蛹
スマホ、水没してデータ全部飛んでました、ショック過ぎてしばらく更新せずすみませんでした!
「おい、須藤…大変なことになってんぞ…『ひまわり家族』」
新崎が、少し顔色を悪くしながら俺のデスクまでやってきた
片手には、今年一番売れているであろう女性雑誌と週刊誌二冊を携えていた
見てみろ、と差し出された二冊の表紙へと視線を向けると、見覚えのある文字がデカデカと並んでいた
《問題作『ひまわり家族』視聴率過去最高24、7%》
《天才子役、あの『雪と蝶』の『舞』!?》
表紙には、『舞』と『るるか』のまるで別人の表情をした『道野はな』だ。
どちらも同じ顔の造形なのに、同一人物だとは思えない程、表情が違った
『雪と蝶』で見せた『舞』は、幸せそうに微笑みながらも母親と姉のいる天国へ父親と行こうと心中を仄めかしているシーンの表情、幸せを前に無邪気な屈託のない笑顔で、生と死…どちらも嬉しそうに享受した『舞』の顔。
そして、隣に並んだもう一人は…
『ひまわり家族』の『るるか』…。
生きることに、人に認められることに、愛されることに貪欲で…常に不満そうに…羨ましそうに無い物ねだりをする『るるか』は、主人公の『太陽』が妹の『ユミ』を助け、『るるか』の心情をどん底に落としたシーンで見せた、生きることが辛いと心から叫んでいるかの様な、くしゃっと絶望に染まった顔で『だいっきらい』と主人公たち目掛けて力なく放った『るるか』の顔。
陰と陽、正反対の『舞』と『るるか』…
二人の共通点は、一つ…『死』に向かってるってことだ
『雪と蝶』の時も、事務所の電話はひっきりなしに鳴っていたが、この1週間、そんなの比じゃないくらい…所内全部の電話が鳴り響いていた…
5割は『あの子役』を使わせろ。との内容で…
もう5割は…
「にしても、裁判にかけられるって噂、本当だと思うか?」
新崎がため息を吐きながら、隣の椅子に腰掛けてきた
眉間のシワを揉み解す様に手を当てる、新崎に俺も思わずため息が出た
「…あながち、マジな方向に進んでるみたいですよ」
新崎が俺の顔を覗き込む気配を感じながら、今まで眺めていたパソコンの画面を、新崎が見えやすい様に傾けた
「これ、最近業界デビューした人気ブロガーの『ももりん』のブログで、『ひまわり家族』の感想を投稿してたんですけど、『ひまわり家族』の結末に納得がいってない過半数の視聴者達が、署名活動初めて、それを率いてるのが凄腕の弁護士だって言うのもマジな話らしいですよ…」
呆れながらも、カーソルを下へと進めると…コメント数はまさかの1万越え…
トップアイドル達のブログの平均コメントが2000件だとすると、異様な数字だ…
(でも、まあ…当たり前だな)
特別、驚きはしなかった…むしろ当然だ…なんてたって『道野はな』なんだから…これくらい注目されるのなんて造作もないだろう
「俺らの事務所に、大量のクレーム来るくらいだから、ニノマエさんとこは地獄だろうな…」
そう、もう5割は…『ひまわり家族』に対してのクレームでしかなかった…。
「居もしない『るるか』のために…馬鹿な奴らだな」
「まぁ、俺はちょっと気持ちがわからなくもないな」
新崎が眉を下げながら、持っていた雑誌を広げた
「この記事書いた人さ…きっと子持ちの母親なんだろうなって思ったよ…『るるか』に対する子供に対する感情剥き出しの文体…。
読んでて胸が痛くなった…この人は『るるか』を実在する一人の人間として愛してくれたんだって言うのも、すごく伝わった」
甘っちょろい事を言う新崎
(この人は、やっぱり甘いな)
「…須藤、それで…どうするんだ?
あの話…受けるのか?」
新崎が甘さを残した不安そうな顔で問いかけていた
(…本当、嫌になるな)
「…受けないわけないでしょうよ…こんな千載一遇のチャンス…逃しませんよ…」
「でも、はなちゃんには…少し荷が重いんじゃないか?」
(…前と、逆だな)
思わず、前の事を思い出した…
俺が道野はなの合格を勝手に取り消そうとした時、新崎は道野はなを駒としか思ってなかったあの頃とは…感化された新崎は、今のこの業界では甘すぎる
「…せっかく殻を破ったんですよ、本物の『怪物』になれそうなのに、無駄にするんですか?」
そう答えると、新崎は辛そうに顔を歪めた
「…親御さんは納得しているのか?」
硬った声色で凄む新崎に俺は思わず笑ってしまった
「むしろ距離を置いたほうが、あの家庭は良いんですよ」
「…あんな小さな子供が親と離れていて良いわけないだろ…」
新崎の正義感を振りかざす態度に、少しイラッとくる
「部長…、あんた見ててわからないんすか?」
「…何をだ?」
「…あの家庭…とっくの前から破綻してますよ」
☆
「あの家庭、とっくの前から破綻してますよ」
は?
その言葉に、思わず間抜けな顔になってしまったのは不可抗力だ
「す、須藤?何を言ってるんだ?道野さん宅はいい御家庭じゃないか」
はなちゃんの両親を思い出すも、やはり理想の両親像でしかなく、須藤が何を言っているか正直理解が追いつかない
以前、挨拶に伺った時、はなちゃんの父親は、優しさの塊と言っても良い位、慈悲深く愛情深い人だったし、はなちゃんも後ろで正座しながらニコニコと笑顔で話を聞いていたし、母親の方も父親の話に相槌を打ちながら可愛らしく笑う人だった…
はなちゃんの兄であるユズルくんも父親と母親の間に座りながら、はなちゃんの撮影時に撮った写真を眺めていた
子供の夢に理解がありながら、応援する素晴らしい家庭だと思っていた…ニコニコと笑うはなちゃんが、なんで一人でに後ろで正座してるのも、全然違和感なんてなかったんだ…その時は
「良い両親が、娘を一人だけ置いて旅行なんて行かないだろ…」
ボソっと呟いた須藤の言葉に耳を疑う
「りょ、旅行?」
「…部長…いや、新崎さん…」
須藤が何故か哀れむように、雑誌の表紙に映るはなちゃんに手をかざした
「道野はなは病気ですよ…、父親が用意したであろう家政婦すら認識出来ない程…あの子は病んでる…」
須藤は、淡々と話始めた…
『ひまわり家族』のオーディションを受けに行った日のことから…、事細かく…はなちゃんの家庭環境を語り始めた…
須藤が、はなちゃんをオーデションに連れ出したあの日、はなちゃんの家には、はなちゃんともう一人いたそうだ…
その人は、はなちゃんの父親に雇われた家政婦の女性で…口の軽い彼女は色々な話をしてくれたという…
はなちゃん以外の家族は、年に一回、母親の実家に帰省しているそうだ…はなちゃんを置いて…
まだ3歳のはなちゃんを置いて…
はなちゃんは悲しむ素振りもしないが、家政婦の女性は、そんなはなちゃんをかわいそうに思い、何度も話しかけたという…
しかし、はなちゃんはまるで、そこに誰もいないかのように家政婦の姿を認識していなかったそうだ…家政婦は最初はふざけているんだと思い、献身的に話かけご飯も気合を入れて作ったそうだ…、けれど、はなちゃんはその呼びかけにも、ご飯にも手をつける事なく、父親が渡したであろうお金でデリバリーのピザを毎日注文していたという。
家政婦は、いないものとして扱われ…しかしお金をもらっている以上、誰も食べることのない料理を作り、冷めた料理を捨てる事だけを繰り返した結果…軽くノイローゼになったとの事で、二度とはなちゃんのお世話をしたくないと、須藤に溢したと…。
家政婦の存在を認識出来ないほどのストレスを、はなちゃんは感じていたのだろう…家族なのに一人で留守番をさせられていた3歳の子供がストレスを感じないわけ無い…甘えたいはずの年頃なのに、親は何をしてるんだ…
フツフツと怒りがこみ上げてくる…
先程まで、素敵な家族像だと信じて疑ってなかった道野家が崩れ去り…今はただ…怒りと失望しかない…
「今の道野はなの現状…新崎さん…知ってますか?」
真剣にこちらを見つめる須藤…
(あの日の一件以降…俺ははなちゃんには会っていない)
あの日、あの時…『るるか』のシーンがカットされた瞬間、はなちゃんは糸が切れたかのように倒れた…
あまりにも体温が低かったので、急いで病院に運んだら…
栄養失調と低体温症になっており、数日間の入院を余儀なくされ…。
あまりの事に、はなちゃんの両親や…スポンサー達に頭を下げに行く事ばかりの毎日で、忙しく、はなちゃんのことは全て須藤に任せっきりになってしまっていた…。
言い訳にしかならないだろうが、子役の体調管理もろくに出来なかった俺に、1番の責任がある…
はなちゃんが目を覚ましたのは、意識を失ってから1ヶ月後…
意識を失ってから、毎日必ず面会時間ギリギリに滑り込み様子を伺うことはしていたが、目を覚まし…退院してからは、仕事の対応に追われ、一度も会いに行けていない…
(本当に最低だな…俺)
「俺は…失格だよ…大人として…人として」
俯くと、須藤の茶色い革靴が見えた
磨かれているのか、ピカピカと光沢が眩しい…
「…あいつの両親よりは、ちゃんと良い人間してるよ、新崎さんは…
あの家族、父親以外…見舞いになんて一度も来てない」
ハッと顔を上げると、須藤の軽蔑に満ちた顔に、表情が抜け落ちるのを感じた
「道野はなが寝ている間に、4歳になったのは新崎さんも知ってるだろ…。
見舞いに行くたびに看護師達に聞かれたよ…《「あなたと、夜遅くに来る熊みたいな大きい男性…どちらがはなちゃんのお父さんなんですか?」》…嫌な予感って、当たるんだな…
父親は見舞いに行く時数回会ったけど、道野はなの誕生日には来ていない…母親と息子の方なんて、一度も来ちゃいないって受付に確認したら言ってた…
なんのために…あいつは『しんだ』のか、意味わかんねーよ」
ぎりっと、歯軋りする須藤の顔は、まるで『太陽』として子役の先輩として、はなちゃんを心配しているかの様にも見えた
「死んだって…そんな」
大袈裟だな、とは言えなかった
「道野はなの心臓は動いてるけど…新崎さんもわかるだろ?
『道野はな』は、もう死んだんだ、あの日に」
『あの日』と言われたのは…きっと…
「役に飲まれた時点で、道野はなはもういないも同然だ…
俺には、あいつが戻ってこれるとは思えない…
目を覚ましたあいつが、俺になんて言ったか…須藤さん…わかるか?
この1年間の記憶、全部抜け落ちて…ただの3歳児…4歳のガキに成り果てやがった…。
だけど、これだけは言える…怪物はまだ中にいるって」
須藤の衝撃的な発言に、驚く間も無く、次から次へと様々な情報が告げられてくる…
それを爛々と告げる須藤にも、まだ子役として使えるとの発言に安堵する俺にも…
根本的に腐った性根は変わっていないことを、嘆けば良いのか…嗤えば良いのか…わからなくなった
ただ一つ言えることは…
「須藤、あの話…
『主演』として、はなちゃんを使用するって話…必ず受けろ。
どんな『汚れ役』だとしてもな」
そう言えば、須藤は『昔』みたいに笑った
いよいよ、はなちゃんの初主演!!
作品のカテゴリーは迷ってて、フィクションの幼児の殺人犯か、ノンフィクションの天才ピアニストの幼少期役か、また家族系のかわいそうな鬱系ラストの主人公か…
上記OR上記以外のカテゴリーで希望あれば、是非是非教えてくださいね!




