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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第五章 狂気の条約編
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第百六話 意見書

 ギアス達は会場を移し、大きな広間に集まっていた。

 広間には長テーブルが一つと、人数分の椅子が用意されており、一同はベリミット陣営とバロア陣営で分かれ、テーブルを挟んで向かい合うように着席した。


「それではまず、これまでの現状把握からさせていただきます。グリムロ、お願いします。」


 ガリアドネに促され、グリムロが書類を持って立ち上がった。


「では、報告書を読み上げる。先刻、我々バロア悪魔国軍第一師団は、事前の宣言通り、セントクレア魔法学校を攻撃した。現場に居た三百名程の人間を殺害し、死体は可能な限りこちらで回収した。続いてベリマ、ノーラン、フローデルの三都市を攻撃。三都市合計で二千五百名余りの人間を殺害した。それぞれセントクレアの時と同様、伝令役として人間を一人生かしたが、伝令は受け取ったか?」


 グリムロは手元の報告書から顔を上げ、ギアスに尋ねた。


「確かに受け取った。伝令など無くともあのような惨事、悪魔以外に考えられんがな。」


 ギアスは吐き捨てるように返答した。


「結構だ。」


 グリムロはギアスの言い方を特に気にする様子も無く、いつものように淡々と返事をした。


「伝令役は全員、こちらで身柄を確保している。ただ、一点だけ確認させてほしい。」


「何だ?」


「セントクレアの伝令役だけは、何者かに誘拐されてしまった。ソウマという名前の少年じゃ。現在行方は分かっておらんが、ベオグルフを襲撃したという情報が入ってきておる。その真偽を確かめたい。」


 ギアスはグリムロを見上げながら言った。


「事実だ。あの少年はこちらで身柄を拘束し、現在バロア牢獄に収監している。」


 グリムロは簡潔に答え、その返答にギアスは「そうか……。」と肩を落とした。


「ソウマ君は二度、我が国の王都を襲撃しました。一度目は私の独断で釈放しましたが、再び姿を現したので、こちらで拘束する運びとなりました。彼の今後の処遇はこちらで決めさせていただきます。」


 ガリアドネが話に入り、詳しい解説を入れた。


「そういう事か……。」


「宜しいですか?」


「……うむ、承知した。」


「結構です。ではグリムロ、続きをお願いします。」


 ガリアドネはギアスとの会話を区切り、再びグリムロに指示した。

 指示に従い、グリムロが口を開く。


「一連の襲撃については全て、我々バロア軍によるものだと声明文を発表する。これまでこういった事は隠蔽するよう指示してきたが、今回からは情報を公開する。よってベリミットの情報機関には、我々の声明文を公表するよう申し願う。」


(当然の流れじゃな……。あれだけの規模の襲撃じゃ。隠蔽など出来るはずがない。じゃが念のため、探りは入れておくか……。)


 ギアスは頭の中で考えをまとめ、やがて口を開いた。


「セントクレアの件はどうするのじゃ? あれだけは保留扱いで、バロア国による襲撃だという事は隠蔽してあるのじゃが。」


「そちらも合わせて公表願います。これまで行ってきた襲撃は全て。」


 グリムロの代わりにガリアドネが答える。


「念の為の確認じゃが、我が国にはバロア国の為に働く、バロア専属の労働者達が居る。彼らの労働意欲を保つため、バロアに関するマイナスな報道は全て隠蔽してきた。それら積み上げてきたものが全て振り出しに戻ってしまうが、宜しいのですな?」


 ギアスの問い掛けに、ガリアドネは頷いた。


「はい、それは承知の上です。我々も当初、この食料問題は平和的に解決させるつもりでした。ベリミットの方達の労働意欲を維持させ、一次産業の回復を待つべき、と。しかし残念ながら、ベリミットの国力はこの十年では元には戻らず、止むを得ず我々は――」


「女王陛下……。」


 ガリアドネの説明を遮るように、低く唸るような、凄みのある声が響いた。

 ガリアドネは驚きの表情を見せながら、声のしたほうを振り向く。

 声の主はフェゴールだった。フェゴールは不敵な笑みを浮かべながら一連の会話を黙って聞いていたが、とうとう会話に割って入ってきた。フェゴールは話を続ける。


「はっきりと言ってやれば良いのです。ベリミットの労働者には最早何も期待していない。欲しい物は自分達で手に入れる事にしたのだ、と。」


「そんな……私は決して……そのような事は……。」


 ガリアドネは狼狽うろたえた。

 やり取りを聞いていたロイドは、嫌そうな顔でフェゴールを見やる。


「状況確認はもう十分だろう。本題に入るぞ。ベリミット安保条約を存続させるか破棄するか、決めるとしよう。前回の会談では有耶無耶うやむやにされ、条約の扱いは保留となったが、今回はそうはいかんぞ?」


 フェゴールは半ば強引に話を進めた。


(フェゴールめ……早期決着を狙っておるな……。お主の目的は条約を破棄させる事じゃろう? 条約さえ消せれば、国連に目を付けられる心配は無くなり、大手を振ってこの国を襲う事が出来る。魂胆は見えておるぞ……。)


 ギアスは淀み無い視線でフェゴールを睨んだ。


「我々は条約の破棄を希望する。条約はもはや機能していない。バロア国民も破棄を望んでいる。」


 不安そうな顔でフェゴールを見るガリアドネを尻目に、フェゴールは勝手に話を進めた。


(そうはいかん……! お前達には条約違反を続けてもらう……!)


「我々ベリミットは条約の存続を望む。我が国はこの十年間で、一次産業の回復に向けた政策を打ち出してきた。もう少しで効果が表れ、バロアの食料問題を解決出来る。そうすれば、条約は元通りになるはずじゃ。」


 ギアスは思考を巡らせながら返答する。


「国力を回復させる目途が立っているのですね?」


 フェゴールが口を開きかけるが、それを押し退けるようにガリアドネが尋ねた。


「ええ……そうです……。」


 ギアスはやや口籠りながらガリアドネに答える。


(申し訳ないです……ガリアドネ殿……。今のは真実と呼べるギリギリのラインじゃ……。ですが御協力、感謝致しますぞ。このまま陛下と共に話を進めれば、首尾よく話を進められるはずです……。)


「それは良かったです。では今回も、条約は保留の方向で話を進めましょう。」


 ガリアドネはギアスの思惑に沿うように話を進め、ギアスもそれに応じて「うむ。」と頷いた。

 しかし、「それでは――」と口を開きかけたギアスを、フェゴールが「待て。」と言って遮った。

 ギアスとガリアドネが同時に振り返る。


「何だ?」


 警戒心たっぷりの顔をしながらギアスは尋ねた。


「曖昧な表現で誤魔化すな。もう少しで効果が表れると言ったな? 具体的にいつ効果は表れる? 数字で言え。」


 フェゴールは今まで以上に凄みのある、低いドスの効いた声で詰問した。


「……! い、一年だ。一年もあれば結果は出てくる。」


 ギアスは一瞬面食らったが、気を取り直して答える。


「その数字は何処から出てきた?」


「データから推測した数字じゃ。ここ数年、労働者一人当たりが持つ田畑の作付面積、そして家畜の飼育頭数、共に増えてきている。このままいけば――」


「それは本当か? データを寄越せ。」


 フェゴールの詰問がギアスの説明を遮る。

 フェゴールに催促され、ギアスの隣の御意見番は震える手で、二枚の用紙を取り出した。


「こ、こちらが参考になるかと……。」


 フェゴールは無言でその用紙を受け取った。

 二枚の用紙にはそれぞれ作付面積の変化のグラフ、家畜の飼育頭数のグラフが描画されていた。ギアスの言う通りグラフの折れ線はそれぞれ、三年程前から上昇傾向にあった。

 フェゴールはそのグラフをほんの数秒だけ眺めていたが、直ぐに視線をギアスに戻した。


「それで? 収穫高はどうなっている?」


「え?」


「このグラフは労働者一人当たりの数字だ。もし労働者の人数が減少傾向にあれば、収穫高も減るはずだ。そのデータも寄越せ。」


「そのデータは……無い……。」


 ギアスは口籠り、フェゴールは「何?」と聞き返す。


「今は手元に無い……。」


 ギアスは弱々しい声で答えた。

 一瞬の沈黙。

 そして次の瞬間、フェゴールの高笑いが響いた。


「ふっ……ぬあっはっはっはっ! 手元に無いだと? 一番肝心なデータではないか! お前はいつもそうだな? 見栄えの良いデータだけを見せ、都合の悪いデータは隠して誤魔化す! お前の姑息な策にはもううんざりだ!」


 フェゴールは嘲り笑いながら、言いたい放題に不満をぶちまけた。言葉を放つたびに、少しずつ長テーブルに身を乗り出し、ギアスに迫る。

 ギアスは俯き気味になりながら、ひたすらフェゴールの口撃を受け続けた。

 痛い沈黙が流れ、やがてフェゴールは「ふんっ!」と鼻を鳴らすと席に戻った。


「まあいい。そこまで望むのならば、条約は存続させる方向で話を進めても良いだろう。」


 フェゴールの言葉に、ギアスとガリアドネはホッと胸を撫で下ろした。


(なんとか……条約は残せそうですね……。)


(やれやれ……ガリアドネ殿には情けない姿を見せてしまった。だがベリミット存続に向けて、どうにか首の皮一枚繋がったのう……。国連を味方に引き入れるまで、もう一息じゃ……。)


 ギアスとガリアドネは互いに視線を交わした。思惑通りに会談が進み、安堵の表情を浮かべる二人。

 しかし、ギアスはすぐにフェゴールのほうに向き直り、警戒心を込めた視線を送った。


(しかし、やけに素直に受け入れたな……。何故じゃ?)


 当のフェゴールは、そんな二人を不敵な笑みを浮かべながら見ていた。やがてフェゴールは腕組みしていた両手を解くと、「そう言えば……」と呟きながら、懐から一枚の紙を取り出した。


「申し訳無い。一つ大事な事を伝え忘れていた。」


 ギアスとガリアドネが同時に振り返る。


「何だ、これは?」


 ギアスはフェゴールから差し出された用紙を受け取りながら尋ねた。


「国際連合から送られてきた、我々に対する意見書だ。」


「国連から? 何故突然こんなものを?」


 ギアスは訳が分からないといった具合に尋ねた。


「まあとにかく読んでみたまえ、ギアス殿。我々にとって、非常に興味深い事が書かれているぞ?」


 フェゴールの言葉にギアスは眉をしかめつつ、ゆっくりと用紙に視線を落とした。


『国際連合 意見書

 我ら国際連合は、この国際社会において、各国の締結した条約が適切に運用されているかを監視し、違反行為に対して制裁を加える、国際平和維持機関である。

 本意見書では、昨今より表面化しつつある、ベリミット安全保障条約の条約違反について、国際連合の見解を表明する。

 本件に関しては、国際連合の補助機関によって綿密な調査が行われ、その結果、同条約の締結国であるバロア悪魔国とベリミット人間国の両国に、重大な条約違反がある事が判明した。

 本来であれば我ら国際連合は、このような条約違反に対して違反の定量化、国際裁判を行ったのち、適切な制裁を加える責務がある。

 しかし両国の犯した違反行為は、数十年に渡って行われてきた長期的なものであり、またその規模も広範囲に及ぶものであった。最早、両国の条約違反を定量的に測る事は困難であり、適切な制裁を議論によって導き出す事は不可能である。

 以上を踏まえ、我ら国際連合は当分の間、本件に対して一切の干渉をせず、俯瞰の立場を一貫する事を、ここに表明する。


 国際連合 連合会長 ゼファス』


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