第百二十一話 冤罪
『セントクレア事件 冤罪発覚
ギアス国王は緊急で記者会見を開き、「セントクレア爆破事件の犯人とされていたソウマさんは冤罪であった。」と発表した。
同事件はソウマさん(15)が犯人として逮捕されたが、その後脱獄して全国に指名手配されていた。
ギアス国王は会見で、「先日、バロア悪魔国より犯行声明があった。セントクレア魔法学校の校舎の破壊、同校の生徒及び学校関係者の殺害は全て、バロア悪魔国第一師団によるものだと判明した。」と発表した。
ソウマさんについて問われると、「自警団が誤認逮捕してしまった事は誠に遺憾であり、ソウマさんには深くお詫びしたい。ソウマさんは現在、バロア悪魔国に身柄を拘束されている。ソウマさんを解放するよう、現在ガリアドネ女王に要請している最中だ。」と述べた。
→あの日を振り返る。セントクレア事件の詳細は二面に続く。』
ショウは自宅のリビングで、新聞の一面を食い入るように見つめていた。
時刻は夕方。
プロミナの夕日が射し込む中、ショウは記事の詳細を読んでいった。読み進める度に、新聞を持つ手に少しずつ力が籠もる。
「何が冤罪だ……! 全部知ってた癖に……!」
ショウは吐き捨てるように言った。
その時――。
「キャアアア!」
家の外から金切り声が聞こえた。
「!?」
ショウは玄関のほうを振り返ると、新聞を放り出して駆け出した。
ショウが玄関の外に出ると、家の前には人だかりが出来ていた。その人だかりの中心にはゴブスケ、ケンゾウ、サラの三人が居る。
サラは崩れ落ちるように地面に膝を突き、さめざめと泣いている。その両手には、毛布にくるまれた何かを抱きかかえていた。
そんなサラを慰めるように、ケンゾウがサラの背中を擦っている。
ゴブスケは目の前の夫婦の様子を、項垂れた様子で見下ろしていた。
「どうして……どうしてリリィが……こんな目に……。」
サラは嗚咽を漏らしながら声を絞り出した。手に抱えている毛布を、一層きつく抱き締める。
「ごめんなさいッス。オイラが付いてたのに、こんな事になってしまって……。」
ゴブスケは頭を下げ、サラに向かって謝った。
サラはすぐには返事をせず、しばらく嗚咽を繰り返していた。やがてサラは「あなたが……」と呟きながら顔を上げた。その表情は、怒りに満ちていた。
「え?」
よく聞こえず、聞き返すゴブスケ。
「あなたがやったんでしょう……?」
怒りと悲しみで声を震わせながら、サラはゴブスケを問い詰める。
「い、いや違うッス! オイラじゃないッスよ!」
「サラ、何を言い出すんだ? ゴブスケ君がこんな事するわけないだろう?」
ケンゾウはゴブスケを庇った。
しかし、サラの怒りは収まらない。
「他に誰がいるの!? リリィがこんな……頭だけになるなんて……あなたじゃないなら、誰の仕業だっていうのよ!?」
サラは喉が千切れんばかりに叫んだ。
「フードを被った悪魔だったッス。顔はよく見えなかったッスけど……」
ゴブスケは当時の状況を説明した。
「出鱈目言わないで! そんな作り話、誰が信じるもんですか!」
サラはゴブスケの話を遮り、猛然と抗議した。
「そんな……ホントなんス……。信じて欲しいッス……。」
ゴブスケは消え入りそうな声で弁解した。
その時、一体の悪魔が野次馬を掻き分けて現れた。
「通報を受けて来ましたが、被害者の方はどこですか?」
「あっ! 警備隊さん! こっちです。」
野次馬の一人がサラを指し、警備隊の悪魔をサラの元へ誘導した。
「失礼、御婦人。毛布の中を検めても宜しいですか?」
警備隊に促され、サラは毛布を差し出した。警備隊は毛布を捲り、中を確認した。そしてすぐに毛布を戻し、ゴブスケのほうを見る。
「緑の悪魔……あなたがゴブスケさんですね。申し訳ありませんが、バロアまで連行させていただきます。」
警備隊は淡々と告げた。
「そ、そんな……。何もしてないッスよ……オイラ……。」
絶句するゴブスケ。
「警備隊さん、そりゃあんまりだ。何の証拠も無いのに……。」
ケンゾウは立ち上がり、ゴブスケを擁護した。
「勿論、今は状況証拠しかありません。ですが、我々はフェゴール様から命を受けているのです。少しでも疑わしき者は、厳しく取り締まるように、と。条約が更新され、何かと法令順守に厳しいご時世ですので。」
警備隊は尚も淡々とした口調で告げ、ゴブスケの腕を掴んだ。
「そんな……。」
ガックリと肩から力が抜けるケンゾウ。
「ちょ、ちょっと待って欲しいッス! せめて話をさせて欲しいッス!」
警備隊を振り切り、ゴブスケはサラの元へと駆け寄った。
「サラさん。オイラ、絶対こんな事しないッス。信じて欲しいッス。」
ゴブスケは手を差し伸べた。
「寄らないで!」
サラはその手を払いのけた。
「!」
その時ゴブスケは、とても大きなショックを受けた。この時ゴブスケの脳裏には、リリィとの思い出が浮かんでいた。
『その通りッス。動物は噛み付いてくるか、逃げるかだけッス。でも人間は違うッス。手を差し伸べれば、こうやって握手で応えてくれるッス。他の動物とは無理でも、人間と悪魔なら協力関係を結べるって事ッス。ならやっぱり、これを理想として目指すべきッス!』
ゴブスケがリリィに語った夢。その夢が、サラの手によって無残に打ち砕かれた瞬間だった。
やがてゴブスケは警備隊に連れられ、群衆の元から連れ出されていった。
その後ろ姿を、ただただ見つめる事しか出来ないケンゾウ。その時、隣のサラが何かブツブツと呟いている事に気付いた。
「きっと空腹に耐えかねて……リリィを殺して食べたのよ……。だから体が何処にも無い……。そう、そうよ……きっとそうに決まってる……! 一時でも悪魔を信じようとした、私が馬鹿だったんだ……!」
やつれ切った顔をしながら、自分に言い聞かせるように呟くサラ。
それを目の当たりにしたケンゾウは、何か察したような顔をし、遠ざかっていくゴブスケの元へと駆け寄った。
「ゴブスケ君、本当に済まない。サラは今、気が動転してるんだ。だから心にもない事を言ってしまってる。本当はサラも、君が犯人だなんて思ってないはずなんだ。信じてくれ。」
ケンゾウは懇願した。
「勿論信じるッスよ。でも、オイラが付いていながら、リリィちゃんを守る事が出来なかった。これは事実ッス。だから、自分の不甲斐無さが招いた事ッス。」
「そんな事あるもんか! 君は全く悪くない! 君が無罪になるよう、僕は全力を尽くすよ! どんな事があっても……僕は味方だ!」
「ケンゾウさん……。」
ケンゾウの言葉に、ゴブスケは思わず声を震わせる。
「お、俺も味方だぞ!」
群衆の中から一人の男性が駆け寄って来た。例の切り付け男だ。
「ゴブスケ、俺もアンタを信じるぜ。アンタはこんな事するようなヤツじゃない。アンタが無罪になるよう、俺も証言台に立つぜ! 任せてくれ!」
「二人とも……ありがとうッス……。」
ゴブスケは二人に礼を言い、目元から一滴の血の涙を流した。ゴブスケはその涙を拭うと、「そうだ……。」と何かを思い出した様子で、懐を探った。
「これを受け取って欲しいッス。」
ゴブスケは小袋をケンゾウに渡した。
「これは?」
「オイラが作った首飾りッス。ケンゾウさん達と、それから村の皆の分もあるッス。ほとぼりが冷めたら、皆に渡して欲しいッス。」
「そうかい……。分かった、ちゃんと皆に配るよ。」
「頼むッス……!」
連行され、徐々に遠ざかっていくゴブスケ。
その背中に、切り付け男は今一度声を掛けた。
「ゴブスケー! 絶対に戻って来いよ! アンタは俺達人間の希望なんだ! いいか!? 絶対だぞー!」
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「おい、お前! どんだけ太ってんだ!」
「ご、ごめんなさいッス。オイラ、出入り口では絶対つっかえちゃうッス。」
ベオグルフにあるバロア牢獄で、ゴブスケは牢屋に入れられようとしていた。しかし入り口が狭く、案の定ゴブスケは挟まっていた。
「たくよぉ……。フンッ!」
ゴブスケを連行する悪魔は、ゴブスケの背中を蹴飛ばして無理矢理押し込んだ。
「うわあ!」
ゴブスケは入り口を通過したが、前につんのめって転び、そのままゴロゴロと転がっていった。
「ぐえっ!」
ゴブスケは牢屋の壁に激突し、逆さの状態で停止。「いてて……。」と呻きながら、辺りを見回した。
「ん?」
ゴブスケは向かいの牢屋に、人間達が収容されている事に気付いた。
「ん?」
そして向かいの人間達もゴブスケに気付き、顔を向ける。
ゴブスケはバロア牢獄で、ホムラのメンバーと遭遇したのだった。




