第百三話 召集
バロア悪魔国の王都、ベオグルフ。
ソウマの襲撃によって大きな被害を受けたその街並みには、まるで災害が起きた後のような、深い爪痕が残されていた。
倒壊した家屋、大通りの抉れた地面、積み上げられた瓦礫。
被害が特に大きな場所には、屈強な悪魔達が集まり、瓦礫や土砂を運んで復興作業を進めていた。
そんな復興が進む街並みの中をノシノシと歩く、一体の黒い悪魔の姿があった。全身に筋肉の鎧を纏った巨大な悪魔、ロイドだ。ロイドは両手を頭の後ろで組み、悲惨な街の様子とは不釣り合いな、呑気な様子で通りを闊歩していた。
「ふん、ふふっふ~ん、ふふふふ~ん。……ん。」
ロイドは鼻唄交じりに歩いていた。が、復興作業をする一体の悪魔を見つけるとそこで立ち止まり、「よっ!」と声を掛けた。
ロイドに声を掛けられ、作業中の悪魔が顔を向ける。
「あ、ロイドさん。こんにちは。」
「調子どうだ? 進んでる?」
「いやあ……大変っすね。思った以上に被害が酷くて……。」
「そっかそっか。まあ、頑張ってくれや。んじゃ。」
ロイドはあっけらかんとした適当な口調でそう言うと、再び歩き出した。
「……ロイドさん!」
立ち去ろうとするロイドの背中に、作業員悪魔は声を掛けた。
「んあ?」
声に反応し、ロイドが振り返る。
作業員悪魔はロイドのほうまで歩いていくと、辺りを警戒しながら話し出した。
「ちょっと聞きたいことがあるんすけど……街を襲った悪魔って、何者なんすか?」
「ん? 何者って……女王様から発表あったろ? ゴロツキの悪魔何人かが暴れたんだよ。」
ロイドは何を今更といった具合に、淡白な言い方で答えた。
「その嘘、さすがに無理ありますって。大勢の悪魔が見てたんすよ? 街を壊す子供の悪魔の姿を。」
「……。」
核心を突いてきた作業員悪魔に対し、ロイドは返答が出来なくなり、無言で頭をポリポリと掻いた。
「何か訳ありの悪魔って事ですか?」
「あ~、まあ、そんなトコだ。つーか、そこまで察してるならイチイチ俺に聞くな! 余計な詮索すりゃ消されかねねえし、俺まで危ない目に遭っちまう。」
ロイドは人差し指を向け、作業員悪魔を咎めた。
「……。」
押し黙る作業員悪魔に対して、ロイドは話を続けた。
「特に今、中央の政治はフェゴールさんが実権を握り始めてる。ガリアドネ様と違ってあの人は優しさゼロだ。平和に暮らしたきゃ、騙されたフリを続けるこった。いいな?」
ロイドは作業員悪魔の胸の辺りを小突きながら忠告する。
一方の作業員悪魔はフェゴールという名を聞くと、顔色を悪くしながら生唾を飲み込んだ。
そんな作業員悪魔を尻目に、ロイドはゆっくりと踵を返すと、その場を立ち去った。
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作業員悪魔の元を離れたロイドは、引き続き鼻唄を歌いながら、呑気な様子で歩いた。
「ふんふふっふ~ん。……ん? スンスン。おっ! 美味そうな匂いだ。」
どこからか漂ってくる美味しそうな匂いを嗅ぎ付け、ロイドは立ち止まる。涎を垂らしながら辺りを見渡すと、ロイドは復興途中の街並みの中に、白い煙を上げている建物を見つけた。
「おっ! あそこか!」
ロイドは嬉しそうな顔をしながら、煙を上げているその建物へと近付いていった。
その建物は肉塊を焼いて売っている、ケバブ屋のような店だった。
店の中では店主らしき悪魔が作業をしており、何かの肉を焼き上げていた。
ロイドが店の前まで来ると、店主悪魔はそれに気付いて「ん?」と顔を上げ、作業を止めた。
「オヤジ! やってるか?」
ロイドは店先のカウンターに手を置きながら、威勢良く店主に尋ねた。
「ああ、やってるよ。」
「おっ! こんな時でも営業続けるなんて、プロだね~。」
ロイドは嬉しそうな声を上げる。
「うちは被害が少なかったからな。ラッキーだったよ。寧ろこんな時だからこそ、食い物を提供してやんねえとな。」
「そうか~。」
「ああ。……なんか、買ってくかい?」
一瞬の間が空いたので、店主悪魔は間を埋めるように尋ねた。
「ああ! 肉あるか? 肉!」
ロイドはカウンターに少し身を乗り出し、店の中を見回しながら聞いた。
「あいよ。なんの肉にする? ……つっても、今はどれも品薄だけどな。」
店主は頭をポリポリ掻きながら、申し訳無さそうに言った。
「そうか~。牛あるか? 牛。牛肉食いてえなぁ。」
「あ~、悪い。牛は無ぇなぁ。このご時世だからよ……。人間ならあるけど、どうする?」
「おぉ! 人間か!」
ロイドは店主の提案に目を輝かせた。
「ああ。ほら、あんたらが取って来てくれた、例の……セントクレアの人間だ。」
「ああ! あれか! んじゃ、折角だからそれにするわ! いくら?」
ロイドは合点がいったとばかりにポンッと手を打つと、支払いの準備の為に懐を探った。
「毎度! 一塊で一万ビノスだ。」
「はいはい……えぇ!? そんなに高いの!?」
ロイドは愕然とし、支払いをしようとした手を思わず止めた。
そんなロイドに対して店主は事も無げに、
「ああ。肉はまだまだ貴重だからな。どうしてもこの値段になっちまう。」
と、返事をした。
「そうなのか~。」
ロイドは少し悲しそうに呟く。
「どうする? まあでも、第一師団で高給取りのアンタなら、余裕で買える値段なんじゃねえか?」
店主はニヤッとしながら尋ねた。
「う~ん、いや、どうっすかな~。」
ロイドは悩んだ。
その時、ロイドの腹が「ぐ~。」と鳴った。
「う……しょうがねえ。ほれ、一万。」
ロイドは一万ビノスの紙幣を店主に手渡した。
「おう! 毎度!」
店主はニコニコ顔で紙幣を受け取ると、焼き上げた肉塊を手渡した。
ロイドは肉塊に刺してある金属の棒を掴むと、「あんがと。」と言って店を立ち去った。通りに出たロイドは早速肉に噛み付き、ギザギザの前歯で噛み千切った。モリモリと肉を頬張りながら、通りをノシノシと歩いていく。
「美味え~! しっかし、これで一万ビノスか……。世知辛い世の中だなぁ……。」
ロイドはしみじみと言いながら、大通りを歩いていった。
店を離れていくロイドを見送ると、店主悪魔は深い溜め息をついた。
「はぁ……。誰の所為でこんな事になったと思ってんだ……。」
店主悪魔はやれやれとばかりに首を横に振った。
すると店の奥から別の悪魔が現れ、店主悪魔に話し掛けた。
「また政府への愚痴ですか? あんまり言わないほうがいいですよ? 誰が聞いてるか分からない。」
「おう、バイト。でもなあ、愚痴でも言わねえとやってらんねえだろ? 政府も第一師団も行動が遅い。その所為で俺達庶民は食うや食わずの毎日だってのに。」
店主悪魔はバイト悪魔のほうを振り返り、腰に手を当てながら鬱憤を吐いた。
「でもこの前、セントクレアを襲撃したらしいじゃないですか? 人間を大勢狩ったって……。この辺のやつがそうなんでしょ?」
バイト悪魔は店内の隅のほうに目をやった。
そこには切り刻まれたセントクレア魔法学校の制服と一緒に、無数の肉塊が置かれていた。そして積まれた制服の残骸の上には、誰かが掛けていたであろう眼鏡や、誰かが履いていたであろう靴も置かれていた。赤い柄に金のラインが入っている、お洒落な靴だ。
「大勢っつってもたったの三百ちょいだ。まるで数が足りてねえ。それに今の所、襲撃したのはセントクレアだけだ。あれ以降、全く政府に動きが無い。」
「え? そうなんですか?」
バイト悪魔は意外そうな顔で聞き返した。
「ああ。多分、ガリアドネ様が圧力掛けてんだろうな。」
「ガリアドネ様が……ああ、そういう事ですか……。あの方は人間との友好関係を築こうと、ずっと頑張ってきた人ですからね。」
「ああ。あの人は悪魔と人間両方の平和を願ってる。優しい方だからな、陛下は。いや、優しすぎるんだ。あの優しさは、政治の世界では邪魔でしかない。皮肉なもんだ。」
店主悪魔は物憂げに呟いて一旦言葉を切り、そして再び口を開いた。
「だが最近になって、フェゴール様がこの食料問題に取り組むようになったらしい。」
「フェゴール様が?」
「ああ、ガリアドネ様に代わってな。政府ナンバー2のフェゴール様なら、少しは期待出来る。あの方は悪魔族の繁栄を第一に考えている御方だ。フェゴール様ならこの現状を、なんとかしてくれるかもしれない。」
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ベオグルフを囲うように聳える山脈。
その山頂付近で、ロイドは寛いでいた。手に持っている肉の最後の一口を食べ切ると、ロイドは肉に刺していた金属の棒で、歯に挟まった肉を取り始めた。
「げふぅ……。」
ゲップを出して一息入れたロイドは、目を閉じてうたた寝を始めた。が、頭上に何かの気配を感じ、そのうたた寝をすぐに中断。「んん?」と呻きながら目を開けたロイドは、紫の雲が覆う空を見上げた。
ロイドの視線が捉えたのは、濃い紫色の悪魔、グリムロだった。バロア軍第一師団の副団長は、上空で翼をはためかせながら、ゆっくりとロイドの元へ降りてきた。やがてグリムロは、ロイドのすぐ脇の地面にドスンッと着地、そしてゆっくりと立ち上がると、地面に寝転ぶロイドを見下ろした。
「フェゴール殿から召集が掛かった。来い。」
グリムロの言葉に対し、ロイドは眉を吊り上げた。
「え? もう?」