第百十四話 出国手続き
「指名、ゴブスケ。年齢、二二七。性別、男。出国先、ベリミット人間国。出国理由、人間と友好関係を築く為……。何だ、これは?」
フェゴールは読み上げた申請書から顔を上げ、目の前に居るゴブスケに鋭い視線を送った。
場所はベオグルフの王宮の一室。
フェゴールは豪華な事務机に座り、そのフェゴールの前でゴブスケは、緊張した面持ちで立っていた。
「か、書いてある通りッスよ。人間の知り合いを作りたいんス。あとは色んな技術の勉強ッスね。そしてゆくゆくは人肉食文化を廃止にして……はっ!」
ゴブスケは丁寧に質問に答えていたが、途中でハッと気付き、慌てて両手で口を塞いだ。
「ん? 人肉食を……なんだ?」
フェゴールは不思議そうに尋ねる。
(まずいッス……。フェゴール様にこの話題は御法度ッスね。)
「な、なんでもないッス……。」
「そうか、ふむ……。」
ゴブスケの誤魔化しはかなり無理矢理だったが、フェゴールはその誤魔化しを特に気にする様子は無く、再び申請書に視線を落とした。目だけを動かし、申請書のあちこちをチェックしていく。
「まあ、いいだろう。出国を許可する。」
そう言うとフェゴールは大きなハンコを掴み、ドスンッと申請書に押印した。
申請書に赤いインクで『許可』の文字がデカデカと印字される。
「ホ、ホントッスか!?」
ゴブスケは嬉しそうに聞き返した。
「ああ。だがくれぐれも問題だけは起こすな。条約の改訂直後でな。監視が強化されている。」
フェゴールはハンコを片付けながら、ゴブスケに釘を刺した。
「わ、分かったッス! 気を付けるッス!」
ゴブスケは恐縮しながら返事をした。
「うむ。では、旅行を楽しんで来い。」
フェゴールはそう言いながら、ニコリと笑った。
「はい! ありがとうッス!」
ゴブスケは弾むような口調で礼を言うと、足取り軽く出口に向かって歩いていった。
「それじゃ、失礼するッス! ……あ、やばいッス。」
部屋を出る際、ゴブスケは狭い出口に腹が引っ掛かってしまった。
「大丈夫か?」と心配するフェゴール。
ゴブスケは一生懸命踏ん張ると、「ポンッ!」という音と共に脱出した。
「だ、大丈夫ッス。どうも、すいませんでしたッス。」
気合で出口を通り抜けたゴブスケは、軽く会釈してから立ち去った。
「ふっ……変わった奴だ……。」
フェゴールは肩肘を突きながら、軽く鼻で笑った。やがて手に持っていた申請書を脇に退かすと、別の書類に目を通し始めた。
「ロイド! おい、ロイドは居るか?」
フェゴールは出口のほうに向かって呼び掛けた。
「は、はい……なんでしょう……?」
ロイドは露骨に怯えながら部屋に入って来た。
「ソウマの様子はどうだ? 順調か?」
「あ~、えっと~、どうっすかねぇ……。ずっと目ぇ覚まさなくて様子が全然変わんないから、最近見に行ってなくてですねぇ……」
ロイドは口籠りながら答えた。
その返答に、フェゴールの表情がグッと厳しくなる。
「サボるな。アレは重要な計画だと言ったはずだぞ?」
「は、はい! すんません! すぐ行ってきま~す!」
ロイドは姿勢を正しながらキビキビと答え、駆け足で部屋を出ていった。
====================================
「はあ……はあ……はあ……はあ……。」
ソウマは自身の精神世界の中で、膝を突いて荒い呼吸を繰り返していた。
そのソウマを、傍らに立つバロアが腕組みしながら見下ろす。
「大丈夫か? ソウマちゃん。」
バロアはソウマを覗き込みながら、気遣いの言葉を掛けた。
しかしソウマは返事をする余裕が無いようで、逆に増々容態が悪化していった。
「うっ……! ぐ……うぅ……!」
ソウマは呻き声を上げ、とうとう地面に蹲ってしまった。
「また悪魔の血を入れられたか……。」
バロアはソウマの様子を見つめながら、推測を口にする。
バロアは少しの間ソウマを見下ろしていたが、やがてソウマの傍にゆっくりと座ると、苦しむソウマを横に寝かせた。そしてソウマの頭を自身の膝に乗せる。
「す、すいません……。」
息も絶え絶えの状態のソウマだったが、荒い息遣いの合間を縫って、膝枕してもらった事に詫びを入れた。
「いいよ、今が一番苦しい時だからさ。今はね、ソウマちゃんの持つ人間の心が、頑張って悪魔の血と闘ってるんだ。なんとか勝って欲しいところだけど、でもちょっと厳しいかな……。耐えるんだよ、ソウマちゃん。」
バロアはそう言いながら、ソウマの髪をそっと撫でた。
二人の居る精神世界は、以前より黒い斑点模様が大きくなり、白い世界は少しずつ失われつつあった。