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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第五章 狂気の条約編
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第百七話 何不自由無い生活

(何だ、これは……? 一切の干渉をしない? 俯瞰の立場を一貫? これはつまり……国連は我々に味方しない……? なんて事だ……! それでは、これまでバロア国の襲撃に耐えてきた意味は……? 全て水の泡……?)


ギアスは愕然とした。意見書を持つ手が思わず震える。


「フェゴール! これは一体どういう事です!? このような意見書が届いていたなんて……私は今、初めて知りました! 何故、報告を怠ったのです!?」


ガリアドネは厳しい口調でフェゴールを問い詰めた。


「ああ、女王陛下……申し訳ない……。ついうっかり、忘れておりました。」


フェゴールは飛び切り嫌な笑みを浮かべながら謝罪した。


(絶対わざとだろ。)


ロイドは鼻をほじりながら呑気に思う。


(そんな……! これでは条約を存続させる意味が……! いえ……それどころか、この会談を開いた意味も……!)


ギアスと同じように、動揺が隠せないガリアドネ。

フェゴールの提示した意見書により、混乱と動揺が広まる会談。

そんな中、その元凶のフェゴールが話を切り出した。


「意見書の中身は理解したな? ではその上で、こちらから一つ提案がある。」


フェゴールの言葉に、ギアスはその蒼白な顔を意見書から離した。


(まだ何かあるのか?)


「安保条約を残すのならば一部、改定したい条項がある。」


フェゴールはそう言いながら、また別の用紙を一枚、ギアスに手渡した。

怪訝な顔でガリアドネが見守る中、ギアスは用紙に目を通し始めた。


『ベリミット安全保障条約 改定案

現行

ベリミット人間国はバロア悪魔国に対し、不足分が出ないよう留意しながら、毎年食料供給を行う事。


改定案

ベリミット人間国はバロア悪魔国に対し、不足分が出ないよう留意しながら、毎年食料供給を行う事。止むを得ず不足分が発生した場合、代わりにベリミット人間国の国民を、食料として提供する事。但しその上限は、年間十万人までとする。』


「何だ、これは?」


ギアスは顔を上げ、眉を顰めながら尋ねた。


「端的に言えば、人間を食料とする事を合法化したい。無差別に狩猟するのでは無く、条約の決まりの中でな。」


「合法化だと? 何をいまさらそんな事を気にする? 散々襲撃を繰り返しておいて……。」


ギアスは怒りと呆れで声を震わせながら聞いた。

フェゴールは国際連合の意見書を手元に引き寄せ、その中の一か所を指さした。


「将来的な事を見据えての事だ。国連は俯瞰の立場を一貫すると言ってはいるが、これは『当分の間』という条件付きだ。いつか態度を変える可能性は、十分に考えられる。その時になって国連に目を付けられないよう、今の内に条約を改定しておきたい。」


「勝手な事を! 全てそちらの都合ではないか!? 殺戮を容認するだけの改定案など、受け入れるわけがない!」


ギアスは手に持っていた改定案の用紙を机に放り投げた。


「そう目くじらを立てるな、ギアス。この改定案を受け入れる事は、ベリミットにとっても利益はある。」


「何?」


フェゴールの言葉に、ギアスは訝し気な視線を送った。


「改定を受け入れれば、現在、事実上廃止状態にある我が軍の警備隊を、再びベリミット国内に配備する事を約束しよう。軍事力で他国に劣るベリミットにとっては、大きな利点であろう?」


フェゴールの言葉に、ギアスの感情は一瞬揺らいだ。怒りから苦悩へと気持ちがシフトしていく。

そんなギアスに対し、フェゴールは話を続ける。


「さらにこの草案では、人間の犠牲は年間十万までという上限を設けている。この数字はベリミットの人口増加率を加味したものだ。ベリミットの人口増加率は年間二十万。つまり年間十万の犠牲ならば、少なくともベリミットの人口が減る事は無い。どうだ?」


「どう……だと……? いや、しかし……何の罪もない市民を差し出すなど……! 受け入れられん! そもそもなんだ!? 警備隊で人間を守ると言ったり、犠牲になれと言ったり! 矛盾しておるぞ!?」


ギアスは人差し指でフェゴールを指しながら、矛盾を指摘した。


「他国の攻撃からは当然保護する。でなければ、大事な餌が減ってしまう。」


「餌……?」


フェゴールの言葉にギアスは愕然とした。やがてその表情をなんとか取り繕うと、絞り出すように言葉を発した。


「人間を……家畜か何かと勘違いしてはいまいか?」


ギアスはフェゴールに詰問し、フェゴールは首を傾げながら「はて? どこがだ?」ととぼけた。


「惚けるな! 警備隊を配備してやるなどとぬかし、実際は餌である市民が減らないようにしたいだけ! 農家が野犬から家畜を守るのと何ら変わらん! そうやって人間を保護し、食べ頃になれば殺して悪魔の餌にする……! 家畜同然ではないか!? 人間としての尊厳は何処にも無い!」


ギアスは立ち上がって抗議した。裁判の弁護人のようにフェゴールを指さし、激しく糾弾する。

そのギアスに張り合う様に、フェゴールも立ち上がった。二.五メートルの巨体がギアスを見下ろす。


「何を言う? 家畜に比べれば遥かに恵まれているではないか? 家畜を見てみろ! 一つの小屋に押し込められ、全ての自由を失い、そこで一生を終える! それに比べ、我々は人間に自由を与えるつもりだ! 今持っている権利を、可能な限り保障する! 好きな時に好きな場所へ出向き、好きな人生を歩む、その権利をな! ある日突然、悪魔が殺しにやって来る事以外、何不自由なく生活出来るのだぞ? 何が不満なのだ? そもそもこのような事は、人間が家畜に対して散々やってきたことであろう? 自分達がやられる立場になった途端、それは御免被る、と? 傲慢ではないか?」


フェゴールは激しく捲し立てた。

その間、ギアスはただフェゴールを睨むだけだったが、フェゴールが口にした『傲慢』という言葉を聞いた瞬間、豹変した。

ギアスは両手を振り被り、一閃。その瞬間ギアスの元から、極太の無数の蔓が一気に伸びた。ガリアドネ以外の、対面に居座る悪魔達の首を一気に縛り上げていく。

ギアスの暴挙に対し、悪魔達は五者それぞれのリアクションをした。

グリムロは一切微動だにせず、腕組みをしたまま動かない。

レビアトはギアスを迎え撃つ為、蔓を掴んで闇属性の魔法を準備中。

ガリアドネは寸止めで止まった蔓越しに、哀れみの表情でギアス見つめ続ける。

ロイドは「うわっ!? ちょっ!? たんまたんま!」と慌てふためきながら情けない声を上げた。

フェゴールはその不敵な笑みを崩さないまま、怒りで息を荒げるギアスに距離を詰めた。


「ここにいる我々全員を殺すか? ギアス殿の実力ならばそれも可能だろう。だが良いのか? この話し合いの場で刃傷沙汰を起こせば、それこそ国連が黙っておらんぞ?」


フェゴールの警告に、ギアスは何も返さない。ただ怒りを滲ませながら、フェゴールを睨み付けるだけ。

両者の間、そして広間に痛い沈黙が流れた。

が、やがてギアスは蔓をゆっくりと収め、悪魔達を解放した。

解放されたフェゴールは、テーブルに乗り出していた体を下ろし、ドカッと椅子に座った。


「国連を恐れる気持ちはお互い様だな。さて、話を戻すか。」


そう言うとフェゴールは、条約の改定案書をギアスの手元に突き出した。


「改定案を受け入れるか否か、答えを聞こう。」


「フェゴール! そもそもこの草案は、私が了承していません……! 勝手に話を進められては困ります!」


ガリアドネが話に割って入った。


「同感じゃ! 話にならん!」


ギアスはガリアドネの抗議に同調する。


「そうか……承知した。ではこの草案は破棄しよう。会談の結論としては、現行の条約を存続させる、で良いのだな?」


「……うむ。」


フェゴールの確認に、ギアスは渋々といった感じで頷いた。


「分かった。念のため確認だが、現行の条約は互いに条約違反をしており、もはや条約を守る義理はどこにも無い。よって、ベリミットを守る警備隊はこのまま解体し、他国から攻撃があっても、我々はもう助けない。そして、バロア軍は引き続き侵攻を続ける。それで良いのだな? 何か質問はあるか?」


「……。」


フェゴールの質問に対して、ギアスは無言でいるしかなかった。

そんな様子のギアスを、フェゴールはしばし見つめていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。


「無ければ話は終わりだ。くぞ。」


フェゴールはレビアト達に呼び掛け、レビアト達はフェゴールに倣って立ち上がった。ギアス達、そして立ち上がろうとしないガリアドネを残し、フェゴール達は広間を出ていこうと扉を開いた。


その時。


「待て……。」


ギアスは絞り出すような声でフェゴールを呼び止め、フェゴールは呼び止めに応じて振り返った。

そのまま扉の脇で佇むフェゴールに向かって、ギアスはふらふらとした足取りで近付いていった。やがてフェゴールの前まで来ると、立ち止まってフェゴールを睨んだ。


「んん?」


ギアスが一向に口を開かないので、フェゴールは首を傾げて声を漏らした。


(この……文字通りの……悪魔め……。)


ギアスは血走った目でフェゴールを睨みながら、心の中で罵った。


====================================


夕方。

日が傾き始め、会談が行われていた広間、そして広間の外の廊下に夕日が射し込む。

その廊下に、ベリミット政府の人間達と、バロア政府の悪魔達が集まっていた。

ガリアドネがギアスに一礼し、ギアスもそれに応える。


「本日は会談の場を設けていただき、ありがとうございました。宿泊の準備までしていただいて、感謝します。」


「いえいえ、大したもてなしでは御座いませんが……。では、部屋までご案内致しますぞ。」


ガリアドネの謝辞に、ギアスは謙遜で応じる。

一通り会話が終わると、ギアスが先頭となり、ガリアドネ達を案内する為に歩き出した。

ギアスとガリアドネが先頭になり、その後ろをフェゴール、レビアト、グリムロが付いて行く。

ロイドはグリムロと並んで歩いていたが、途中で立ち止まった。


「どうした? 歩け。」


グリムロは後ろを振り返り、ロイドに呼び掛けた。

ロイドは両手を頭の後ろで組み、その場で佇んでいたが、やがてゆっくりと両手を解くと、ゆっくりとグリムロの元へ歩み寄った。


「さっきの話し合いだけどさぁ、なんつーかフェゴールさんのやり方、ちょっとやり過ぎじゃね――」


ロイドが喋り出したその時、グリムロは素早く右手を掲げてロイドを制し、黙らせた。そのまま背後を振り返り、廊下の奥を確認する。

廊下の奥にはまだギアス一行がおり、その中にはフェゴールも居た。ギアス一行は少しずつグリムロ達から遠ざかっていき、やがて廊下の角を曲がって姿が見えなくなった。

それを見届けたグリムロは右手をゆっくりと下げ、ロイドのほうに向き直った。

続きを話すよう促されたと察したロイドは、手の平を口元に寄せ、声が漏れないように小声で話し出した。


「完全にフェゴールさんの独裁だったろ? ガリアドネ様もドン引きだったしよ~。どう思う? なあ?」


「規律を大きく逸脱した言動は無かった。問題無い。」


グリムロは低く冷淡な口調で答えた。


「いやでもよぉ、ルール守ってるからって何やっても良い訳じゃねえだろ? 国際なんちゃらの意見書の奴なんて酷かったじゃん?」


「女王陛下へ事前の報告を怠った点に関しては、何かしらの処罰を受けるかもしれん。だがそれは、俺が決める事では無い。」


そう言うとグリムロは、ロイドを置いて歩き出した。


「冷たいなぁ、お前は……。この薄情者~!」


遠ざかっていくグリムロの背中に向かって、ロイドは冗談半分に言った。

その言葉を受け、グリムロは立ち止まって振り返った。


「俺は上の判断に従うだけだ。上の命令は絶対であり、規律そのものだ。規律以上に守るべきものなどない。」


「……あっそ。」


ロイドは諦めたように呟くと、また頭の後ろで両手を組み、ノシノシと歩いてグリムロに付いて行った。


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