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ピアノ抗争曲

本日も見て下さり、ありがとうございます!


《今朝公開された『ピアノ抗争曲』の予告編……ヤバい。鳥肌。まさかあの鈴木悠斗の人生が映画化されるとは……》


《鈴木悠斗役の子役、道野はなちゃんっていうのか。感情ゼロの目でピアノ弾いてて怖いくらいリアル》


《予告ラスト、ホールに響くあの一音……音が感情を殴ってくるタイプの映画》


《昔のピアノ天才少年・鈴木悠斗の伝説、あれ全部マジだったんだ……映画で初めて知った層がざわついてる》


《「天才を殺すのは、いつだって観客の期待だ」ってキャッチコピー、刺さりすぎ……》


《道野はなって子役、ただ者じゃない。マジでヤバい。すでに鈴木悠斗超えてる説ある》


《「演奏が、狂気だった」って新聞のレビュー、言い得て妙》


 


TVからも、スマホの画面からも、聞こえてくるのは「鈴木悠斗」と「道野はな」の名前ばかり。

今、世界は一つの映画に心を奪われている。


──『ピアノ抗争曲』。

天才少年ピアニストの、栄光と崩壊と、再生の物語。


そして、その“過去”を再現したのは、一人の子役だった。


「映画『ピアノ抗争曲』の予告、ご覧になりましたか? 本当に美しい映像でした。あの“ピアノ少年”時代の再現度がすごいと、SNSでも話題ですよ」



「この作品を通じて、もう一度鈴木悠斗さんに焦点が当たったこと、どう思われますか?」


照明が眩しい。

取材会場は冷房が効きすぎていて、コーヒーはすぐに冷めていく。


「天才の苦悩を描くには、やっぱり“ご本人”の監修が必要不可欠ですからね。

──実際に、道野はなちゃんの演技をご覧になってどうでしたか?」


白い部屋、白い机、白い照明。

気の抜けた炭酸みたいな空気の中、記者が目を輝かせて俺に話しかける。


──どう思った、か。

毎回、これを聞かれるたびに答えに困る。

素晴らしかった、感動した、泣きました──そんな言葉は、この作品にはあまり似合わない気がして。


「……暑かったなって、思い出しました」


「暑かった……ですか?」


記者が小首をかしげる。

俺は笑いもせず、コーヒーのカップを手に取りながら、静かに目を伏せた。


「その子──はなちゃんとの撮影があった夏です。

……あの子、最初、空に還りそうな顔をしてたんです」


「還りそう……?」


「儚くて、透明で、触れたら壊れそうな……」


そのあたりで、記者は困ったように笑って話題を変えた。

俺のインタビューは、きっと使われない。


でも、それでいい。


あれは──あの夏だけの出来事だったから。


 


(──ピーマンの気持ちを考えろ、って言ったっけ)


俺は、あの子の“演技”を思い出す。

鍵盤に指を置いたときの、彼女のあの目を──


──そして、ゆっくりとあの夏の日のことを思い返す





「……あー、子役のはなちゃんだっけ。演技うまいって聞いてたけど……腹減った、なんか食べに行かない?」


俺の幼少期を演じるために連れてこられた女の子は、今にも空に還ってしまいそうなくらい、儚さを纏った子だった


「…」


無反応の女の子はこちらを見て、その黒い瞳を揺らしていた

この子も『天才』と謳われる者の1人らしい

かくいう俺も、ずっと『天才』を背負ってきたから、なんとなく女の子の重圧は知っているつもりだ


「何が好き?ここら辺、結構美味いもん多いから言ってみな」


女の子、はなちゃんは無表情で、いやちょっと困った顔をしているのか


「君の好きなものは?」


俺の言葉に、なぜかはなちゃんは、顔をくしゃっと泣きそうな顔で歪めた


それが、はなちゃんとの最初の対面






はなちゃんは凄かった


演技の上手い子役って聞いていたけど、ピアノも上手いとは思わなかった


普通にピアノも『天才』と呼ばれても良いレベルだし、俺の幼少期の弾き方にそっくりだ


はなちゃんは、俺に成ったつもりで毎日『俺』を演じているが、なんだか見ていられなかった

たぶん、まあ、俺をやってるって時点で、なんかむず痒くなるのはわかるけど……違う。違和感が強すぎる。


「はなちゃん、そんなに肩に力入れたら、音、ガチガチになるよ。……深呼吸して、どうでもいいこと考えてみ。ピーマンの気持ちとか」


順調に撮影が進んで、はなちゃんは『俺』を頑張って演じていたが、やはりどこか違和感がある

だから、ピーマンの気持ちとか…ちょっとふざけて言ってみた


「ぴーまんっ」


はなちゃんはぎゅっと眉間に皺を寄せて唇をぐっと噛んだ


「あ、ごめん、ピーマン嫌いだった?」


「…」


はなちゃんは何も答えなかったが、少し安心した

ちゃんと、『俺』以外の顔になったから、すこしでも本当のはなちゃんが出てきてくれて嬉しかった


はなちゃんは、撮影以外は『俺』として撮影場所である俺のピアノ稽古場をうろうろしているが、俺も練習の合間に話しかけるため、面識自体は多かったと思う


俺は、正直言って『映画』は反対だった

俺の過去を知るマネージャーが、「絶対受けるべきです!あなたの人生を、私は知ってもらいたい!」と強引に進めて、と引くに引けないところまで話は進んでいたけど、勝手に俺をピアノの指導者として「あなたの作品です、あなたが指導すべきです!」と撮影に同行させるし


俺の『過去』が作品として一生残るのだと思うと、憂鬱で仕方ない


昔は、何度も反抗期と称してピアノの鍵盤を金槌で叩き壊し、コンサートをぶち壊してきたのに、俺の才能に取り憑かれた両親は、ピアノが壊れようが気にも留めなかった


少しでもピアノの『天才』じゃなくて、『俺』を見てもらいたくて、譜面通りの表現じゃなくて、自分を出して演奏した


「この作者の気持ちを答えなさい」

国語の問題のように、音楽だって同じだ

「ここは、作者の歓喜を表現しています、感動的に盛大に盛り上げましょう」

と模範解答になる曲だった、作者の気持ちを本人から聞いてないのだから

「腹痛いな、早くトイレ行きたい、あー漏れる」

って思って書いた曲かもしれない


それを勝手に解釈してるわけだろ?

譜面通りに弾くことが『天才』と言われるなら、だれだって出来る

誰だって『会ったことすらない人物』をピアノで弾いて演じられる



しかし、両親が求めたのは、『一位を獲れる演奏』だったから、その通りに『譜面通り』に轢かなければ、俺に『価値』はないと言うのだから、『天才』だった俺は従順にしたがった


自分を『弾きたい』と願えば願うほど、苦しくなっていた幼少期を、はなちゃんは演じている


「はなちゃん、ピーマンの肉詰めが美味しい店あるけど行かない?」


『誰かの期待に応える俺』じゃない顔の、はなちゃんをもっと知りたくなった


「はなちゃんは何色が好き?」


外は薄暗くて雨が降りそうな曇り空だった

はなちゃんは、撮影のシーンで何回か撮り直しを命じられたけど、はなちゃんは同じ演技しかしなかった、この演技が正しい!と信じて疑わない姿勢に、最終的に監督は折れてた、大の大人が小さい女の子に翻弄される姿は面白かったな〜


「はなちゃんは休みの日なにしてる?あ、でも忙しいから休みなんてないか、ははは」


撮影が進むにつれて、なんとなく撮影の空気感が俺にもわかってきた

はなちゃんの絶対に曲げない演技の結果、監督とはなちゃんは撮影シーンが新しくなるたびに喧嘩していた

まぁ、はなちゃんは絶対折れなかったから、毎回監督が折れてた


「この間さ、うちで育ててるピーマンがさ…そんな嫌そうな顔しないでよ、はなちゃん」


この話をした次の日、はなちゃんは『ピーマンの育て方〜入門編〜』って書かれた本を顰めた顔で読んでいたから、監督と出演者で笑いを堪えて写真を撮って、はなちゃんのマネージャーさんに見せた

マネージャーさんは、嬉しそうにちょっとだけ笑ってた


「うちのおじいちゃんの家って農家なんだよね〜1番美味しいのはピーマンでさ、俺も昔から好きで〜」


おじいちゃんの家での出来事、『天才じゃない夏休み』のシーンで、はなちゃんはピーマンを丸齧りした

これには監督が膝から崩れて笑ったため、このシーンはカットすることになり残念だ


「はなちゃん、演技で必要だからってピーマン頑張って食べてたけど、めっちゃ苦い顔してたじゃん!苦手ならやめなよ〜思わず笑っちゃったじゃん」


はなちゃんは唇を尖らせて不満顔だ

シーンもカットすると聞いたのか、ちょっと目が潤んでた


「まあ、ピーマン好きになったのは中学生くらいの時だから、そんときまでは1番嫌いだったな〜。

…はなちゃん、そんな顔で睨まないでよー」


自分が演じる『俺』の時代ではない事が判明した瞬間、はなちゃんは小さい拳で俺の太ももを殴ってきた

一文字に結ばれていた口元は、ここ最近では緩く口角が上がっていて、なんだか達成感を感じる


「もう少しで、撮影も終わりか〜あとはコンクールのところで終わりでしょ?大変だった?」


はなちゃんと撮影の合間に、『富良野限定ラベンダーソフト』を食べながら、目の前に広がる花畑を見て聞いてみたら、はなちゃんは顔をくしゃっと歪ませ眉毛を八の字にして俯いた


「はなちゃん?どうした?そんな顔して…え?

『最後まで本当のあなたを演じきれなかった?』

そんなの当たり前じゃない?」



目まぐるしく過ぎていく時の中で、はなちゃんと接することで、本当の彼女が少しずつわかってきた


努力家で、プライドが高くて、観察力がすごくて、黄色が好きで、ピーマンが嫌い


そんな難しいけど、普通の女の子だ


「あの時、空に還りそうな顔してたはなちゃんが、ピーマンの話で睨むようになった。

……なんだよそれ。ちゃんと“地上に降りてきてる”じゃん」



「ねぇ、はなちゃん

 君の演技って、すごく正確で、優秀で、全部完璧なんだけど──」


はなちゃんは顔を強張らせた


「でも、俺はそんなに綺麗じゃなかった!

演奏しながら何度も吐きそうになったし、ピアノにしがみついてただけだった!

君がやってるのは、“完成された鈴木悠斗”だろ?俺はそんな完成してないよ!」


俺はみんなが思うような『天才』ではない

悩んで苦労して、反抗したのが逆に美談として捉えられた

だから笑ってやるのさ『俺』の人生は、みんなが思うほど悲劇でも喜劇でもないって


だから、はなちゃんには気軽に演じて欲しい


「……でも、私は“あなたを演じる”って決めたから。ちゃんと……あなたにならなきゃって……」


震える声ではなちゃんは言う

ラベンダーソフトを持っている手が、溶けたソフトクリームが滴り、はなちゃんの手を汚す


「はなちゃん、君が演じてるのは“天才鈴木悠斗”だよね。

でも俺が欲しかったのは、“俺の演奏を聴いてくれる誰か”だったんだ。

君が“正しい鈴木悠斗”になろうとすればするほど……俺、ひとりぼっちになる気がするんだよ」


これは俺のお願いだから


「はなちゃん、君は俺にはなれない


でも、俺は君の友達だから、ひとつだけわかってることがあるんだ


それはね、ーーー。」


はなちゃんは、大きな瞳に涙をたくさん溜めていた










「わー、久しぶりに来たなこの会場、懐かしい〜。」


クーラーがガンガン効いた大規模なコンサートホールは、客席が2000席あって、過去に何度かコンクールで来たところだった


ここで、クライマックスを撮る

俺が『大暴れ』した、『ピアノ抗争曲前編』のラストシーンだ


はなちゃんは、どんな演奏をするんだろう?

はなちゃんは、どんな演技をするんだろう?


バタバタと撮影の準備が進んで行き、はなちゃんもステージに立っていた


『俺』として演じるには小柄だし、顔が整い過ぎてる気がするけど、今更か

まっすぐ鍵盤を撫でて、真顔で観客席を見回したと思ったら、目があった


じっと見つめ合う形になり、俺は笑って手を振った

はなちゃんは応えてはくれなかったから、ちょっと不満


「はなちゃん、君はどうしたい」


撮影が始まった

会場内がスッと暗くなり、ステージにだけ照明が集まる木製の広い舞台

中央にフルコンサートグランドピアノが置いてあって、はなちゃんはまっすぐと前を向く


「それじゃあ、『鈴木悠斗の演奏シーン』アクション!」


カチンッ


はなちゃんが、いや『鈴木悠斗』が一礼した

グランドピアノの席につき、鍵盤に指を置いた


(演奏が、始まる‥‥)



第一音──高音のEが、ホールに“孤独”のように響く。


第二音──それに重なる低音のCが、“決意”のように沈み込む。


(音が空間に染み渡る。誰も咳払いすらしない。ゆうとは音を“押す”のではなく、“問う”ように弾いている)


右手は問いかけるようにメロディを紡ぎ、左手が躊躇いながらも伴奏する。



(あぁ、上手いな…)


一音目が鳴った瞬間──ざわめきは一切なく、誰もが息を止めた。


 客席最前列の女性が、思わず胸元に手を当てる。

 男性審査員の一人が、スコアシートから顔を上げる。

 舞台袖にいたスタッフの一人が、ヘッドセットを忘れてただ立ち尽くしていた。


 ──誰一人、咳をしない。物音を立てない。

 会場の空気が、音の波に“聴かされている”。そんな錯覚を覚えるほど、演奏の支配力が強い。


俺は、ぼんやりと過去の自分が脳裏に過ぎていくのを、感じた

父の怒声、母の涙、去っていった友人、誰もいないレッスン部屋、優しかったおじいちゃん、埃一つかぶっていない、トロフィーたち


はなちゃんの、ピアノの音が俺の記憶を呼び起こす


曲は中盤へ──突如、転調。

それまでの“問い”が“叫び”に変わる。鍵盤を叩くような音。


(観客がハッと息を呑む。子どもとは思えぬ“叫ぶような演奏”)


鈴木悠斗の汗が鍵盤に落ちる。彼の顔は、泣いているのか笑っているのか分からない。


急速なアルペジオ(分散和音)。

左右の手がぶつかるように交差。まるで自分自身と戦っているよう。


(あぁ、ここだ…俺が『作曲者の気持ちなんて知らねーよ』って暴走した瞬間)


「はなちゃん……がんばれ」


『あの日の俺』の答え合わせをさせてくれ


終盤──音が一転して“優しさ”に包まれる。

最後の旋律は、まるで誰かに「ありがとう」と言うように。


音が消える瞬間、鈴木悠斗は鍵盤の上に指を置いたまま、微笑む。


 最後の一音がホールに溶けるように消えた。


 ……沈黙。

 その余韻すら、音楽の一部だった。


 誰も動かない。誰も立ち上がらない。

 一瞬、時間が凍ったようだった。


 ──1秒、2秒、3秒。

 その静寂を最初に破ったのは、俺だった。

 ゆっくりと立ち上がり、両手を合わせ拍手する。


 その拍手に続くように、2人、3人……気づけば、全席が総立ちになっていた。

 割れるような拍手。スタンディングオベーション。


 そして、ステージに立つ“鈴木悠斗”は──静かに、深くお辞儀をした。


「おつかれさま、はなちゃん」


カットの、合図がなった瞬間、はなちゃんは顔を上げた



バチっと目が合うと


はなちゃんは、満面の笑みをこちらに向けた

その笑顔は、してやったりとご満悦で心底嬉しそうで、『道野はな』が見せてくれた最高の笑顔だ



俺は、目頭が熱くなって、はなちゃんに笑顔を向けたかったのに歪になってしまったと思う




「“天才”じゃない顔で笑ってくれて、ありがとう。……俺も、ちょっとだけ救われたよ」











クランクアップ後、すぐにインタビューが来て取材していった


でも、俺は映画の見どころも番宣もせずに一言だけ言った


「“天才”でも“偽物”でもない、俺の“今の音”……

それを、あの子が教えくれたから

この夏は、少しだけ俺を柔らかくしてくれた」




はなちゃん、俺は君をただの女の子として、友達として、これからも見てるから


君自身が、本当の君を早く見つけてあげてね







この夏の記憶は、きっと忘れない

はなちゃんも、ピーマンの苦さをきっと忘れないと思うから


「あの子は、俺の“過去”を演じたけど……俺の“未来”を少しだけ変えてくれた。」


目の前の女性の記者が、その言葉を聞いて、優しく笑ってくれた



「もう、“天才”なんかやめていい。君は君のままで、ちゃんと輝けるよ。」

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