4 : 万能チート
ズズズッ……
女神のココアを飲む音が、小屋の中に木霊する。
……黙っていれば顔もスタイルも服も女神らしいのだが、口を開けばそんなものはどっかへ行ってしまうわけで。
「……で?転移者くんはまだ文句があるわけ?」
「勝手に連れてこられてもう戻れないとか、逆に文句無いほうが凄いんだが……。とりあえず、俺は転移者くんじゃなくて藤峰卓人だから」
「まったく……」
女神は「めんどくさいわねー」と言いたげな顔でカップを机に置く。
「仕方ないしお詫びとして、転移者くんに特別な能力をあげる。どんな魔法もすぐに使えて、何でもできるって感じのーー万能チートってやつね」
「万能チート……っ!!」
その言葉に、思わず胸が高鳴ってしまう。
実は子どもの頃からの夢だった異世界でのスローライフにおいて、1番ネックなのは自分の力だった。
異世界においても、人間が1番高尚な存在とは限らない。ゴブリンが覇権を握っているかもしれないし、村の周りでは魔物が跋扈しているかもしれない。
そんな不安定な環境の中で安定したスローライフを決めるには、何よりも力が必要だったのだ。
それが解決するとなれば、俺の夢見たスローライフはもはや夢ではなく、実現可能なものになってくる。
「でもここで礼を言うのも癪だしな……駄々をこねるのも手か……」
「さっきからぶつぶつどうしたのよ。そんなに嬉しいわけ?」
「なっ、ばばば馬鹿言うんじゃねぇよ。チートなんて言うものの?実際は平均より少し高いくらいなんじゃないのか?」
「はぁ?そっちこそ馬鹿言ってんじゃないわ。豊穣の女神たる私が直々に授ける能力よ?そこらの低級能力と一緒にしないで。中級魔法はおろか、上級魔法すら即効で使いこなせるくらいにはチートだわ!」
ドヤ顔でそう言うが、正直中級も上級もよく分からない。
まあでも、おそらく初級→中級→上級って感じなんだろう。この世界での魔法の平均がどんなものかは分からないが、上級がすぐに使えるというのは余程凄いことに違いない。
「疑ってるようだから言っとくけど、上級魔法って言ったら使えるのは賢者か魔王くらいのものよ?それくらいこの世界では凄い魔法なの。転移者くんの世界で言うと、オリンピック選手並みの身体能力ってとこかしら。まぁ万年運動不足の転移者くんには分からないかもねぇ」
ニヤニヤしながら嫌味を言ってくる。
くそっ、反論できないところがまた悔しい……っ!
「ま、じゃあそういうことで。右手、出して」
「……?ん、これでいいか」
言われた通りに右手を出すと、その上に透き通った肌の手を重ねてきた。
ひんやりとしつつもぽわぽわと温かい温もりが、手を優しく包み込んでくる。
「ちょっと、変な妄想とかしてないでしょうね」
「し、してねーよ」
「ならいいけど。それじゃ始めるわね」
女神は一息ついて目を見開くと、何か文言を唱え始めた。
その体に光彩豊かな光が発現し、周りを包みこんでいく。
おおっ、これが魔法ってやつか……!!
「今これより、豊穣を司る女神、ローレンシアの名において、此の者に数多集まりし能力を授ける……!『授与宝札』!!!!」
瞬間、俺の足元に赤い魔法陣が現れ、回転しながら強く光りを放ち始めた。
余りにも光が強く、まともに目を開けていられない。
下から強風が吹き上げてきて、力を抜けば天井まで飛ばされてしまいそうだ。
数秒だろうか、光と風が止んだので目を開けてみると、足元には何も存在していなかった。
「はい、これでかんりょー。細かい能力とか、後は自分で確かめてね。それじゃ、私は行くから」
あの神々しさはどこへやら、もうさっきまでの投げやりな態度に戻ってしまった。
「行くってもうかよ。他にも聞きたいことはいろいろあるんだけど」
「転移者くんと違って、私には予定がつめつめなの。ちょっとしたら代わりの使いを送るから、それまで1人で頑張ってね」
「んな適当な……」
手違いで転移させてしまった人間に対して対応が荒すぎる……。
本人にそんな気はさらさら無いらしく、ひらひらと手を振りながらドアへ向かう。
そしてドアノブに手をかけ、こちらを振り返って一言。
「……あと一つ、謝らなきゃいけない事があるの」
再びの申し訳なさそうな声色。
なんだか嫌な予感がする。
「目覚めた時に見た牧歌的な風景、あれ私の見せた幻なの……。まぁそゆことだから、頑張ってね!じゃ!!」
「え、おい!幻ってなんのことだよ!」
そう言葉をかける暇もなく、女神は外へと出てしまった。
目覚めたときの風景が幻覚だと……?
あの一面の草原が……。
俺は早足でドアへと駆け寄ると、勢いよく扉を開けた。
「なっ、あ……っ!!!?」
そこに見えたのは新緑の綺麗な草原ではなく、一面の茶色い岩肌。
どこを見渡しても緑は無く、枯れかけの花や茶色い植物があるばかり。
牧歌的な異世界が……俺の夢のスローライフが……
「あんの………疫病神ーーーーーッッッ!!!!」
その悲哀な叫び声は、岩肌によく木霊した。