はじめての旅
エルフの国を出発して半日ほど過ぎたころ、俺達はようやく森を抜けて草原へ出た。ここからはエルリーゼ達の案内によって進むことになる。
「エルリーゼ、ここから一番近い町までどのくらいだ?」
「一番近い町はオトベリンじゃな。三日も歩けば着く距離じゃな」
「そんなに近い距離に町ができていたのか。500年前までは一番近い町まで馬で7日はかかったというのに」
俺の発言に他の三人は少し驚いたような顔をしたが、どうやらエルフが完全な鎖国をしていたことを思い出して納得したようだった。しかしクレアが重大なことに気づいたように、顔をすこし顰めながら尋ねてきた。
「ちょっとタルキエル?あなた私達の国の通貨を持ってる?持ってるなら見せて欲しいんだけど」
「金か?一応父さんの私物から拝借してきたものなら」
そう言って俺が懐の財布から出した硬貨を見て、三人は一斉にため息をつく。
「タルキエルさん、今あなたがお持ちの硬貨は現在使えないんです。今私達が使っている硬貨はこちらです」
「ま、まぁ町には両替商もおるし、そこで替えてもらえるじゃろう。とりあえず行くぞ」
お金が使えないことがわかり、少し沈んだ気分で出発した。しかし長い鎖国によって森から出ていなかった俺は、久しぶりに見る外の景色に心が昂ってしまっていた。ついつい上機嫌になって鼻歌を歌いながら歩き続ける。まぁ他の三人は平原の変わらない景色に早くもうんざりしているようだった。
そんなこんなしているうちに、お昼時になった。俺たちは馬を止めて、地面に布を敷いて座り、エルフの国を出た際に貰った保存食を食べることにした。
「しかしエルフの国でもらったこのマント、すごいですねぇ。もうそろそろ雪が降り始めるほど寒い時期なのに、全く寒くないです」
「あの森に生息している虹蜘蛛の糸を、職人たちが魔力を込めて特殊な製法で編んだ物だ。風を通さないし、丈夫でちょっとした刃物も通さない。だが最もすごい点は別にある」
「ほう?他にすごい点があるのか。見せてくれんかの?」
「そうだな⋯少しの間俺から目を離してくれないか?」
そう促されて妾達三人はタルキエルから目を離す。そう時間が経たないうちにタルキエルから「いいぞ」と聞こえて、振り返る。なんとそこにはタルキエルの姿はなかった。
「なっタルキエル!?一体どこにいったのじゃ?」
「ちょっとタルキエル!どこにいるのよ!姿を現しなさい!」
「ちょっと待ってください二人とも、あの岩⋯さっきまでありましたか?」
「「岩?」」
マリアにそう言われて妾達はタルキエルが座っていた場所に大きな岩ができていた。
「そう、つまりこういうことだ」
次の瞬間、その岩がめくれて中からタルキエルが出てきた。なんと今まで岩に見えていたのはタルキエルが被ったマントだった。
「このように被れば瞬時に周囲の景色に溶け込めるようになっている。敵に見られていないときに被れば、これ以上ないカモフラージュになる。ん?どうした?呆けたような顔をしているぞ」
「なんじゃその反則みたいな機能!高性能すぎて逆に怖いわ!エルフの道具と言うのは全部こんななのか?」
「これは驚きましたね⋯エルフの道具⋯⋯計り知れませんわ」
三人は一様に驚いた表情を浮かべて、自分のマントに目を落としている。しかしそれから少したったころ。
「エルフの技術にはびっくりしたけど⋯、やっぱりこの食べ物についてはどうにかならないかしら。この保存食⋯味気が無さすぎるわ⋯」
クレアがエルフの食べ物について何度言ったかわからない言葉をいった。やはりどうしても慣れないらしい。そこまで不味いか?これ。
「あぁ⋯チーズやベーコンが恋しいのぅ⋯」
「あと油で揚げたお魚、熱いシチュー⋯⋯はぁ~」
「まだ町まで2日半あるのか⋯」
「「はぁ~~」」
俺はこの時、人生で一番デカい溜息を聞いた。目に見えて三人の元気がなくなっていくので、このままでは俺の精神衛生上よくない。しょうがない、アレを出すか。もう少し食べ物に飽きたときまでとっておきたかったがな。
「ちょっと待ってろ」
「「?」」
俺は自分の馬に乗せていた荷物の中から一つの小さな包みを取り出した。
「なんじゃそれは?」
「この匂い⋯まさか?」
「そう、そのまさかだ」
「「おお~!」」
俺が包みを広げると、中から燻製肉の塊が出てきた。それを見た瞬間に三人の目が輝く。そして薄く切って三人に分ける。
「う、うみゃあああいっ!」
「こんなに燻製肉をおいしく思ったのは初めてです」
「うぅ⋯涙がでてきた⋯」
「大げさだな君たち、肉を好んで食う習慣が俺にはわからん」
泣きそうな顔で燻製肉を食べる三人を見ながら俺も肉を切って食べる。その様子を見た三人が不思議そうに俺を見てきた。そして興味深そうに聞いてきた。
「タルキエル⋯お主、肉を食べても平気なのか?」
「ん?あぁ、俺はハーフエルフだからな。好んで肉を食べるわけじゃないが、食えないわけではないし、嫌いじゃない。森ではたまに動物が増えすぎて森を荒らすことがあるからな。そいつらを駆除してから保存食にして、冬の間は食べてたからな」
「なるほど⋯それでこれは何の肉なんだ?」
「ちょっとクレア、食べながらしゃべるのははしたないですよ」
「熊だ。食いすぎるといけないから少しづつ食べていくぞ」
こうして少しは元気を取り戻せた三人と一緒に昼食を終えた俺は再びオトベリンの町へ出発した。
その夜、焚火を焚きながらエルリーゼを除く三人は交代制で夜の見張りに立つことになった。そして俺の番になったが、特にやることはないので、武器の手入れをすることにした。弓の手入れは毎日しているため、そこまで本腰を入れたことはしない。だが剣はあの戦い以降、ほぼほったらかしにしていた。だからかなり入念に手入れをすることにした。
「まずは血と脂を落とすことからだな。⋯だいぶ長くなりそうだ」
俺が手入れを始めてから数十分、ようやく剣についた血と脂が落ちて、あとは刃を砥石で軽く研磨するだけの段階に来た時に、背後で誰かが起き上がった音が聞こえた。
「何をしているんだ?武器の手入れか」
「クレアか。起こしてしまったならすまない。まだ朝まで時間がある。もうひと眠りできるはずだ」
俺が二度寝を勧めると、彼女は軽く首を振り、俺の近くまで歩いてきて剣に目を落とした。
「いや、起きていよう。実はあんたが使っている武器に興味があってな。特にその剣、どこの誰が打ったか分からないが、さぞ名のある名工が作ったものなんでしょう?」
「そうなんだろうな」
俺の返しにクレアは少しムッとしたような表情になって、さらに聞いてきた。
「煮え切らないわね。何か人に言えない事情でもあるの?」
「睨むなよ。そういうわけじゃないんだ。実は俺も父さんがエルフの国に来た時から持っていたこと以外はあまり知らないんだ。こいつがどこで鍛えられ、今までどんな奴が使ってきたのか、一度柄を外して銘が無いか調べたが、銘が削られて消えていた」
「銘が消されている?中々あることじゃないわね。余程いわくつきの剣じゃない限りそんなことはしないわ。大丈夫なの?」
「さぁな。だがコイツを使っていると不思議なくらい手に馴染む。当分の間はコイツを使い続けるさ」
「ふぅん⋯」
「業物といえば、お前の使っているそのナイフも中々いいものなんだろ?」
急にナイフのことを言われたクレアは少し驚いたようだが、次の瞬間には嬉しそうに笑いながらナイフを抜いて見せてきた。
「このナイフの良さがわかるなんて、あんたも中々いい目をしているわね、これは誕生日に姫様から頂いたものよ。ドワーフの名工にわざわざ特注して作ってもらったもので、私の一生の宝物よ」
「その良さが分からん奴は目が腐っていると言われても仕方ないくらいには見事だな」
「ふふふ⋯そうでしょ、そうでしょ」
「だがそんなに大事なものなら柄と鞘は別の物に変えた方が良い。その形じゃ戦闘には向かない。それにそこまで目立つ飾りがあったら、盗難の被害にあいやすくなるぞ」
「嫌よ。それに姫様から頂いたものを勝手にいじるなんて、そんな恐れ多いことできるわけないじゃない」
「そうか⋯ならくれぐれも気をつけろよ」
「ふんっ、あんたに言われなくてもわかってるわよ」
それ以降二人は特に喋ることもなく、ただ焚火をかこんで夜が更けるまで見張りを続けていた。やがて日が昇り始めると、二人は残りの二人を起こし、朝食をとってから出発した。
そして二日後の昼頃、三人は目的のオトベリンの町に到着した。