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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第四章 継承される加護編
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第百一話 届かぬ拳

「ぐぅおおおぉぉぉおおお!」


ソウマは獣のような叫び声を上げながら、破壊活動を続けた。

そんなソウマを、遠くからロイドが観察する。


「あ~りゃりゃぁ。派手に暴れやがって、たくっ……。」


ロイドは頭を掻きながら、やれやれといった具合に首を横に振った。


(あいつ、例のガキだな……悪魔化してるみてぇだが……。さあて……どうすんだ、グリムロ?)


ロイドは心の中でそう尋ねながら、上空で停止飛行するグリムロを見上げた。

グリムロは腕組みをしながら上空で羽ばたき、至って冷静な表情で街の惨状を見つめていた。


「グリムロ様、早く指示をお願いします。ここで待機していても、被害が拡大するだけです。」


グリムロの傍に居る闘牛のような悪魔が、グリムロに指示を催促した。


「待て。」


グリムロは闘牛型悪魔を制止する。


「何故です!? 早くしないと、犠牲者は増える一方です!」


闘牛型悪魔は憤慨しながら食い下がった。

そんな闘牛型悪魔に対して、グリムロはゆっくりと振り向きながら口を開いた。


「ヤツは単独で先遣部隊を全滅させた。迂闊に近付けば、我々も殺されるやもしれん。」


「それは……確かにそうですが……」


闘牛型悪魔は不満気に口籠る。


「ヤツは元々人間だった。今は悪魔化によって肉体が強化されているようだが、それだけで本物の悪魔と渡り合う事など、本来であれば不可能なはず……。」


そう言いながらグリムロは、眼下のソウマに視線を戻した。


「……。」


闘牛型悪魔は無言のまま、グリムロに倣ってソウマに視線を移した。


「何か秘密があるはずだ。我々悪魔族を凌駕する何かが。それが分かるまでは、決して手を出すな。」


「……了解。」


上空でグリムロ達がやり取りをする一方、地上のソウマは街の破壊活動を継続していた。大人子供、関係無く襲い掛かり、体を引き裂いて殺害していく。

グリムロとロイド、そして部下の悪魔達は、その様子を遠巻きに眺める事しか出来ず、ただ手をこまねいているだけの時間が続いた。


「!?」


その時、ソウマの体に異変が訪れた。力一杯振り回している両腕からブチブチ、バキバキという、筋組織の壊れる音、そして骨の砕ける嫌な音が響く。さらに皮膚の表面がパンッと弾け、そこから激しく出血し始める。それはまるで、皮膚が内側から破裂したかのような光景だった。


「ぐ……うぅ……うおおお!」


ソウマは突然の出来事に驚き、苦痛に呻きながら腕を庇った。激痛に苛まれ、激しく顔を歪ませる。が、その痛みを気力で無理矢理捻じ伏せ、ソウマはすぐに攻撃を再開した。腕を振り被り、再び竜巻で攻撃を仕掛ける。

しかし、先程まで生み出していた巨大な竜巻とは違い、出現させたのはつむじ風程度の物だった。そのつむじ風に悪魔を殺傷出来るほどの力は無く、なんの脅威にもならない。

ソウマは竜巻による攻撃を繰り返そうとするが、痛みを庇いながらの動作は弱々しく、襲来当初の威力は完全に失われていた。


「グリムロ様、あれは……!」


闘牛型悪魔は隣のグリムロの顔を見ながら声を掛けた。

しかしグリムロは無言のまま、少し目を細めてソウマを見続けるだけだった。


そんなグリムロの視線の先、眼下のソウマは、体のあちこちが壊れ始めていた。地面を踏み込めば、踏み込んだ足のふくらはぎが破裂して出血し、歯を食いしばれば奥歯が砕け、叫べば咽喉のどが傷付いて吐血する。重傷を負い続け、全身のあちこちから血が噴き出す。それでもソウマは暴れ続けた。


「ハア……ハア……ハア……ハア……。」


やがてソウマは体力を使い果たし、肩で息をし始めた。破壊されたベオグルフの街並みの中に一人立ち、焦点の合わない目で虚空を見つめる。そしてソウマはゆっくりと夜空を見上げ、そこで初めてグリムロの姿を捉えた。


ドクンッ。


ソウマの心臓が一度大きく跳ね、虚ろだった表情が一気に憤怒の形相となる。


「グゥゥゥリィィィムゥゥゥロォォォオオオ!」


次の瞬間には、ソウマは絶叫しながら飛び上がっていた。地面を踏み込んで飛び立ち、真っ直ぐグリムロに向かって行く。


「グ、グリムロ様? どうします?」


闘牛型悪魔は迫って来るソウマに対して危機感を募らせながら、グリムロに尋ねた。

しかしグリムロは腕組みしたまま、微動だにしない。

その間にもソウマはドンドン迫った。


「グリムロ様!?」


闘牛型悪魔は切羽詰まった様子で再度尋ねた。

しかし、それでもグリムロは身じろぎ一つしない。

ソウマは右手の拳を構え、グリムロの顔面を殴ろうと大きく振り被った。


その時――。

到頭とうとうソウマの体に限界が訪れた。全身の皮膚が一気に弾け、血がほとばしる。頭の天辺から足の指先まで、全身の至る所の皮膚が破裂して出血。さらに口からも激しく吐血し、口元から溢れた血が空中に飛び散った。

ソウマの拳はグリムロの顔面に当たる寸前、ギリギリで止まった。

そのソウマの拳を目の前にしても、グリムロは空中で仁王立ちしたまま、一切動く素振りを見せない。

そんなグリムロと間近で相対するソウマは、激しい出血の所為で血を失い、段々と意識が遠のき始めていた。そんな薄れゆく意識の中で、ソウマはなんとか拳を当てようと必死に腕を伸ばしたが、拳はプルプルと震えるばかりで、グリムロにはどうしても届かない。

やがてソウマの意識は完全に消え、ソウマは頭から真っ逆さまに落下していった。消えていく意識の中、ソウマは心の中で無念の思いを呟いた。


(ちく……しょう……届かなかった……。グリ……ムロ……覚えて……ろ……。僕は……必ず……お前を……)


自由落下したソウマは地面に叩き付けられた。そのまま地面に転がり、ピクリとも動く気配は無い。


「死んだ……のか……? いや、まだ息はあるか……?」


闘牛型悪魔は半信半疑で呟いたが、グリムロは無言だった。

その時、現場にフェゴールが到着し、グリムロの隣にやって来た。


「グリムロ、状況を教えろ。例の悪魔はどうなった?」


フェゴールはグリムロの隣で停止飛行しながら尋ねた。

グリムロは質問には答えずに視線だけ動かし、同じほうを見るようフェゴールに促した。


「あれか……。無事に始末したようだな。でかしたぞ。」


フェゴールはグリムロの肩にポンと手を乗せ、労をねぎらった。


「いや、俺達は何もしていない。」


グリムロはフェゴールの早とちりを訂正した。


「何? どういう意味だ?」


フェゴールは眉をひそめながら尋ねた。


「ヤツは悪魔化した人間だった。悪魔の力に体が慣れていないまま暴れ回り、自滅しただけだ。」


「んん? ぬあっはっはっはっ! そういう事か! だが、いずれにせよ鎮圧には成功したのだ。よくやった。」


フェゴールは合点がいった顔をしながら高笑いし、笑いが収まると冷静な面持ちに戻り、辺りを見渡した。

フェゴールの眼下には、ソウマに惨殺された悪魔達の死体と、破壊し尽くされたベオグルフの街並みが広がっていた。


「これをあの小僧一人がやったのか?」


フェゴールはグリムロのほうに顔を向けて尋ねた。


「この目で見ていた。間違い無い。」


グリムロは肯定する。


「そうか。たかが悪魔化した人間がこれ程の力を奮うとは……。にわかには信じられんが、まあいい。規律第八百六十五条を適用してよいぞ。この場で殺せ。」


「承知した。」


グリムロはフェゴールの言葉を受け取ると、ゆっくりと降下してソウマの近くに降り立った。

ロイドもその場に歩いて近付いて来る。

グリムロは無言で右手を構えた。


「おーい、グリムロ! ちょっとタンマ!」


ロイドが遠くからグリムロを呼び止め、呼ばれたグリムロは右手を構えたままロイドのほうに顔を向けた。


「コイツ、例のセントクレアの生き残りだろ? 殺しちゃまずいんじゃねえんの? 女王様に怒られるぜ?」


「次にバロアに来れば容赦はしないと伝えたはずだ。そしてその事は陛下も了承済みだ。問題は無い。」


グリムロは淡々と答え、再びソウマに向き直る。


「あ、そう。じゃあいいや。けど、せめてサクッと、痛くないようにしてやってくれ。頼むぜ?」


ロイドの要望には返事をしないまま、グリムロは闇属性の魔法を準備し始めた。構えた右手から闇の物質を生み出し、禍々しいオーラを纏った球体を造り出していく。

グリムロは軽く右手を振り、その球体を放った。

ほぼゼロ距離で放たれた暗黒球はソウマにモロに命中し、辺りに激しい衝撃音が響いた。同時に、周囲に濛々と土煙が舞う。


「ん~?」


ロイドは土煙の中で見え隠れするソウマの姿を覗き込み、訝し気な表情を見せた。


「おいおい、グリムロォ。まだ息あるぜぇ? まさか……この距離で外したのかぁ?」


ロイドはソウマの呼吸を確認しながら、挑発的な口調でグリムロに言った。

グリムロは何も喋らず、僅かに驚きの混じった表情でソウマを凝視していた。


「たくっ……しょうがねえな~。俺が手本をみせてやんよ。」


そう言いながらロイドは、自身の右手から野球ボールほどの大きさの闇の球体を生み出した。その球体を放ち、ソウマの頭にぶつける。

球体は間違いなくソウマに命中したが、ソウマの体は全く傷付かなかった。

逆にソウマに当たった球体のほうが砕け散り、木っ端微塵になった。


「ありゃ? 死なねえな。なんでだ?」


ロイドは思わず素っ頓狂な声を上げた。

そこへフェゴールが降り立った。


「フェゴール殿。今のは……」


グリムロはフェゴールのほうに顔を向け、慎重な口調で話し掛けた。


「うむ、見ていた。お前のあの規模の魔法なら、確実に殺せていたはず。だが、この人間はまだ生きている……。」


フェゴールはしゃがみ込み、ソウマの腕を掴み上げて慎重に観察した。


「何故死なない? 何故原形を留めていられる?」


フェゴールは苛立ちを隠せない様子で自問自答した。


「す、すいません! フェゴールさん! 俺がちょっと手抜きをしちまったからで……! 今度はちゃんと始末するんで……!」


ロイドは怯えた様子でフェゴールに謝りながら、魔法を準備しようとした。


「いや、いいぞロイド。」


「ふえ?」


フェゴールに止められ、ロイドは間の抜けた声を出した。

フェゴールは無言で人差し指を立て、ゆっくりとソウマの腕に突き立てた。

フェゴールの鋭い爪がソウマの腕に触れた瞬間、バチンと音がしたかと思うと、フェゴールの人差し指は曲がらない方向に九十度曲がった。

フェゴールは特に痛がる素振りは見せず、無言のままその指を掴むと、ボキリという音と共に、無理矢理その指を元に戻した。


「あまり空想や妄想の類を口にしたくはないが……」


フェゴールは立ち上がり、


「どうやら、この人間を殺す事は不可能なようだ。俄かには信じ難いが、殺す事はおろか、傷つける事すら出来ん。こんな芸当が出来るのは、一つしか考えられない……加護だ。どう思う? グリムロよ。」


と、右手をグーパーしながら重い口調で話した。


「同意見だ。この人間は恐らく、悪魔王の加護を宿している。伝説上の物とばかり思っていたが……。」


グリムロはフェゴールの話に頷きながら受け答えた。


「え? 加護? 何々?」


ロイドは話に付いて行けず、一人で困惑した。

そんなロイドをほったらかしにして、グリムロとフェゴールは話を続けた。


「やはりそうか。ということは、此奴こやつがその気になれば、いつでもこの国を滅ぼせるというわけか。となると……此奴が目覚める前に、何らかの対策を講じなければならん。」


フェゴールはソウマを見下ろしながら言った。


「だが、我々の力ではこの人間を処分する事は出来ない。どうする?」


グリムロはフェゴールに意見を仰いだ。


「幸いな事に、此奴の体は悪魔化が進んでいる。まだ不完全で、精神的には人間の心を保っているようだが、悪魔化が進めば、やがてその心も失われるだろう。」


フェゴールはしゃがみ込み、ソウマの背中の翼を掴みながら言った。そして立ち上がり、話を続ける。


「此奴が目覚める前に悪魔化を完了させろ。大量の血を投与すれば短時間のうちに、精神を悪魔の色に染める事が出来るだろう。そうすれば、悪魔王の加護は我らの物だ。よいな?」


「……承知した。」


グリムロは一呼吸置いてから返答した。


「よし、話は以上だ。後は任せるぞ。」


そう言うとフェゴールは翼を広げ、夜空へと飛び去って行った。


フェゴールが立ち去った後、現場にはグリムロとロイドが残された。

グリムロは腕組みをしたまま無言で仁王立ちし、ロイドは倒れているソウマの傍にしゃがみ込んでいた。

ロイドは何か言いたげな表情でグリムロを見上げた。が、すぐに口をつぐむと、何か納得いかないような顔をしながら、ポリポリと頭を掻いた。やがて無言でソウマを抱き上げて肩に担ぐと、そのまま歩き出した。

グリムロもそれに付いて行く。


この時ロイドが何を言おうとしたのか、それは誰にも分からない。

傍に居たグリムロでさえも。


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