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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第五章 狂気の条約編
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第百十五話 変わり者

 バロア悪魔国の荒野。

 トフェレスが手綱を握る馬車が、荷台にゴブスケを乗せて走る。馬車は紫の霧を掻き分け、荒れ果てた道なき道を進んだ。

 馬車が進むにつれて紫の霧は少しずつ薄くなり、やがて柵で仕切られた、バロア国とベリミット国の国境へと辿り着いた。

 トフェレスは柵の手前で馬車を停めると、後ろの荷台を振り返った。


「着いたぞぉ、ゴブっち。起きろぉ。」


「zzz……はっ!」


 ゴブスケは鼻提灯を膨らませながら大きないびきをかいていた。トフェレスに呼ばれて鼻提灯はバチンと破裂し、ゴブスケは弾かれたように起き上がった。


「も、もう着いたっすか?」


 ゴブスケは眠い目を擦りながら尋ねた。


「あぁ。早く降りろ。」


「す、すいませんッス!」


 ゴブスケはすぐ脇に置いていたハンマーを背負うと、慌ただしく下車して地面に降り立った。


「じゃあ、気を付けてな。」


 トフェレスはゴブスケに別れを告げ、馬車の向きを変えた。


「了解ッス! トフェレスさんも帰り道、お気を付けて!」


 トフェレスの背中に向けて声を張るゴブスケ。

 ゴブスケの言葉を背中で受け止めたトフェレスは、片手を挙げて応えた。やがて馬車は少しずつ遠ざかっていき、霧の彼方へと消えていった。

 馬車が見えなくなるまで見届けたゴブスケは、くるりと踵を返した。


「よぉし。じゃあ早速、行くッスよ!」


 ====================================


 ゴブスケはノシノシと歩き、ベリミットの田舎町へとやって来た。

 辺り一面に田畑が広がり、民家はまばらあるが、表を歩いている人影は無い。

 ゴブスケは辺りをキョロキョロしながら人間を探した。


「あっ! 第一村人発見ッス!」


 ゴブスケは畑仕事をしている男性を見つけると、「おーい!」と声を張りながら手を振った。


「!?」


 男性はゴブスケの姿を見ると、その顔から一気に血の気が引いた。


「ヒ……ヒィィィ!」


 男性は手に持っていたくわを放り投げ、悲鳴を上げながら逃げていった。


「あっ! ちょっと! 待って欲しいッス!」


 ゴブスケは必死に呼び止めた。

 しかし男性は一度も振り返る事無く、その場から逃げ去った。


「行っちゃったッス。どうしちゃったんスかねぇ……。」


 ゴブスケは困惑し、小首を傾げたが、


「まあ、しょうがないッスね。次ッス。」


 と、気を取り直し、また村人を探して歩き出した。

 次にゴブスケが発見したのは、一組の親子だった。母親が子供の手を引き、畦道あぜみちを並んで歩いている。


「おーい! ちょっと話がしたいッス!」


 ゴブスケは正面からその親子に声を掛けた。


「ひぃっ!」


 親子は先程の男性と同様、ゴブスケを見るなり血相を変えて逃げていった。母親が子供を抱き上げ、一目散に走り去っていく。


「あっ! 待ってくれッス! お願いッス!」


 ゴブスケは親子を引き止めたい一心からか、右手を伸ばしながら必死になって追いかけた。

 しかし、肥満体質のゴブスケの鈍足では、逃げていく親子には全く追い付けなかった。


「はあ……はあ……。また逃げていっちゃったッス……。」


 ゴブスケは追いかけるのを諦め、少し寂しそうに呟いた。荒い息を整え、また人間を探し始める。

 しかし、その後も結果は同じだった。


「ひぃぃぃ!」


「うわあああ!」


「く、来るなぁぁぁ!」


 どの村人もゴブスケの姿を見ると、みな一様に恐怖の表情を浮かべながら、全速力で逃げていく。


「みんな……どうして逃げていっちゃうッスか……。警備隊の時はこんな事無かったんスけど……。」


 ゴブスケは人間が逃げていく理由が分からず、唯々(ただただ)困惑するしかなかった。疑問が晴れないままゴブスケは町を歩き回り、やがて一軒の民家にやって来た。玄関前まで歩き、そのごつい腕で戸口をノックする。

 少しして戸口がゆっくりと開き、中から若い男性が出て来た。


「あっ! 急に訪ねて申し訳ないッス! オイラ、ゴブスケっていうッスけど少し話を――」


「あんた、一体どっちだ?」


 男性はゴブスケの挨拶を遮った。よく見ると男性は右手に刃物を持ち、その表情は警戒心で一杯の様子だ。


「え? どっちって、何がッスか?」


「警備隊のパトロールか!? それとも食料調達に来た野郎か!? どっちだ!? 早く答えろ!」


「えぇ!? いや、オイラどっちでもないッス! オイラ、人間の友達を作りたくて来た、一般の悪魔ッスよ!」


 ゴブスケは全力で左右に首を振った。必死に男性の問いを否定し、事情を説明する。

 しかし、男性は聞く耳を持たない。


「嘘をつくな! そんな悪魔いるわけ無いだろ! やっぱり食料調達員だな?誰だ? うちの家族の誰を殺しに来た!?」


「ち、違うッス! オイラ、そんなつもり全く無いッスよ! 信じて欲しいッス!」


 ゴブスケは必死に弁明した。


「黙れ! 信じられるか!」


 男性は鬼の形相でゴブスケを睨んだ。


「本当ッス! お願いッス!」


 ゴブスケは頼み込みながら、男性に向かって一歩踏み込んだ。

 それが男性にとっては余程怖かったのだろう。男性は「ヒィ……!」と声にならない悲鳴を上げながら後退あとずさった。


「こ、殺されてたまるかぁぁぁ!」


 男性は刃物を握り直すと、意を決してゴブスケに切り掛かった。


「え?」


 警戒を怠っていたゴブスケ。その左胸に、男性の刃物が突き刺さる。


「ちょ、ちょっと……痛いッスよ。落ち着いて欲しいッス。」


 ゴブスケは男性をなだめた。そして刃物を手で鷲掴みにすると、男性のほうに押し返した。


「ぐっ……!」


 ゴブスケに押され、よろける男性。すぐに態勢を立て直し、自身が刺したゴブスケの左胸を確認する。

 ゴブスケの胸から出血は無く、刺し傷にも満たない僅かなへこみが残っているだけだった。


「う……うおおお!」


 男性はなおもゴブスケに向かって行った。


 ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ!


 男性は刃物を闇雲に振り回し、ゴブスケに切り掛かっていく。

 しかし斬撃は全て跳ね返され、ゴブスケの体には傷一つ付かない。

 男性から攻撃を受けている間、ゴブスケは棒立ちだった。男性を目で追いながら、時折呼び掛けをする。


「頼むッス。ちょっと落ち着いて欲しいッス。」


 やがて男性は疲れ切り、刃物を振り回すのを止めた。荒い息を必死に整えながら、ゴブスケを睨み続ける。


(ちきしょう……! 刃物が通らねえ! これが悪魔の皮膚か……!)


 心の中で悪態をつく男性。

 その男性に向かって、ゴブスケは必死に語り掛けた。


「どうか気を静めて欲しいッス。オイラ、ホントのホントに人間と仲良くなりたいだけなんス。」


「仲良くだ? 何言ってんだ! アンタだって毎日人間を食ってんだろ!? 美味い美味いって言いながらよぉ!」


「そんな……オイラは人間を食べた事なんかないッス! むしろ逆ッス! そういうのを無くしたくて――」


 ゴブスケは懸命に弁明する。

 しかし男性がそれを聞き入れる様子はない。


「黙れ! そうやって耳障りの良い言葉で誘い出して、騙し討ちする悪魔までいたんだ! もう悪魔は信用しない!」


 男性は憎しみを込めながら声を張り上げた。


「……。」


 言葉に詰まり、無言になるゴブスケ。

 そのゴブスケに対し、男性は話を続けた。


「悪魔に襲われて村の連中が何人死んだか……キリがねえよ……! いくら掃除しても……してもしてもしてもしてもしても! 毎日どこかに新しい血溜まりが出来てんだ! もう……気が狂うよ……!」


 男性はその場で泣き崩れた。

 ゴブスケは男性のあまりの激情に思わず圧倒されたが、やがてゆっくりと腰を下ろすと、男性の両肩を抱いた。


「触るな!」


 ゴブスケの手を払いのけようとする男性。

 しかしゴブスケは両手に力を込め、男性を離さない。


「聴いて欲しいッス。オイラはそういう辛い事を無くす為に、ここまでやって来たんス。だから……オイラを信じて欲しいッス……! オイラが必ず、なんとかするッスから……!」


 ゴブスケは言葉に熱を込めながら話した。


「どうにもならねぇよ……。もう手遅れだ……。もういいから……早くうちから出てってくれよ……。」


「分かったッス。すぐ出ていくッスよ。でも、これだけは覚えていて欲しいッス。世の中には、オイラみたいな変わり者の悪魔がいるって事を。」


 男性にそう言い残すとゴブスケは立ち上がり、玄関の外へと向かった。


「へっ……! 可笑しな事言うな……。」


 男性は地べたに座ったまま鼻で笑った。


「ホントッスよ。オイラ、バロアじゃ皆から変な目で見られてるッスから。」


「そうか……。よく分からねえけど、アンタが他の悪魔とは違うってのは、少し伝わった。……急に切り付けて、悪かったな。」


 男性は少し照れながら謝った。


「大丈夫ッスよ! 悪魔は丈夫ッスから! こちらこそ、急に押し掛けてごめんなさいッス!」


 ゴブスケは男性に力強く親指を立てると、手を振って男性と別れた。


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