過ぎやしないかなぁぁぁ?」
「仰る通りです。ですが、彼を連れて行くわけにはいきません。未来ある若者ですから。死ぬのは、私一人で十分です。」
クロキは自身の死を覚悟しているにも関わらず、淡々とした口調で言った。
「そういう君にだって未来があるじゃないかぁぁぁ? 見す見すそれを捨ててしまうなんてぇぇぇ……。」
「ははっ……確かにそれはそうですね。でも……」
クロキは乾いた笑いをしながら返答をし、一旦言葉を切った。
「それをやらない理由にはしません。私もマディさんを見習って、挑戦を続けますよ。」
そう言いながらクロキは、簡単に身支度を整え始めた。
「今から行くのかぁぁぁい?」
「ええ、彼が起きる前に。」
リュウを見やりながら答えるクロキ。
そんなクロキに対して、マディはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、やがて出掛かっていた言葉を無理矢理飲み込むと、俯き気味に喋り出した。
「決心は固いようだねぇぇぇ。それじゃあ、ちょっとここで待っていてくれぇぇぇ。」
そう言うとマディはせかせかと拠点の中へ入っていき、手にバスケットを抱えて戻って来た。
「これを持って行ってくれぇぇぇ。」
マディはバスケットをクロキに手渡した。
クロキが蓋を開けると、中には歪な形のおにぎりが数個入っていた。
「初めてにしては、中々上手に握れたと自負しているよぉぉぉ。お腹が空いたら食べてくれぇぇぇ。」
マディはかなり誇らし気だった。
「ありがとうございます。では、行ってきます。」
「うんんんん。……ところで、バロアへはどうやって乗り込むつもりだぁぁぁい? 何か伝手でもあるならいいけどぉぉぉ。」
「ええ。幸いな事に、悪魔に一人知り合いがいます。ですから、その伝手を頼るつもりです。」
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「でっ! その伝手が俺って訳か!?」
トフェレスは馬車を操りながら後ろを振り返り、馬車の荷台に向かって怒鳴った。
場所はバロア悪魔国の領土内。
その荒れ果てた大地を、馬車が疾走する。
周囲には薄紫色の霧が立ち込め、視界は不良だ。
トフェレスが荷台に向かって怒鳴ると、荷台に積んである木箱の内の一つが、ガタンと音を立てた。そしてゆっくりと蓋が開き、中からクロキが顔を覗かせる。
「ええ、そうです。何度もお世話になってしまい、申し訳ありません。」
クロキは周囲を警戒しつつ、トフェレスに謝った。
トフェレスは「はあ……。」と溜め息をつくと、正面に向き直った。
「たくっ……しょうがねえな……。しっかり掴まってろよぅ!」
トフェレスは気合を入れ直すと、馬車を引く馬二頭に鞭を入れた。
馬車は一気に加速し、バロア国の深奥へと進んでいった。
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「はあぁぁぁ!?」
クロキがバロア悪魔国に向けて出発した、次の日の朝。
ホムラの拠点には、朝からリュウのけたたましい声が響いていた。愕然とした表情をしながら、拠点の大広間に立つリュウ。
そのリュウと、向かい合うようにして立っているマディは、申し訳なさそうな顔をしながら、人差し指をチョンチョンと突き合わせていた。
「ごめんよぉぉぉ、クロキ君に釘を刺されていてねぇぇぇ。」
マディの謝罪に、リュウは顔を顰める。
「けっ! どうせバレんだから、まどろっこしい真似すんなよな! たくっ!」
不機嫌そのものといった表情で悪態をつくと、リュウはすぐさま身支度を開始した。
「も、もう出発の準備かぁぁぁい?」
リュウのあまりの行動の早さに、マディは引き気味だ。
「ったりめえだ! 先生はきっと、もう遠くまで行っちまってる! 俺もさっさと出発して、早く先生に追い付かねぇと! んでもってソウマと、ついでにホムラの連中を助けてやんねぇとな!」
そう言いながらリュウは、リュックに荷物をドンドン詰めていく。作業を進めるリュウの口元は、薄っすらと笑っていた。
「じゃあ、これを持って行ってくれぇぇぇ。きっと役に立つぅぅぅ。」
マディは再生薬と悪魔化治療薬を手渡した。
「おうっ!」
リュウはひったくるようにして受け取ると、それらをリュックにぶち込んだ。
「あとこれもぉぉぉ……。」
マディは、今度はおにぎりの入ったバスケットを手渡した。
「おうっ!」
リュウはバスケットもリュックにぶち込んだ。
「あとこれもぉぉぉ……。」
マディは、ケンタの大剣とカレンの髪留め、そしてルシフェルが身に着けていた装飾品を手渡した。
「おうっ! ……て、これか。」
リュウは受け取った品々に目をやり、作業を止めた。
「うんんんん。なんとなく、君に持っていて欲しいんだぁぁぁ。いいかなぁぁぁ?」
マディは遠慮がちに聞いた。
「……あぁ、分かった。」
リュウはマディの頼みを快諾すると、ルシフェルの装飾品を身に着け、ケンタの大剣を背中に帯刀し、カレンの髪留めを肩の辺りに留めた。
「じゃっ! 行ってくるぜ! またな、マディ!」
リュウはマディに別れを告げ、玄関まで小走りで向かった。
「またねぇぇぇ。ところで、バロアに入り込む方法は考えてあるのかなぁぁぁ? クロキ君にも聞いたけど、何か伝手はあるのかぁぁぁい?」
玄関先に移動するリュウを目で追いながら、マディは尋ねた。
「安心しろ。悪魔の知り合いを一人知ってっからな。ソイツに無理矢理にでも手伝わせてやる。」
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「お前ら人間ってのは、ほんっとうに人使いが荒いな!」
トフェレスはイライラマックスの状態で、馬車の手綱を操っていた。
紫色の霧が立ち込めるバロアの荒れた国土を、トフェレスの操る馬車が疾走する。
「うっせぇ! 運転に集中しろ! 前見ろ! 前!」
リュウは馬車の荷台の木箱から顔を出し、トフェレスに怒鳴った。前方を指さし、注意を促す。もう片方の手にはおにぎりが握られ、リュウはそれをムシャムシャと頬張った。
怒鳴られたトフェレスはこめかみをピクピクと震わせ、怒り心頭といった様子だったが、なんとか感情を抑え込むと、リュウに言われた通り、前方を向いた。
「たくっ……いつか絶対ぶっとばしてやる……。」
トフェレスは悪態を吐きながら、手綱を持ち直した。
一方リュウは、空いている片手で魔法を発動させ、氷を生み出した。
「魔法は問題なさそうだな。コイツと、それからもう一つ大事な事が……おい、トフェレス!」
リュウはトフェレスの耳元に顔を寄せた。
「あん? なんだよ?」
イライラ口調で聞き返すトフェレス。
「頼みがあんだけどよ……」
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ホムラの拠点では、マディが地下の研究室で、何やら物思いに勤しんでいた。両目を閉じ、瞑想に耽っている。
やがてマディはゆっくりと目を開くと、物憂げに天井を見上げた。両手の指を組み、「それにしても……」とポツリと呟く。
(ソウマ君……彼には人を惹きつける、不思議な魅力があるぅぅぅ。彼の人柄がそうさせるのかなぁぁぁ? いや……何かそれだけじゃない、もっと別の力が彼にはある気がするぅぅぅ……。一体それは……何なんだろぉぉぉ?)