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放浪王女と森の守人  作者: 一膳一日
10/11

旅立ち

 ゴブリンとの戦闘が終わった翌日、エルフの国では戦没者を弔うための催しが行われていた。参加者は皆黒いローブを着て街の広場に集い、銀の皿に果実酒を注いで、月明りに照らしながら死者の冥福を祈り、それを飲む。そんなエルフ達の集いの中になぜだか人間が3人参加していた。

「はぁ~⋯⋯、追悼の儀式の最中にこんなことを思うのは失礼だと思いますが⋯なんとも幻想的な風景だとおもいませんか?姫様」

 隣以外には聞こえないようなか細い声で横にいる少女に語りかけたのは、マリア・ストラウス。エルリーゼの従者の一人で、黒く輝く瞳と背中まである長い艶のある黒髪が特徴だ。年の頃は10代後半だが、かわいいというよりは美人といったいでたちで、発育の良いその体が雰囲気を妖艶なものへとしていた。

 そんな彼女を諫めるように少女を挟んで右側にいるもう一人の女性が、これまたか細い声で話す。彼女はクレア・ヨルモンド。つり目がちの赤い目は炎を思わせ、瞳よりもさらに赤い髪を頭の後ろでポニーテールにしている。年はクレアと同じくらいだが、クレアとは違ってスレンダーなその体はよく鍛えられている。

「ちょっとマリア!神聖な儀式の最中に何言ってるのよ。せめてそういうことは儀式の後に言ってよ」

 この言葉にうなづきながらも双方を嗜めるように真ん中の少女が口を開く。

「二人共よさぬか。此度の戦闘で命を落とした者たちは妾達を守るために戦ってくれたのじゃぞ。静かにただ彼らの冥福を祈るのじゃ」

「「はっ」」

 二人を注意してエルリーゼはお祈りに戻る。それから小一時間ほど経つと、一人のエルフが広場のステージに上り、弔辞を述べて集会は解散した。彼の言葉を聞く限りではこの後に、死者を送るための食事会をするらしい。その食事会に参加しようか迷っていると、エルリーゼは知り合いを見つけた。

「お~いタルキエル。やはりお主も来ておったか」

「エルリーゼ⋯まさかお前達も参加していたとはな。人間の王女にも見送られたとなったら、あいつ等も喜ぶだろう。礼を言う」

「気にするでない。彼らは妾達が呼び込んだゴブリン共によって死んだのじゃ。妾達も彼らの犠牲を忘れずに胸に刻んでおかなくてはならんからな。人の上に立つ者として。⋯そうじゃ、お主怪我はもう良いのか?」

「ああ、昨日も言ったが怪我に関してはもう問題ない。人間のはどうか知らないが、エルフの薬は特殊だからな。あの程度の怪我ならすぐに完治す⋯る⋯?」

「どうしたのじゃ?」

「いや⋯、なんかお前の従者がこっちを⋯というか俺を睨んでいるんだが?」

 妾が振り向くと、マリアの方は笑顔だがこちらに多少の殺気を放っていて、クレアにいたっては明らかに不機嫌そうな顔をしてタルキエルを見ていた。

「なんじゃ二人とも、言いたいことがあれば言えばよかろう」

 妾が促すとクレアがずかずか歩いてきてタルキエルを指さしながら、激しい口調で話し始めた。

「タルキエルだったかしら?あなたのその口調と態度、姫様に対して馴れ馴れしすぎるんじゃない?この方はエルリーゼ・ラキオス・トエルネン様、トエルネン王国の王女様なのよ!今すぐ改善しなさい!」

「私からもお願いしますわタルキエル様。我々としてはあまり容認したくない態度でございますので⋯」

 どうやら二人はタルキエルが妾に対してタメ口をきいていることに怒っているらしい。

「二人共、よいのじゃ。こやつは出会った時からタメ口であったし、ちゃんと公の場ではふさわしい言葉使いをするからの。特に妾は気にはしとらん。それにタルキエルは妾達より500年以上は年上なのじゃぞ。年上から敬語でへりくだられるより新鮮で、妾は好ましく思っておる」

「しかし姫様!」

「もう良い、この話はもう終わりじゃ。タルキエル、妾達も食事をとりに行こうではないか」

 エルリーゼはタルキエルの手を引いて、他のエルフ達の後を追って進みだす。妾の行動に二人が目を丸くして、すこしの間固まってしまった。

「いいのか?俺としても君が王女だと分かった今、口調を改めることも考えていたんだが」

「よいよい、気にするな。さっきも言ったがタメ口の方が心地よいからの。⋯⋯済まなかったな、妾達を守るためにお主の部下を沢山失わせてしまった。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」

「⋯⋯⋯ああ」

 その後小走りで追いかけてきた二人に手をほどかされ、妾とタルキエルは互いに小言を言われながら王城の中に在る大食堂へ向かっていった。


 大食堂に入ると、入り口に立っていた給仕姿のエルフにジョッキを渡され、中に果実酒を注がれた妾達は、乾杯の合図を待つ人混みのなかに加わった。しばらくするとみんなの前に騎士団長、もといタルキエルの母であるアルリエルがジョッキを持って出てきた。

「え~僭越ではありますが、私が乾杯の音頭を取らせていただきます。では、この国を守って死んでいった者達に思いを馳せて、乾杯!」

「「乾杯!」」

 音頭に合わせて皆が一斉に乾杯と叫び、ジョッキに口をつける。それと同時に食事が運ばれてきた。大皿に野菜や果物のサラダや、パンが山盛りになって出てくる。どうやらビュッフェスタイルらしい。各々小皿に料理をよそって食べながら互いに談笑したりして、宴が始まった。妾達も料理をよそって食べてみたが⋯。

「⋯⋯なんというか⋯食事だけはもう少しどうにかなりませんかね⋯」

「肉と魚が恋しくなってきましたわね⋯」

「あと乳製品じゃな。このパンもおそらくミルクとか卵をつかっておらんのじゃろうな。パサパサしてて、口の中の水分が全部持っていかれるのぅ⋯」

 妾達三人はエルフの完全菜食の食生活にはやくもげんなりしていた。そんな妾達をよそにタルキエルはパンにサラダをのせて美味しそうに頬張っていた。しかし彼も妾達の様子に気づいたようで。

「そうか。君たちにとってはエルフの食事は何日も続くと苦痛だろうな。懐かしいな⋯、俺の父さんもエルフの食事だけは長くは続かんとぼやいてたな」

「そういえばお主の父は人間じゃったな。どこの国の者だったのじゃ?」

「さぁな。あの人は最後まで自分の出自を俺に教えてはくれなかったからな。なんでも物心ついた時には祖父と旅をしていたらしい」

「そんな頃から旅を⋯、タルキエル様のお父様は巡礼者か何かだったのですか?」

「いや、そんな大層なものじゃない⋯確か⋯」

「おおかた傭兵崩れの連れ子かなんかじゃないの?」

「クレアだったか?その言い方が多分一番近い。祖父は傭兵をしながら大陸を転々としていたらしい。父さんも似たようなものだったらしい」

「親子そろって傭兵稼業か⋯」

 妾達は意外にもタルキエルの身の上話で話が弾んでいた。しかしそこへ一人の女性が素面のままやってきた。

「ここにいたのねタルキエル。⋯⋯女性に囲まれていい御身分じゃないの」

 彼女に話しかけられてタルキエルは立ち上がって敬礼する。声をかけてきたのはエルフの王女アリエルであった。彼女は心なしか少し不機嫌そうであった。まぁ理由はわかるが。

「父上がお呼びよタルキエル、今すぐ執務室に来てほしいそうよ」

「陛下が?すぐに参ります」

 タルキエルは少し慌てて身支度を整える。おそらく昨日の辞意の表明の件じゃろうな。どうなるか妾も知りたいところじゃが⋯まぁ後で聞くとするかの。しかしアリエルは妾達にも声をかけてきた。

「エルリーゼとその従者達にも聞いてもらいたいことがあるそうよ。一緒に来てくれる?」

「妾達にもか?承った、行くぞ二人とも」

「「御意」」

「ありがとう、助かるわ。ついてきて。」

 妾達はアリエルを先頭にしてエリュシディン陛下の元に案内されていくことになった。しかしタルキエルの処分の話なのに妾達が同席しなければならない理由は、結局執務室に行くまでわからなかった。


 執務室の前につくと、アリエルが扉をノックする。

「父上、タルキエルとエルリーゼ殿下とその従者達をお連れしました」

 すると中から小さく「入れ」と返事があったので、アリエルが扉を開けて全員が部屋の中に入る。中に入ると、喪服を着て椅子に座って執務を行う王の姿があった。

「来たか、とりあえず全員楽にしてよいぞ。すまんがこの書類に目を通すまで待ってくれ」

 そう言ってエリュシディンは書類に目を落とす。そしてそれを数分で読み終わると、書類を置いてタルキエル達に向き直った。

「待たせたな。さて、まずはタルキエルよ、昨日お前が言っていた守人を辞任したいという話だがな、正直に言おう。余としては認めたくはない」

「はい⋯」

「理由はお前ほどの優秀な男を遊ばせておく余裕がないからだ。平時ならまだしも、これから戦争をしようと言うときにお前が辞めると困る」

「もったいなきお言葉」

「しかしお前の気持ちも分からんでもない。そこでだ、余から一つ提案がある。エルリーゼ王女を呼んだのもそのためでな」

 王の言葉に執務室の全員が首をかしげる。だがそれを気にせず王は話を続ける。

「単刀直入に言おう。タルキエル、お前にトエルネン王国に行ってほしい」

「!」

 王の提案を聞いてタルキエル達は固まる。

「人間との同盟を組む場合、人間の国に連絡役となる者が必要になる。その役目にお前を据えようと思ってな。エルリーゼ王女とも親しいように見えるから適任だと考えた。守人を辞めるのであればぜひこの任についてほしい」

「ちょ、ちょっと待ってください父上!」

 俺達の沈黙を破ったのはアリエル殿下であった。彼女は焦ったような表情で陛下につっかかった。

「人間との連絡役にタルキエルを向かわせるのですか!?そんな役目はタルキエルでなくてもできます!わざわざ彼を向かわせる必要はないと思います!」

「アリエル、今はお前の意見は聞いていない。余はタルキエルに聞いているのだ。で、どうだ?引き受けてくれるか?」

 アリエルは振り返って、不安げな表情でタルキエルを見る。少し間が開いてタルキエルが口をひらく。

「私の能力を買っていただいて恐縮です。ですが自分は今の家を⋯父と母と三人で暮らしたあの家を空けたくはないのです。自分勝手な理由ですが、あの家の管理を任せられる者がいない限りはこの国を出ていくことはできません」

「タルキエル⋯」

 タルキエルの言葉を聞いて、アリエルは安心したようだった。しかしその時、執務室の扉がノックされてから開き、アルリエルが入ってきた。急に入ってきた彼女に皆驚いたが、すぐに王が問いかける。

「盗み聞きとは感心しないなアルリエル。少し酒に酔っているのか?」

「ご無礼を謝罪いたします兄上。話は聞かせてもらいました。タルキエル、トエルネン王国に行ってらっしゃい」

「な!?」

「母上⋯しかしあの家は⋯」

「あの家には私が戻るわ。陛下、私が守人と騎士団長を兼任いたします。だからどうかタルキエルを人間の国に行かせてやってください」

 予想外の発言にタルキエルとアリエルは固まってしまう。するとアルリエルはタルキエルの目の前に立って、彼の瞳を見つめながら語りかけた。

「タルキエル、あの家は私に任せなさい。あなたは外の国をみて、あの人が育った世界をみて自分を見つめなおしなさい。今のあなたに必要なのは色んな経験よ」

「母上⋯」

 母の瞳を見てタルキエルは諭されたようだった。

「陛下、人間との連絡役の任、謹んで拝命いたします」

「決まりだな。エルリーゼ王女、そういうわけでタルキエルが貴殿の国に厄介になるが、かまわないか?」

「あ、は、はい!タルキエルほどの武人が来ていただけるのであれば、不満などございません!」

 急に話を振られてしまい、妾は少し声が裏返ってしまった。しかし紆余曲折あったが、タルキエルが妾達の国に来ることになったのは僥倖だろう。若干一名はこの決定に反対の様ではあるが、仕方あるまい。ほかならぬタルキエル自身が命令を受けたのだ。もう覆せないだろう。

「宴の途中で呼び出してすまなかったな、引き続き宴を楽しんでゆくがよい」

 王の一言でひとまずこの場は解散となり、各々もとの場所へと戻っていく。妾達はそのまま大食堂へと戻り、変わらず飲み続けた。一つ変わったことと言えば、アリエルが加わって、涙目になってタルキエルに絡んでいたことぐらいだった。


 それからはトントン拍子にことが進んでいった。エリュシディンは人間の王への親書を書きあげ、タルキエルの送別会が行われ、葬儀の儀式から早二日、妾達はエルフの国を発つことになった。

 出発の朝、国の入り口にある門の前では妾達を見送る人々が集まっていた。

「いい?タルキエル、くれぐれも先方で失礼の無いようにね。あと体には気をつけるのよ」

「わかっていますよ母上」

 自分で言ったが、いざとなってアルリエルは息子の旅立ちに不安がおさまらないようである。そんな母親の様子にタルキエルは少しうんざりしているようであった。一方妾達はエルフの方々から馬とエルフの旅装備一式を贈与された。

「何から何までいただいてしまって⋯感謝の言葉もありません」

「あなた方の王によろしくお伝え願う。旅の無事を祈っている」

 本当に色々な物をいただいた。エルフの魔法の糸で編まれたマントに、保存のきくパンを大量に貰い、数週間は飢えに苦しまずにすみそうだ。

「陛下、行ってまいります。エルリーゼ様、早くまいりましょう。母上がしつこすぎてかないません」

「そうじゃな。ではお世話になりました。また会える日までしばしの別れを」

「うむ、達者でな」

 こうして妾達は多くのエルフ達に見送られながら、エルフの国を出発した。目指すは妾のふるさと、トエルネン王国首都ルノメウス。一刻も早く同盟が成立したことを伝えるために。


 野次馬のエルフ達の歓声を浴びながら、小さくなっていくタルキエル達を見送っていると、なにやら慌てた様子の大臣が余の元へやってきた。

「どうした、何があった?」

「はっ、誠に申し上げにくいのですが⋯姫殿下がどこにもいらっしゃいません⋯」

「構わん、放っておけ」

「は、はぁ⋯」

「今はあのお転婆に構っている余裕はない。なに、あやつにとっても良い経験になるだろう」

 エルフの国で王女が突然姿を消したことを旅立った四人が知るのはもう少しさきのことであった。

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