表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第五章 狂気の条約編
119/125

第百十九話 しょうがない

 ベリミット人間国の田舎の村、ラードモア。

 そこへゴブスケがやって来てから、数日が経った。

 ゴブスケはケンゾウ宅に住み込みで働き、畑仕事や家事全般を手伝った。ゴブスケはケンゾウ一家と一緒に生活を送る中で、次第に家族と打ち解けていった。

 ケンゾウの妻サラは当初、ゴブスケに対して不信感を抱いていたが、次第にその気持ちはほぐれていった。


 そんなある日。


 ゴブスケはリリィと一緒に出掛ける事になった。


「行ってきまーす!」


「行ってきますッス!」


 ゴブスケはリリィを肩に乗せ、玄関まで二人を見送りに来たサラに手を振った。


「行ってらっしゃい。気を付けてね。」


 サラはにこやかに手を振り、二人を見送った。ゴブスケ達が遠ざかっていくと手をゆっくりと下ろし、少し不安そうな表情を見せる。


(リリィを預けて大丈夫かしら? ……いえ、考え過ぎよね。ここ数日、何も無かったわけだし……。)


 少し心配そうなサラ。

 そんなサラとは対称的にゴブスケとリリィは、楽しそうに笑いながら畦道を歩いた。

 ゴブスケはリリィが落ちないように右手でリリィの体を支え、左手にはバスケットを持っている。時折、村人とすれ違い、その度にゴブスケは村人達と挨拶を交わした。


「おう! ゴブスケ! 元気か?」


「こんにちは、ゴブスケさん。リリィちゃんもこんにちは。」


 話し掛けられる度に、ゴブスケは手を挙げて挨拶に応じた。


「ゴブスケー! 何処行くのー?」


 近所の子供に尋ねられたゴブスケは、「丘に登って山菜取りッスよ。」と答えた。


「そっかー。行ってらっしゃーい!」


「うん、行ってくるッス!」


 近所の子供と別れ、ゴブスケは丘に向かって歩き出す。

 しばらく歩いていると、前方から一人の男性が歩いてきた。


「ん……。」


 男性はゴブスケの姿を見ると、少し気まずそうな顔をした。

 その男性はゴブスケと初対面の時に、ゴブスケに切り掛かった切り付け男だった。


「よ、よう、ゴブスケ。元気か?」


 切り付け男はやや遠慮がちにゴブスケに声を掛けた。


「おはようッス! そっちは元気ッスか?」


 ゴブスケは快活に答えた。


「あぁ。お陰様でな。……あん時は本当に済まなかったな。俺もちょっと、気が動転してたもんで……。」


 切り付け男は頭を掻きながら謝った。


「もういいんスよ、前の事は。それよりも、誤解が解けて良かったッス。」


「そ、そうか……。ありがとよ。それじゃあな。」


 切り付け男は嬉しそうにし、ゴブスケと別れた。


「うん。それじゃあッス!」


 切り付け男と別れ、それからまたゴブスケは、しばらく畦道を歩いた。


「村のみんなと、もうすっかり友達だね。」


 ゴブスケの肩に乗るリリィは、嬉しそうに言った。


「そうッスねぇ。でも、最初は大変だったッス。村の皆、オイラに警戒心マックスだったッスから。」


 ゴブスケは数日前を懐古しながら言った。


「そうなんだ……。ゴブスケの体がおっきいから、きっとみんなびっくりしちゃったんだね。」


「いや、多分オイラが悪魔だからッス。」


「悪魔だから?」


 キョトンとしながら聞き返すリリィ。


「そうッス。オイラの事を、悪い悪魔と勘違いしちゃったんスよ。」


「ふーん。ゴブスケは全然悪い人じゃないのにね。」


「仕方無いッスよ。悪魔は人間に意地悪するッスからね。」


「意地悪? 意地悪って、どんな事?」


「具体的にッスか? う~ん……その辺はヘビーな話になるッスから、ちょっと話せないッス。」


 ゴブスケは口籠り、明言を避けた。


「ダメなの?」


「駄目っス。六歳にはかなりきつい話ッス。」


「もしかしてそれって、悪魔が人間を食べちゃうっていう話?」


「ありゃ!? 知ってたッスか?」


 ゴブスケが明言を避けた事をリリィはあっさりと喋り、ゴブスケは驚いた。


「うん。お父さんに教えてもらったの。だから、悪魔さんには近づいちゃダメって。」


「そうだったッスか。でもリリィちゃん、初対面の時、オイラに近付いて来てたッスよね?」


 ゴブスケはリリィと出会った時の事を思い出し、疑問を口にした。


「うん。死んじゃってるのかなって思って……。」


「あ……そういう事ッスか……。まあ、その辺の悪魔の話を知ってるなら、後でリリィちゃんにも、オイラがここに来た目的、教えてあげるッスね。」


「うん! ゴブスケの話、沢山教えて欲しい!」


 リリィは嬉しそうにしながら言った。


「勿論ッス! お昼休憩の時間になったら、話してあげるッスね。」


 ====================================


 正午になり、プロミナは空の真上まで昇った。

 初夏の日差しを避ける為、ゴブスケとリリィの二人は、木陰にある切り株に腰掛けていた。ゴブスケが切り株にじかに座り、ゴブスケの膝にリリィが座っている。二人は昼食休憩を取り、サンドイッチを片手に話をしていた。


「てゆうわけなんスよ。」


 ゴブスケはリリィに、自身の身の上話をした。


「すごーい! ゴブスケの夢、おっきいね!」


 リリィはゴブスケの話を興味津々で聴き、感嘆の声を上げた。

 ゴブスケは褒められて「えへへ……。」と照れた。しかしすぐに表情を引き締め、話を続けた。


「今、人間が沢山食べられちゃってるッス。襲われた人間もその家族も、きっと辛い思いをしてるッス。こんな事は、今すぐ辞めさせないといけないッス。」


「うん、私もそう思う。ゴブスケは優しいね。」


 リリィはニコッと笑いながらゴブスケを褒めた。


「そんな事ないッスよ。悲しんでる人が居たら、それが悪魔でも人間でも、助けたいと思うのは当然の事ッス。でもオイラみたいなのは、悪魔の中では変わり者扱いされるッス。悪魔だって、誰かに食べられるのは悲しいはずなんスけどね。」


 ゴブスケはそう言いながら、サンドイッチを一齧ひとかじりした。


「うん。食べられちゃうの、私もイヤだなぁ。」


 リリィはゴブスケに同意し、ゴブスケと一緒にサンドイッチを齧った。

 二人でサンドイッチを食べ、しばし無言の時間が流れる。

 リリィはふと何か思い出したような顔をし、ゴブスケの顔を見上げながら話し掛けた。


「ねぇねぇ、ゴブスケ?」


「ん? なんスか?」


「それじゃあ、このサンドイッチも食べちゃダメなのかな?」


 リリィは両手で持つサンドイッチを見下ろした。


「え? なんでッスか? 食べて良いと思うッスよ?」


 ゴブスケはリリィの言葉の真意が分からず、やや困惑しながら返答。


「でもこのサンドイッチ、ハムが入ってるの。豚さんのお肉。これを食べたら、豚さんが可哀そうかなって思って……。」


 リリィは少し自信無さげな声で言った。


「う~ん……豚は食べて良いんじゃないッスか?」


 ゴブスケは少し悩みながら答えた。


「そうなの?」


「うん。だって食べないと、リリィちゃんがお腹空いちゃうッス。」


「あ、そっか……。それじゃあ、人間は食べちゃダメだけど、豚さんは良いのね?」


「え……。」


 ゴブスケは思わず面食らう。

 言葉を失うゴブスケに、子供の純粋な質問が飛ぶ。


「でも、豚さんも食べられちゃうの、嬉しくないと思う。悲しい気持ちは、人間と同じだと思う。ねえ、ゴブスケ? どうして人間は食べちゃダメで、豚さんは良いの?」


「うぅ……痛いトコ突くッスね……。確かに人間が駄目なら、牛や豚も食べちゃ駄目になるッスね。オイラの考え方を広げていくと、最終的に何も食べちゃ駄目っていう結論になっちゃうッス。なんかオイラ、駄目ッスね。なんか急に、自分のやってる事が滅茶苦茶な気がしてきちゃったッス。」


 ゴブスケは悲しそうに項垂れ、頭を掻いた。


「そんな事ない。ゴブスケはダメじゃないよ。でも、私も食べないと死んじゃうから、可哀そうだけど食べる。」


 そう言ってリリィは、再びサンドイッチを食べた。


「そうッスね。それがいいッス。」


 六歳に翻弄され、少ししょげながら頷くゴブスケ。

 また二人でサンドイッチを食べ始め、しばし無言の時間が続く。

 そして再びリリィが、ゴブスケを見上げながら話し掛けた。


「ねぇねぇ、ゴブスケ?」


「なんスか? 出来れば鋭い質問は勘弁して欲しいッス。」


 ゴブスケは怯えながらリリィに釘を刺した。


「悪魔さんも人間を食べないと、お腹が空いて死んじゃうんだよね?」


「そうッスね。バロアは今、他に食べ物が無いッスから、人間を食べないと皆死んじゃうッス。」


「じゃあ、いつか私が悪魔さんに食べられちゃっても、それはしょうがないよね?」


「えぇ!? しょうがないッスか?」


 リリィの言った事に驚き、ゴブスケは思わず聞き返した。


「うん、しょうがないんだよ。私はサンドイッチを食べないとお腹が空いちゃう。悪魔さんも人間を食べないとお腹が空いちゃう。だから全部、しょうがないんだよ。」


 リリィは淡々と喋りながら、サンドイッチを口に運んだ。

 言葉を失い、リリィの様子を見下ろすしかないゴブスケ。

 その時――。


「ん?」


 ゴブスケは茂みから現れた、ベリミットクロオオカミに気付いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ