第十話 ホムラ
新聞を読み終えたソウマは、顔面蒼白になっていた。
「ソウマ君が今どういう状況にあるか、理解してもらえたかしら?」
ミカドは神妙な面持ちで聞いた。
「これ……どういうことですか? 僕、自分が事件の犯人だなんて一言も言ってません! ちゃんと話したはずです……! 悪魔が犯人だって……! 僕は被害者だって!」
ソウマは困惑して声を震わせ、次第に語気を荒げながら言った。
ミカドは持っていた新聞を下げ、ソウマの言葉を静かに聞いていた。
「どうしてこんな嘘が書かれてるんですか? なんで?」
ソウマはミカドに聞いた。
「ギアス国王が事件を隠蔽したのよ。」
ソウマは眉を潜めながら「隠蔽?」とオウム返しで聞き返し、ミカドは「ええ。」と頷きながらもう一度新聞をソウマに見せた。
「事件の犯人がバロア国の悪魔だということをね。新聞には悪魔のことが一言も書かれていないでしょう?」
ソウマは目をせわしなく動かし、記事の中から『悪魔』の単語を探した。
「確かに、どこにも無いです。」
ソウマは困惑した表情で言った。
「ギアス国王は事件のことを隠して、代わりにソウマ君に濡れ衣を着せたのよ。」
「国王はなんでそんなことを? なんで事実を隠すんです?」
ソウマはミカドの説明に対して困惑顔のまま理由を尋ねた。
「恐らくだけど、国王はバロア国の印象が下がる報道は避けているんだと思うわ。どうしてそんなにバロア国に気を遣うのか、理由は分からないけれど……。」
ミカドは口ごもりながら答えた。
「そう……ですか……。」
ソウマは肩を落とした。
「今言えるのは、ギアス国王が事件を隠したがっているということ、この一点だけね。ソウマ君が牢獄に入れられていたのもきっと、情報が外に洩れないようにするためだと思うわ。」
ミカドは事実と推測を話した。
「僕は真実を知っているから閉じ込められていたってことですね。」
ソウマはそう呟いて少し考え、はっとしてミカドのほうを見た。
「じゃ、じゃあ、あのまま牢獄にいたら僕は──」
「恐らく一生出られなかったでしょうね。」
ミカドはソウマの言葉を引き継いだ。
ソウマは愕然とした表情で「そんな……。」と肩を落として俯き、そんなソウマをミカドは哀れみの視線で見つめた。
やがてソウマはゆっくりと顔を上げた。
「そういえばギアス国王はバロア国に制裁を加えるって言ってたんですけど、あれも嘘だったんでしょうか?」
「そんなことを言っていたの?」と、眉をひそめて聞き返すミカドに、ソウマは「はい。」と返事をした。
「気の毒だけど……嘘だと思うわ。」
ミカドはソウマにそう言うと、新聞を睨んだ。
「バロア国にこんなに気を遣っている人がバロア国に戦争を仕掛けるなんて考えにくいわ。」
ミカドはソウマの抱く僅かな可能性を斬り捨てた。
「そんな……信じてたのに……悪魔と戦ってくれるって……僕を守ってくれるって……。」
ソウマは落胆し、そんなソウマをミカドは同情の眼差しで見つめていた。
「僕、これからどうしたらいいんでしょう……? 世間じゃ僕はお尋ね者ってことですよね?」
ソウマは心底不安そうな顔をしながらミカドに尋ねた。
「安心して。最初に言ったでしょう? 私はあなたを助けるために来たって。」
ミカドは優しく微笑み、立ち上がってソウマの背後に回った。
「え?」と聞き返しながら、ソウマはミカドの姿を目で追った。
しかしミカドは無言のままソウマの背後まで来てしゃがむと、ナイフで蔦を切断し始めた。やがてミカドは蔦を全て切断し、ソウマは体が自由になった。
ソウマはもう暴れはしなかった。
「ここからが本題なの。」
そう言いながらミカドはソウマの真横に座った。
「私はね、ソウマ君をレジスタンスに招待するために来たの。」
「レジスタンス?」と聞き返すソウマにミカドは「ええ。」と答え、話を続けた。
「私は『ホムラ』という組織に所属しているの。」
「ホムラ? なんですかそれ?」
ソウマは怪訝な顔で聞いた。
「悪魔に対抗するために出来た組織よ。組織にはあなたと似た境遇の人達が集まっているの。」
「僕と似た境遇ってつまり……悪魔から何か被害を受けた人達ってことですか?」
ソウマは少し驚きながら尋ねた。
「ええ、そうよ。セントクレアの事件以外にも悪魔は事件を起こしてる。そういう事件で家族や友人を悪魔に殺された人達が組織に集まっているの。」
ミカドは答えた。
「知らなかったです。僕以外にもそういう人達がいたなんて……。」
そう言ってショックを受けるソウマに、ミカドは同情の混じった笑顔を向けた。
「知らないのも無理はないわ。あなたの時と同じように、ギアス国王が全て隠蔽してきたから。」
ミカドは言った。
「そうだったんですか……。」
ソウマはまだショックを隠し切れない様子で言った。
そこから沈黙し始めたソウマに、ミカドが口を開いた。
「それで、どうかしら? ソウマ君がもしよければだけど、私達のチームに興味はないかしら?」
ミカドはホムラへの勧誘に話を戻した。
ミカドの誘いにソウマは「う~ん。」と少し悩み、やがてミカドのほうに顔を向けた。
「……悪魔の事は憎いし、戦えるものなら戦いたいです。でも、僕なんかが入ってもなんの戦力にもなれないと思います。僕はただの学生ですから。」
ソウマは申し訳なさが混じった口調で言った。
「そんなことはないわ。今のメンバーだって一人一人の力では悪魔に敵わない。でも集まって協力し合うことで、悪魔を凌ぐ力を生み出せると信じてる。」
ミカドの説得を、ソウマは黙って聞いていた。
「それに、これはこちらの都合になってしまうけど、あなたはホムラにとって必要な存在なの。」
ミカドは言葉に熱を込めて言った。
「どうしてですか?」
ソウマはやや困惑しながら聞いた。
「ソウマ君の持っている悪魔の情報はとても貴重なの。特にリーダーがあなたの情報を欲しがってるわ。」
ミカドは理由を説明した。
「そう……ですか……。」と呟くソウマに、ミカドは話を続けた。
「それに、家に帰ってもすぐ自警団に捕まってしまうわ。でもホムラの拠点ならあなたを匿うことが出来る。」
「う~ん……。」と悩むソウマに、「急には決めきれないかしら?」とミカドは助け船を出した。
「はい……。ちょっと……気持ちを整理する時間を下さい。すいません。」
ソウマは頭を掻きながら言った。
「分かったわ。こちらこそごめんなさい。急かすようなことを言ってしまったわね。」
そう言うとミカドはゆっくり立ち上がった。
「ゆっくり考えてみて。ただ申し訳ないけど、今日はここに野宿になるわよ。」
ミカドは森を見渡しながらそう言い、
「ソウマ君の手配書がじきに配られるでしょうから、イルナールの宿に泊まるのは危険すぎるの。ごめんなさい。」
と、ソウマを見下ろしながら謝った。
「いえ、とんでもないです。分かりました。」
ソウマはミカドを見上げながら言った。
ソウマは地面に置いてある新聞に視線を落とし、少し眉をひそめた。