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獣の夢は覚めない

淡い白。

天井も、壁も、床も、すべてが曇ったガラスのように白く、静寂に包まれている。


部屋の中央に、ひとつのベッド。

その上に、病院着を着たダニエルが座っている。

背筋を伸ばして、ただ、じっとしている。


両手を膝の上に乗せ、動かない。

瞬きも少ない。


やがて、カメラがゆっくりと彼に寄っていく。


周囲には誰もいない。

声もない。

テレビも、音楽もない。


どこかの隔離施設。

社会から切り離された「檻」のような場所。



ダニエルの顔が映る、その目は、以前よりもさらに虚ろで――でも、ほんの少しだけ、何かを宿しているように見える。


彼はゆっくりと首を傾ける。


そして、誰もいない方向へ、ふいに、笑いかけた。


子供らしい無垢な微笑み。

まるで、誰かと目が合ったかのように。


だが――そこには、誰もいない。


【静かに画面が暗転】


真っ黒なスクリーン。


ただ、ひとつだけ、白い文字が浮かぶ。


「誰か、彼を見つけてあげられたのだろうか。」


その言葉が消えると、静寂のまま、エンドロールが始まる。







上映が終わった。

エンドロールが静かに流れる中、誰一人として言葉を発しなかった。

スクリーンの明かりが消え、会場が明るくなっても――席を立つ者はいなかった。


控え室に戻った遺族たちも、最初は何も言わず、沈黙していた。


コーヒーの香りも、空調の音も、まるで遠い世界のことのよう。



「……あの子の目。最後の、笑った時の目……。なんて目をしてたのかしら……」


遺族の1人が言葉を発する。

声は震えていたが、怒気はなかった。


むしろ――悲しみでも怒りでもなく、疲れた優しさのようだった。


「……“殺したい”なんて、思いながら笑う子の目じゃなかったな」


別の遺族が、俯いたまま、呟く。


 高齢の女性がティシュで目頭を押さえた

「私の孫を殺したのは、彼なのよ? それでも……

 あの子が“怪物”だったって、今はもう言えない」


「だって……最初から、誰にも助けられてなかったんじゃない……?」



一人が泣くと、まるで堰が切れたように、他の遺族たちも嗚咽を漏らし始める。

誰も、泣き方を選ばなかった。

怒りでも、悔しさでも、赦しでも、後悔でもない――混ざり合った感情の奔流だった。



ロータスは、遺族たちの前へと進み、手を広げた


「……私たちは、“彼を赦してほしい”なんて思って作ったわけではありません。

 でも――誰かが、彼を見つけてあげていたら。

 もし、あの時、たった一言かけていたら……

 この映画は、そういう“もし”の集積なんです」



遺族たちは答えなかった。

それでも、誰も怒鳴らなかった。

誰も、映像を否定しなかった。

ただ、胸に深く、何かが刺さったまま、席を立ち始めた。




帰り際、エレベーターの中。

遺族である夫婦が手を握りながら、小さくつぶやいた。


「うちのエミリーも……

 あの子のこと……見つけてあげられてたのかな」


扉が閉まる。

残されたのは、静かな空気だけ。


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