命は、バトンだ
誰もが日々の忙しさに追われるうちに、あの映像の完成も、放送の日も、しずかにやってきた。
須藤は、人の波を縫うように歩きながら、ふと顔を上げた。
スクランブル交差点の上、巨大スクリーンに映った少女の姿が、心臓を貫く。
あれは、あの日のはなだった。
全てを背負い、全てを捨てて、それでも笑っていた、最後のはなだ。
立ち止まる人々の視線が、一点に注がれる。
どんな広告よりも鮮烈で、どんなドラマよりも真っ直ぐで――
「……見ろ。お前は、世界を止めたぞ」
須藤の目元が、ほんの少しだけ揺れた。
スクリーン画面がふっと暗転し、やがて、白い光の中に少女が立っていた。
その姿が、はなだった
一面に広がる、満開のひまわり畑。
鮮やかな夏の光に照らされて、風に揺れる花々の中心に、少女が立っている。
麦わら帽子を被り、ひまわりのような明るい黄色のワンピースをまとった少女。
その顔は――はなだった。
笑っていた。
まるで、本当に幸せそうに。
くるりと回り、両手を広げて、陽を浴びるように空を仰ぐ。
その笑顔は、無邪気で、純粋で、ただ「生きること」だけを信じているようだった。
だが――
映像は、ふいにブラックアウトする。
次の瞬間、はなはベッドに倒れ込んでいた。
先ほどまでの無垢な笑顔は消え、彼女の体には無数の点滴チューブが刺さっている。
額に滲む汗、血の気のない唇。
帽子の下に隠れていた髪は、もうほとんど抜け落ちていた。
小さく、息を吐く音がする。
はなは弱々しく目を開き、乾いた唇が、震える。
「……生きたい……」
その声は、細くて掠れていて、それでもはっきりと――生への執着に満ちていた。
「まだ……生きたい……」
震える指先が、空を掴むように伸ばされる。
その先に何があるのか、誰も知らない。
それでも、はなは掴もうとする。
命の先にある、何かを。
カメラが彼女の目元に寄る。
今にも涙が零れそうな、その瞳。
強く命を渇望する、真っ直ぐな光。
無音になる。
数秒の沈黙のあと、白い画面に、静かに文字が浮かび上がる。
《命は、バトンだ。》
そして再び映像は、ひまわり畑に戻る。
笑顔で空を見上げる、あの時のはな。
光の中でくるくると回るその姿は――
まるで「生」を手渡された者のようだった。
⭐︎
「“命は、バトンだ。”――」
ニューススタジオのセットは、いつもと変わらず整然としている。だが、どこか空気が違っていた。
キャスター席に座る女性アナウンサーが、静かに原稿を読み上げる。滑舌は正確で、声のトーンも安定している。けれど、その声には微かに、言葉にできない揺らぎが含まれていた。
「…臓器移植の提供を促すという、前例のないドナー啓発CMが先日深夜帯に放送され、SNSを中心に大きな話題を呼んでいます」
ワイプで流れる映像には、麦わら帽子をかぶって、ひまわり畑をくるくると回る少女――はなが、風に髪をなびかせながら、笑顔を見せている。画面の隅には“提供:SONODAグループ/命の連鎖プロジェクト”のロゴが光る。
「…放送後24時間以内に、全国の臓器提供意思登録数は前月比の300%を超える急増を記録しました」
一瞬、アナウンサーが息を呑むような間を置いた。目元が、わずかに揺れた気がした。
「“死ぬのが怖い。でも、生きたい”。“誰かの未来に、なりたい”。――CMで語られた少女の言葉に、多くの視聴者が心を打たれたようです」
スタジオの大画面には、視聴者からの感想が次々と流れていく。
『涙が止まらなかった。私も意思表示カードを書きました』
『命って、回していけるものだったんだ』
『誰かの“生きたい”に、応えたいと思った』
『あの子は、演技なんかじゃない。本当に“命の当事者”だった』
SNSでは、#命はバトンだ のタグが世界トレンド入りし、国内ではCM動画の再生回数が48時間で1000万回を突破。YouTubeのコメント欄は感動の声で埋め尽くされていた。
再び、ニュース映像には点滴を打たれ、髪が抜け落ちた状態でカメラに向かって「まだ、生きたい」と訴えるはなの姿が映し出された。
その目は、あまりにも静かで、あまりにも強かった。
「――“命は、バトンだ”」
最後にアナウンサーがその言葉をもう一度、ゆっくりと読み上げたとき。
その声には、もはや震えを隠す余裕などなかった。
⭐︎
SNSでは瞬く間に話題となり、同時多発的に涙の報告が上がった。
「CMなのに涙止まらん。これ以上にリアルな“生きたい”はない」
「誰かの演技だとわかってても、信じたくない。あの子の目が嘘をついてなかった」
「正直、CMで登録しようと思ったの初めてだ」
「あの子が誰なのか知らないけど、たぶん忘れられない」
やがて、記者たちが動き出した。
「あの少女は、道野はな。もともと子役として活動し、近年は映画でも存在感を放っている」
「しかしこのCMでは役名もセリフもない。“何かを伝えるために、そこに存在している”としか言いようがないですね」
評論家たちは、揃って語彙を失いながら、彼女の演技の“異質さ”について口にした。
「演技を超えていた。悲劇でも感動でもない。ただ、“そこにあった”」
「なぜ彼女がこの役を引き受けたのか、制作側は沈黙を貫いているが……それがかえって、重みを増している気がします」
あの日、誰がカメラの前に立ちたいと望んだのか。
なぜ、誰の指示でもなく、その役を生ききったのか。
その動機も、裏話も、誰の口からも語られることはなかった。
けれど、それでよかった。
少女は語らなかったが、その沈黙が、何よりも雄弁だった。
ひまわりの中の笑顔と、ベッドで「生きたい」と願う瞳。
あのCMを見た者は、きっとずっと忘れないだろう。
たとえ、誰も真実を知らなくても。




