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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第五章 狂気の条約編
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第百二十四話 餓鬼

 辺りはとっぷりと日が暮れ、夜のとばりが下りる。

 ホムラの拠点は暗闇に包まれ、初夏特有の夜の冷え込みが襲う。

 その拠点を囲うようにして形成されている、鬱蒼とした森。

 その森の奥に、マディがよく釣りをする川が流れていた。且つて、ソウマとエミリが泳ぎの特訓をした場所だ。


 その川のほとりに、一人座り込むリュウの姿があった。

 リュウは畔の岩場に腰掛け、魂の抜けたような表情で俯いていた。

 その隣には、付かず離れずの距離を置いて佇む、タマの姿があった。タマはリュウのほうは見ずに、川の向こう岸だけをジッと見つめていた。


 リュウの周囲には蛍がユラユラと舞い、幻想的な光が点滅する。

 辺りに響くのは、静かで穏やかな川のせせらぎと、一定の周期で鳴く鈴虫だけ。そんな風情ふぜいある音色の中に、涙声でしゃがれたリュウの声が混じる。


「分かってんだ……無茶苦茶な事言ってるって……。でもしょうがねえだろ……! 周りの奴らがドンドン居なくなるんだ……。気持ちなんか整理できるかよ……!」


 リュウは頭を抱え、髪を掻き毟った。目に涙を溜めながら、言葉を紡いでいく。


「どうしてだよ……。どうして皆、居なくなっちまうんだよ……。なんで思い通りにならないんだよ……! 大人になれってなんだよ……! 俺はまだ餓鬼なんだ……! 餓鬼が餓鬼みたいな事して、何が悪いんだよ! 許してくれよ……!」


 リュウは止め処なく涙を流した。右手で顔を覆い、嗚咽と苦悩に耐える。

 そんなリュウの様子を、タマはジッと見ていた。リュウに寄り添うでもなく離れるでもなく、ただただジッと見ている。

 タマの視線に気付いたリュウは、涙を拭いながらタマに顔を向けた。


「なんだよ、タマ? ピーピー泣いてる俺が、そんなにみっともないか? それとも、俺を慰めようとしてんのか?」 


 タマは微動だにせず、鳴き声一つしない。

 タマのノーリアクションに、リュウは思わず苦笑した。


「へっ! 別に、ってか……。でも、不思議なもんだな。ただの猫でもそばに居てくれるだけで、少しは気が紛れるもんだ。皆居なくなっちまって、キツイはキツイんだけどよ……。おいタマ、あんがとよ――」


 リュウがお礼を言いながら、タマを撫でようと手を伸ばしたその時、タマは不意に腰を上げ、リュウの元から走り去って行った。

 その姿を、リュウは目で追う事しか出来ない。

 やがてタマの姿が見えなくなると、リュウは少しガッカリした顔をしながら、伸ばしかけていた手を引っ込めた。


「ちっ……。所詮は猫か……。」


 リュウは態勢を元に戻すと、目の前の川をぼうっと眺め始めた。

 川はオリジンの光を反射し、淡く光っている。


 少しすると、タマがリュウの元へ戻って来た。


「なんだ、また来たのか。気分屋だな、お前は。今度は何しに来たんだ? 言っとくけどな、俺の大切な奴等はもう、みんな跡形もなく消えちまったんだ。だから、何かして俺を励まそうったって無駄だぜ――」


 その時リュウは、タマが何か黄色い物を口に咥えている事に気付いた。


「!」


 リュウは思わずハッとした。

 タマが咥えていたのは、カレンの髪留めだった。夜空の明かりに照らされ、キラリと光っている。

 リュウは思わず目を見開き、その髪留めを凝視した。

 一瞬の間が空く。

 が、直ぐにリュウはやれやれといった表情をすると、ゆっくりと手の平を差し向けた。

 その手の平に、タマは髪留めをポトリと落とす。


「駄目だろ……タマ……。大事な供えもんなんだから……。戻してこい……。」


 リュウは優しい口調でタマを叱った。受け取った髪留めを返そうと、タマの口元に髪留めを持っていく。

 しかしタマはそれを無視し、再びリュウの元から走り去っていった。

 リュウはしばらくの間、遠ざかっていくタマを見送っていたが、何か嫌な予感がしたのか、「まさか……」と呟きながら立ち上がると、タマの去って行った方向へと歩き出した。


 ====================================


 リュウはホムラ拠点の裏庭にやって来た。


「やっぱりな……。」


 裏庭には、リュウの予想通りの光景があった。

 裏庭にあるカレン、ケンタ、ルシフェルの墓標。

 そのすぐ近くに、タマの姿があった。タマはケンタの大剣が刺さっている地面を掘り返し、大剣を持ち出そうとしていた。両前脚を使って地面をザクザクと掘り進め、時折大剣に噛み付いては、小さな体で大剣を引き抜こうとしている。しかし、大剣は思いのほか深く刺さっており、猫の力では簡単に引き抜けそうにない。タマは地面を掘っては大剣を引っ張り、また掘っては引っ張りを繰り返した。歯を突き立てて大剣にガリガリと噛み付き、懸命に作業を進める。

 その背後から、リュウはゆっくりと歩み寄った。


「やめろ、タマ……歯が折れちまうぞ……。」


 リュウは背後から近づき、タマのお腹の辺りに手を回して抱き上げた。

 大人しく抱き上げられるタマ。前足はピーンと伸び、後ろ足は脱力してダランと伸びている。


 一方、拠点の窓からは、マディがリュウとタマの様子を覗いていた。

 マディは一人と一匹の様子を確認すると、すぐに拠点から出て来た。スルスルとリュウの元へやって来るその手には、コーヒーカップが握られていた。


「大丈夫かぁぁぁい?」


「うわぁぁぁっ!? マ、マディ!?」 


 リュウは音も無くやって来たマディに心底驚き、抱きかかえていたタマを思わず放り投げた。

 投げられたタマはヒラリと地面に着地し、リュウの足元に落ち着く。

 一方、両手が自由になったリュウは、大急ぎで頬を擦った。涙が伝った跡を乱暴に拭い、マディのほうに向き直る。


「べ、別に大丈夫だぜ!? なんだよ?」


「夜は冷え込むからねぇぇぇ。暖かい飲み物だよぉぉぉ。」


 マディはニコッと笑うと、持っていたコーヒーカップを差し出した。


「お、おう……あんがとよ……。」


 リュウは動揺を落ち着かせつつ、マディからカップを受け取った。中の飲み物をグイッと一口飲み、一息つく。


「落ち着いたかぁぁぁい?」


「あぁ、ありがとな。」


 リュウは軽く礼を言うと、墓標のほうに顔を向けた。

 マディもそれに合わせて、墓標に目をやる。

 ケンタの墓標付近は掘り返された直後で、辺りに土が散乱していた。


「あぁぁぁ、タマちゃんがいたずらしてしまったみたいだねぇぇぇ。ごめんよぉぉぉ、僕がちゃんと見張ってないといけなかったぁぁぁ。」


 マディはそう言いながら、ケンタの墓標に近付いていった。大剣の傍にしゃがみ、掘り返された土を元に戻していく。


「いや、俺も放ったらかしにしちまってた。ワリィな。」


 リュウもマディに倣って墓標の傍に来ると、マディの隣にしゃがみながら、一言詫びを入れた。

 そこで一旦、会話が途切れる。

 手持ち無沙汰となったリュウは、マディの作業を見ている事にした。

 リュウが見守る中、マディは作業を進めた。散乱する土を掬っては大剣の根元に掛け、両手で押し固めていく。やがて辺りを元通りにし終えると、マディは両手をはたいて、手の平についている土を落としていった。やがて一通り作業を終え、一息つくマディ。

 そして流れる一瞬の沈黙。

 するとリュウがおもむろに口を割り、その沈黙を破った。


「二人の事は悪かったな。」


「二人ぃぃぃ?」


「ケンタとカレンの事だ。俺は肝心な時にあの場に居なくて、何もしてやれなかった。」


「君が謝る事じゃないよぉぉぉ。何も出来なかったのは僕も一緒さぁぁぁ。」


 マディはまだ少し汚れの残っている手の平を見ながら、リュウをフォローした。


「そうか……。」


 リュウはポツリと返事をすると、そこで一旦言葉を切った。そして一呼吸置いた後、再び話し始めた。


「俺は、二人とはファナドで知り合ったんだけどよ。最初は正直、変な連中だって思ってたし、スパイだって知った時はかなりビビった。でも、アレコレ事情を聞いてく内に、コイツらも色々苦労してんだなって思ってよ。同情ついでに助けてやっか、ってことでホムラに入ったんだ。」


「そうだったんだねぇぇぇ。僕は二人と初めて会ったのは、この拠点が最初だったなぁぁぁ。僕が先にホムラに入って、その少し後に二人が入って来たんだよぉぉぉ。皆、境遇が似ててねぇぇぇ。家族や友人を亡くして、身寄りが無かったぁぁぁ。だからホムラの仲間達が、家族の代わりみたいになっていたんだよぉぉぉ。もちろん、悪魔と戦う組織である以上、いつか辛い別れが来るかもとは思っていたけれど、まさかこんなに早くその時が来るとは、思っていなかったねぇぇぇ。」


 マディは悲しげな表情をしながら、思い出を懐かしむような遠い目で言った。


「そうだな。俺も正直、まだ実感が湧かねぇ。」


 リュウはマディに同意する。


「うんんんん。でも、受け入れるしかないよぉぉぉ。二人はもう居ないぃぃぃ。だから残った人達だけで、前に進まないといけないんだぁぁぁ。」


「……あぁ、俺も――」


 リュウが返事をしかけたその時、不意にリュウの視界がグラついた。

 持っていたカップが手からこぼれ落ち、地面に落下する。中の飲み物は零れ出て、地面に散乱した。

 リュウはそのまま膝から崩れ落ち、地面に倒れ込んだ。目を閉じ、完全に気を失っている。

 リュウが意識を失っている事を確認すると、マディはゆっくりと背後を振り返った。


「これで良かったのかぁぁぁい? クロキくぅぅぅん?」


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