第百八話 悪魔王の加護
「んで! 宝玉がパリッと割れて、中に入ってた加護の力とか、俺の意識とかがソウマちゃんの中に宿ったってわけ。オッケー?」
バロアは胡坐をかき、身振り手振りを交えながらソウマに説明していた。
ソウマとバロアが場所は、例の白い景色が広がる世界だった。気絶した状態のソウマがたまに見る、夢とも現実ともつかない不思議な空間だ。且つては見渡す限り白い風景が広がっていたはずだが、今は白の風景の中に黒い斑点模様が混じっていた。
そんな空間の中で、ソウマはバロアと向かい合うように座っていた。目の前に座る少年のような見た目の悪魔バロアに対して、ソウマは明らかに緊張した様子だった。正座で座って背中を丸め、出来るだけ体を小さくしている。
「はい……なんとなくは……。」
ソウマは少し自信無さげな感じで、頬をポリポリと掻きながら返答した。
「うん、いいよ、なんとなくで。まあ、他にも条件は有るんだけど、兎に角ソウマちゃんが呼んでくれたお陰で、俺はこうやってソウマちゃんの精神世界に出てこれるようになったわけだ。てなわけで、これから宜しくね。」
「は、はい! 宜しくお願いします……。」
バロアが右手を差し出してきたので、ソウマはその差し出された右手を握って握手し、ペコペコとお辞儀した。
「はははははっ! そんな畏まらなくていいって! もう友達だろ? 俺達。」
ソウマの様子を見て、バロアは高笑いしながら言った。
「そんな……バロア国の建国者と友達なんて……恐れ多いですよ……。」
恐縮するソウマ。
そのソウマに対し、バロアは眉を顰めた。
「建国者って……んな大袈裟な……。」
「だって世界史の教科書にありましたよ? バロア悪魔国の初代悪魔王だって……。」
ソウマは食い下がった。
「ああ、あれなぁ。ぶっちゃけて言うけど、あれ全然違うぜ? 歴史学者は俺のやった事、神格化し過ぎなんだよ。実際には、俺が造ったのは国じゃなくて小さな村。だから初代悪魔王じゃなくて、初代村長が正しい。」
「そ、村長ですか……!?」
ソウマは目を見開いて驚きの声を上げた。
「うん。夢をぶっ壊しちゃって申し訳ないけど。だって村の名前なんてさ、『バロア君と愉快な仲間達の村』だったんだぜ? すっごいのほほんとした名前だろ?」
「そ、そうですね……。今のバロア国のイメージとはかなり違うというか、ギャップがあるというか……。でも、その村が少しずつ大きくなって、最終的に国になったんですよね?」
「うん、俺が死んだ後にな。」
「え? 死んだ後?」
ソウマはまた目を見開く。
「うん。だから俺、マジでなんもやってない。適当に村を造って、適当に名前付けただけ。俺が死んだ後に俺の知らないとこで、村は勝手に国まで成長したってわけ。なのに、その国の名前に俺の本名採用しちゃうんだもんな~。あれにはさすがにビビったわ。」
「そうだったんですか……。」
ソウマは新事実にやや面食らいながら頷いた。
「うん。まあでも、俺の名前がずっと残り続けてんのは素直に嬉しいや。今ってバラティア歴……何年だっけ?」
「十四万一三○二年ですね。」
「そっか。俺が村を造ったのがバラティア歴四○○年くらいだから、建国して十四万と千年弱か。よく続いたな~。今の悪魔王はガリアドネちゃんだっけ? あの優しい女の子。あの子で何代目?」
「ガリアドネ様で確か……四百七十……二代目ですね。」
「お~、すげえな……。」
バロアはしみじみとした口調で言った。腕を組み、感慨深げに目を閉じる。
ソウマはその様子を、相変わらず緊張した面持ちで見つめていた。
「……おっと! ごめんごめん。つい、感慨に耽っちゃった。加護の話をしてたんだっけ?」
「そ、そうですね……。お願いします。」
バロアの平謝りにソウマは軽く会釈する。
「りょーかい、りょーかい。……つっても大体話しちゃったけどな。なんか質問無い? それに答えてあげるよ。」
「え? えっと、じゃあ……この悪魔王の加護って、そもそも何なんですか? 『加護は実在する』っていう本の中には、周りの物を全て壊す、破壊を司る加護だって書いてあったんですけど……。」
ソウマは『加護は実在する』の中身を思い出しながら、バロアに尋ねた。
「あ~……近いけどちょっと違うなぁ。この加護はね、自分に危害を加えてくるものを全て跳ね返す、絶対防御の加護なんだよ。だから破壊じゃなくて守り。」
「守りの加護……ですか……。」
バロア「うん。鉄砲の弾とか、殴ってくる相手の拳とか、邪魔な城壁とか、全部跳ね返す。ぱっと見は周りを破壊してるように見えるけど、実際には自分の体を防御するように動作してるんだ。だから、自分の体には傷一つ付かない。あとはこんな風に空気を叩けば、叩いた空気を跳ね飛ばして衝撃波を作ったりもできる。風属性の魔法よりでかい威力のね。凄いっしょ?」
バロアはブンブンと空気をはたく動作をしながら加護の説明をし、ドヤ顔をソウマに披露した。
「は、はい……凄いです……。」
ソウマはバロアにズイッと顔を寄せられ、やや引き気味に返事をした。
「ふっふっふっふっふっ、そうでしょ~? まあでも世の中には、名前のどこかに『神』が付くタイプの、もっと凄い加護も有ったりすんだけど、それは適合者がほとんど現れないから、ほぼ存在しないも同然……どした?」
ソウマから同意を得られ、満足げに頷くバロア。しかしふとソウマの様子を見ると、何かを思い出したような表情をしながら、発言権を求めて軽く手を挙げていた。
「いや……あの……少し思い出したことがあって……。かなり記憶が曖昧なんですけど、たしか僕、加護の力を使ってバロア国を襲ったはずなんです。最後は体中に傷が出来て倒れちゃったんですけど……。あの時の怪我は、悪魔王の加護で防げなかったのかなって……。」
ソウマはやや遠慮気味に、バロアの話の矛盾点を指摘した。
「あれか。あれはね、加護でも防げない。」
「どうしてですか?」
「ソウマちゃん。今、悪魔化が進んでるでしょ? まだ成り立てで、悪魔の力に慣れてない。その状態で散々暴れ回ったもんだから、体が壊れちゃったわけよ。あれは自分で自分を内側から壊す行為だから、さすがに加護でも守れない。悪魔王の加護で防げるのは、外からの攻撃だけ。あとは毒とか。ま、加護も万能じゃないって事。オッケ―?」
バロアは少し顔を寄せてソウマに確認する。
「はい。……それじゃあ、ルシフェルさんの場合はどうして攻撃を受けてしまったんですか?」
「ルシフェル? 誰それ?」
バロアは首を傾げた。
「え? 僕の前に加護を持っていた人ですよ? ご存知ないですか?」
ソウマは意外そうに聞き直す。
「ああ、あの天然バカか。」
バロアは合点がいったとばかりに頷き、そして話を続ける。
「殺される直前、アイツは天使と会ってた。で、そん時に体から宝玉を取り出しちゃったんだ。体から宝玉を抜くと、一時的に加護の力を失っちまう。その状態で光の矢をしこたま食らって、アイツは死んじまった。」
「それじゃあつまり、宝玉を天使に奪われて、それでやられてしまったんですね?」
「いや、自分から宝玉を上げてた。」
「え?」
「天使から宝玉を貸せって頼まれてアイツ、素直に渡してやんの。それでやられちゃった。」
バロアは呆れかえった口調で言った。
「そんな……。」
「信じらんないよな? 大事な宝玉をさぁ……。授業中に消しゴム貸すんじゃねぇんだから……。なにが、『使い終わったら返してくれたまえ。』だよ。馬鹿過ぎるだろ……。」
バロアは心底呆れ返った様子でそう言うと、深く項垂れた。
そんなバロアに対し、いたたまれない様子で黙り込むソウマ。
少ししてバロアは顔を上げた。
「ま、そこを気に入ってもいたんだけどな、ニシシ。アイツとは二○○年の付き合いだったからさ。死んじまったのは寂しいよ。境遇も俺と似てたし……。良い奴だったよ。」
バロアは昔を懐かしむように上を見上げながら呟く。
そんなバロアに、ソウマも同調する。
「はい……良い人でした。素直で、真っ直ぐで、優しくて……。ルシフェルさんが亡くなってしまって、あの時は本当に、心の支えを失ってしまった感じでした。ルシフェルさんはもう居ない。僕自身、今は悪魔に捕まってる。こんな状態で、この先どうやってベリミットを守っていけばいいのか……。」
ソウマは俯いた。
「ソウマちゃん。今のソウマちゃんは国よりも自分の心配をしたほうがいいよ。」
バロアは憐憫の眼差しでソウマを見ながら言った。
「え?」
「さっきも言ったでしょ? ソウマちゃんは今、悪魔化が進んでる。このままだと心まで悪魔に染まって、人間に戻れなくなるよ?」
凄みのある表情を作り、バロアはソウマの目の前まで顔を寄せた。
そんなバロアの凄みに、ソウマは心底怯えた表情を見せた。そしてゆっくりと視線を落とし、自分の体を見つめる。
「心まで悪魔化したら、一体どうなってしまうんですか?」
ソウマは自分の鳩尾辺りを手で押さえながら尋ねた。
「う~ん……なってみりゃ分かる。」
バロアは不敵に笑いながら答えた。
「えぇ……教えて下さいよ! 怖いじゃないですか!」
ソウマは涙目になりながら両手をブンブンと振った。
「はははははっ! まあまあ、安心しなって。少なくとも死ぬようなことはない。それに加護も持ってるんだから、最悪ベリミットが滅ぶような事があっても、ソウマちゃんだけは生き残れるぞ! やったね!」
「僕だけ生き残っても意味ないんですよ! ベリミットを守るために戦ってきたんですから!」
ソウマは泣きべそを掻きながら猛抗議。
それに対してバロアは高笑いした。
「かっかっかっ! からかい甲斐があるなぁ、ソウマちゃんは。天然バカとはまた違った魅力があるよ。」
「はあ……それはどうも……。」
ソウマは溜め息をつきながら、ゆっくりと落ち着きを取り戻した。
「まあとにかくさ。俺はソウマちゃんの味方でいてあげるし、悪魔王の加護は好きなように使って構わない。だからその無敵の力で、色々試して頑張ってみてちょ。」
不安気な表情のソウマを余所に、バロアはどこか楽し気な様子でソウマの肩をポンッと叩いた。