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初めてのチャンス


(あーあ。子役としての人生、終わっちゃったな)


ため息ひとつ。

やらかしてしまった自分を思えば、またチャンスが巡ってくるなんて思えない。

それでも、胸の奥は不思議なくらい静かだった。


「ま、いっか」


後悔は――していない。


でも、本音を言えば。


「……ちゃんと演じてみたかったな」


『嫌な奴』以外の、“ちゃんとした誰か”を。


「じゃあ、演じてみる?」


唐突な声。

背後からすっと差し込む気配に、全身がびくりと跳ねた。


「っ……!?」


反射的に振り返ると、そこにいたのは――


(っっ……稲田孝作!?)


ニヒルな笑み。

乱れた寝癖に、無精髭。だぼだぼのTシャツ。

第一印象は限界ギリギリの不審者。でも、その名を知らない業界人はいない。


──天才脚本家、稲田孝作。


彼のデビュー作『虚像の愛』から始まり、ヒット作を連発する名クリエイター。

出演すれば必ず“跳ねる”と言われる、伝説の男。


(なんで、この人がここに……!?)


「いやぁ、ちょうど子役借りに行くところだったんだよね。行く手間が省けて助かったよ〜」


ゆるい口調で言いながら、ポケットに手を突っ込んだまま歩いてくる。


(今の時期の孝作って……たしか『雪と蝶』の最終回……)


「そうそう、今日がラストシーンの撮影でさ。最後に子供使うの忘れてて、オーディションも面倒だから、そこら辺にいる子で済ませようと思って」


(う、嘘……!!)


──“子役クラッシャー”として有名な、あの伝説のシーン。


ヒットドラマ『雪と蝶』。

最終回、命を張って子供を助けた主人公が病院で目を覚まし、家族と再会する感動のクライマックス。


……だったはずが。

子役の演技が壊滅的すぎて、放送事故レベルの台無しエンドに。

子役はネットで炎上し、芸能界を追われた。


(まさか、あのシーンの“代打”に私を!?)


「ねぇ、お嬢ちゃん。泣く芝居、できる?」


孝作の目には、期待なんて欠片もない。

“誰でもいい”と書かれた無関心な瞳。


だからこそ、心に火が点いた。


(そんなの、私がやらないわけないじゃん)


「やる! 私、泣けるよ!」


小さな手をまっすぐに挙げた。


「ほぉ〜。そりゃ楽しみだ」


孝作は拍手のような手つきで、にやける。


(絶対、見返してやる)


強い炎を瞳に灯し、その背中を追いかける。



車に揺られてスタジオに向かう道中、孝作はさらに無茶を重ねた。


「一発撮りでいくから。時間ないし」


「……!」


「あと台本ないから、アドリブでお願いね」


(ほんとムチャクチャだな!!)


それでも、顔には笑顔を貼り付けたまま。

芸能界って、こんなもんだ。


「ひとつだけ。演じる子って、どんな子?」


ニコニコ聞けば、孝作は面倒臭そうにため息をついた。


「強いて言えば……普段は明るくて、泣かない子。そういう子が、泣くシーン」


(なるほど、ギャップを活かした演技を見せたいってわけね)


「まあ失敗してもいいからさ、力抜いてやってね〜」


(そんなわけないでしょ!!)


私の心には、もう覚悟が宿っていた。



目的地に到着すると、孝作は一人で車を降りていく。

私も慌てて降りようとするが、背が足りずよじ登るようにしていたところ、


「大丈夫か?」


優しい声と共に、ふわっと身体が浮いた。


(――この声は!)


私を抱き上げてくれたのは、あの加藤俊平。


(ほんとに本物だ…!)


雪の夫役、そしてこのシーンのもう一人の主役。

実物は画面よりも、ずっと格好良かった。


「嬢ちゃん、名前は?」


「はい!道野はな、5さいですっ!」


「おお、偉いな〜。自己紹介できるんだ」


私の頭を、優しく撫でてくれる。

(……神様ありがとう)



「かとうさんの娘になりたいな〜」

ふと、口をついた言葉。


俊平は微笑み、でも少し寂しそうに言った。


「そうだなぁ。僕にも、君みたいな娘がいたらな……」


(あれ?奥さんいるのに、なんでそんな言い方?)


「僕の奥さんね、ちょっと子供が……難しいんだ」


伏し目がちに呟くその横顔に、胸がチクリとした。


(イケメンの悲しい顔は国の損失)


だから私は、言った。


「じゃあ、はなが一緒に探したげるね!」


笑顔で、力強く。

彼の未来が、少しでも明るくなりますように。


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