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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第五章 狂気の条約編
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第百十七話 タイタルの吐息

 翌朝。

 早速ゴブスケはケンゾウと共に畑に出て、農作業の手伝いを始めた。いつもは背中に背負っていたハンマーを今日は下ろし、両手にくわを握りしめて畑を耕していく。頭にはカンカン帽を被り、首にはタオルを掛け、姿はすっかり農家そのものだ。

 ゴブスケ達の農作業を、遠くの木陰でリリィが見物していた。


「ふー。」


 ゴブスケは作業を中断して一息つき、タオルで汗を拭った。少し離れた場所で仕事をするケンゾウのほうを向き、話し掛ける。


「いやぁ、畑仕事は大変ッスね。腰に来るッス。」


「大丈夫かい? 疲れたらリリィの居る木陰で休んでいいよ。」


 ケンゾウは手に持っている鎌でリリィのほうを指した。


「いやいや、まだまだいけるッスよ! 任せて下さいッス!」


 ゴブスケはグッとガッツポーズして健在をアピール。


「ははは、頼もしいね。」


 ケンゾウは思わず微笑む。


「はい! オイラ、微力ながら頑張るッス!」


「微力なんて事は無いよ。ゴブスケ君が手伝ってくれて、本当に助かるよ。」


「ほんとッスか?」


「そうとも。特に今、農家はどこも人手不足だからね。」


 ケンゾウは雑草を刈り取る手を止め、ゴブスケに言った。


「そうなんスか……。皆、都会に出て行っちゃうッスね。」


「いや、別の理由だよ。」


「え?」


 ゴブスケは鍬を打ち込む手を止め、ケンゾウのほうを振り返った。


「ガレス人間国が移民政策をやっているんだよ。あの国が高い賃金で、ベリミットの労働者を次々と雇っていてね。多くのベリミット人がガレスに流れてしまったんだよ。」


 ケンゾウはタオルで汗を拭いながら、ベリミットのお国事情を説明した。


「そうだったんスか。それは大変ッスね。」


 ゴブスケはケンゾウの話に深刻そうな表情を見せた。


「うん。その所為でベリミットは作物の生産量が減ってね。バロア国への食料供給も減ってしまったんだよ。」


「成程ッス……。ガレスの移民政策が巡り巡って、バロアの食糧難に繋がったんスね?」


 ゴブスケは顎に手を当て、表情をさらに曇らせた。


「そういう事だね。ギアス国王からは、もっと生産量を上げるように指令を受けていてね。だから頑張ってはいるんだけど、人の流出が多過ぎて、なかなかカバー出来てないんだ。その所為で、多くの悪魔達が飢え死にしてしまったと思う。本当に申し訳ないよ。」


 ケンゾウは俯きながら言った。


「何を言ってるッスか! ケンゾウさん達は悪くないッスよ! オイラ達悪魔が胡坐あぐらをかいてるのが駄目ッス!」


 ゴブスケは言葉に力を込めた。


「そ、そうかい?」


 ケンゾウはゴブスケの勢いに若干引いた。


「そうッス! 見てて下さいッスよ! オイラが必ず、農耕をバロアに広めて見せるッスから! 悪魔が農業を肩代わりすれば、ケンゾウさん達が無理する必要は無くなるッス!」


 ゴブスケはグッと拳を握りながら力説した。


「ははは、これまた頼もしいね。それじゃあ、楽しみに待ってるよ。」


「はい! 任せて下さいッス!」


 ====================================


 二人はしばらく農作業をした後、リリィの居る木陰で休憩を取り始めた。


「ご苦労様。初仕事はどうだったかな?」


 ケンゾウはゴブスケに尋ねた。


「思ったより大変ッスね。でも、やりがいがあって楽しいッス!」


「それは良かった。」


 ケンゾウはニコリと頷き、水を一口飲んだ。一息ついてから、再びケンゾウは話を振った。


「まだ気が早いけど、ここで畑作を体験したら、その後はどうするつもりだい?」


「そうッスねぇ……畑作の他には、稲作とか牧畜を学びたいと思ってるッス。」


「そうかい。それなら、親戚のタイゾウさんを紹介するよ。あそこは牧畜をやっているからね。牛や羊の飼い方を勉強出来ると思うよ。」


 ケンゾウのこの提案に、ゴブスケは表情を明るくした。


「本当ッスか? それは助かるッス。そこまで勉強できたら、オイラの学びたい事、ほとんど網羅ッス。でも、本当に大変なのはその後っスね。」


 ゴブスケは遠い目をしながら言った。


「その後? ……ああ、人間と悪魔の交流の事かい?」


 ケンゾウは思い出したように尋ねた。


「そうッス。悪魔と人間は凄く険悪な状態になっちゃってるッスから、なかなか大変そうッス。」


「そうだね……。ここから関係を修復するのは、なかなか大変だろう。」


 ケンゾウはゴブスケに静かに同意。


「そうなんスよ……。それともう一個、大きな障害があるんスよ。『タイタルの吐息』というのをご存知ッスか?」


「タイタルの? ……ああ、紫の霧の事かい? バロア国との国境で見た事があるよ。」


 ケンゾウは記憶を辿り、合致する記憶を思い出して話した。


「それッス。あの霧がバロア国全土を覆ってるッス。その所為でプロミナの光が遮られて、作物が育たないんス。」


 ゴブスケはそう言いながら空を見上げ、木々の隙間から見える木漏れ日を見つめた。

 空には太陽に似た恒星、プロミナが輝いていた。


「オマケにあの霧は、生き物のエネルギーや魔力を吸い取るッス。だから牛とか羊とか、動物を育てる事が出来ないんス。」


 ゴブスケは渋い顔をしながら霧の説明をした。


「アレは一体なんなんだい? 僕もあの霧を吸い過ぎると体調が悪くなるんだけど、ただの霧ではないよね?」


 ケンゾウは疑問を口にした。

 その疑問にゴブスケが答える。


「あれは闇の魔法で生み出された物ッス。八○○年前、四百六十八代目の悪魔王で、タイタル様という王様が居たんスけど、その方が生み出した超特別製の霧ッス。膨大な魔力を練り込んで口からブワっと出したらしいッスね。それが八○○年たった今も、ずっと残り続けてるんスよ。」


「そうだったのかい。凄い悪魔が居たんだね。」


 ケンゾウは感心しながら感想を述べる。


「六十メートルくらいのドでかい悪魔だったらしいッス。タイタル様があの霧を生み出したのは、国を守る為だったらしいッスけど、正直今は邪魔でしかないッス。アレの所為で、バロア国の食料自給率はほぼゼロッスから。だからまずは、『タイタルの吐息』を退かさないといけないッス。方法は模索中ッスけど、きっと実現させるッスよ。一年中、夜みたいになってるバロアに朝をもたらすッス! そして安保条約で人間を締め付ける時代を、必ず終わらせてみせるッス!」


 ====================================


 ゴブスケは午後も作業を続け、時刻は夕方。

 プロミナは地平線の向こうに沈み掛け、辺りに夕暮れが訪れる。

 ゴブスケは今日の作業を終え、納屋に農具を片付けている最中だった。


「よいしょっと。……ん?」


 ゴブスケが後ろを振り返ると、そこにはリリィが立っていた。人差し指を口元に当て、ジーッとゴブスケを見ている。


「あ、リリィちゃんッスか。どうしたッスか?」


「はっ!」


 リリィはゴブスケに気付かれ、慌てて視線を逸らした。


「?」


 ゴブスケはリリィの行動がよく分からないまま、片付けの作業を再開しようとした。

 ゴブスケが背を向けると、再びリリィはゴブスケをジーッと見つめ始めた。


「ん? どうしたッスか?」


 ゴブスケはまた尋ね、リリィはまた慌てて顔を逸らした。

 ゴブスケはしばし考え込むと、リリィの視線が自分の首元に向いている事に気付いた。


「あっ! もしかして、これが欲しいんスか?」


 ゴブスケは自身が身に着けている首飾りを掴みながら尋ねた。


「う……うん……。」


 リリィは遠慮がちに頷いた。


「そうッスか……。う~ん、これは大切な物ッスからねぇ……。そうだ! 新しい物を作ってあげるッスよ! それでどうッスか?」


 ゴブスケの提案にリリィは目を輝かせ、ブンブンと首を縦に振った。


「分かったッス! すぐ作ってあげるッスよ! そうだ! 家族皆の分も作ってあげるッス!」


 そう言いながらゴブスケは農具を片付け終え、リリィを肩車しながら意気揚々と帰宅していった。


 そんなリリィとゴブスケの様子を、サラは家の中から心配そうな顔で見つめていた。


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