誰が為に誰かの視点
お久しぶりです。
今回は趣向を変えてみて、何者でもない誰かの視点です
その作品を見たのは偶然だった
妹が契約した定額制の動画配信サービス『ネットクリックス』
いつもは、テレビや映画なんて見ない私だったけど…
その日は、いつもより仕事で疲れていて…次の日は休みだったから…何となくリモコンを手に取っていた
ただ、ぼーっとながら見くらいでちょうど良い作品を探してた
タイトルも何も見ずにジャケット写真だけ見て、決めようとしてたから、特に意味もなくリモコンの右側のボタンを押し続けた
いつもオフィスで飲むエナジードリンクをテーブルに置いたけど飲む気になれずプルタブにも指が触れないまま、ぼんやりと作業的にリモコンを押し続けていた
そしたら、目が合ったんだ…
頬を擦りきらせ血を滲ませて、真っ黒く塗りつぶされた絶望に染まる瞳から大粒の涙を溜め込み、引き攣った様に無理やり笑顔を作る、小さな女の子と…
『ひまわり家族』
何の変哲もないタイトル…監督の名前にはひと昔に天才だと持て囃されていた『ニノマエ フミト』の文字…
ニノマエ作品は有名だ、ハッピーエンド主義の代名詞と共にニノマエ フミトは映画界のトップに君臨するほど…
まあ、見たことはないから知らないし、全部人伝の情報だけど…
あんまりハッピーエンドは好きじゃない身からしたら、気は乗らないな…とか思ってたけど、いつの間にか再生のボタンを押していた。
多分だけど、きっとジャケット画像の女の子が主人公なんだろうなって思うと、無性に見なければならないって思っちゃったんだよね…不思議。
でも、見なければよかったって後悔してる
何がハッピーエンドよ…ふざけんな
あんな胸糞悪い作品、見たことない…
『るるか』だけが不幸になって…主人公たちは笑って幸せになってるなんて、誰が望むの?
『るるか』の装いを見たら、『虐待児』だってすぐにわかった
顔のあざや、他の子供と比べて小さくてガリガリな体…
くたびれて伸びきった服に、ザンバラにきられた髪
『普通』の幸せを当たり前の様に享受している『ユミ』に嫉妬しながらも悲しそうに顔を歪めてる姿には胸が痛かった
『るるか』が『ユミ』に対して涙を堪えながら訴えているシーンなんて苦しくて悲しくて涙が止まらなくて…何度も途中で停止した
それでも飛ばそうとしなかったのは、『るるか』の事を目から背けてはいけないって、きっと本能が叫んでいたからだと思う
『るるか』が可愛そうで、唇を噛み締めて涙を流していたら、口内が血の味になって、それでも力は弱まらなかった
『「あんたなんか…だいっきらいっ」』
ぼろっとこぼれ落ちた大粒の涙に、その瞳に…
私は魅了されるしかなくて、途端に絶望に染まる『るるか』の瞳から光が消えた…
それから、『るるか』の登場シーンはなくて…
つまらない家族の面白みのかけらもない温い家族愛について長々と語られた…
主人公の母親が、無事に出産して…大輪のひまわり畑の真ん中で、、家族みんなで集合写真を撮影し、幸せそうな笑顔で幸せを体現し…作品は締め括られていた…
疑問も残るし、気持ち悪い作品だとも思った…
エンドロールが流れる中…『るるか』の名前には子役の名前が書いておらず…ただそこにあるのは役名であるはずの『るるか』だけだった…。
そして、エンドロールが晴れた時…作品がまだ終わってないことに気づく…
シーンが晴れて、再び見慣れた幼稚園の姿
花壇にはお利口さんに5本のひまわりが風に揺られ生き生きと咲いていて、青々とした空は雲ひとつない…
休日なのか、子供特有の高い声は一切聞こえず、ただ風の音が緩やかに微かな音を鳴らした
すると、どこからかテレビの音が聞こえてきたんだ
テレビの音はだんだん大きくなり、はっきりと聞こえるくらいまで聞こえてきたら、いつの間にか幼稚園の職員室の画面に切り替わった…
誰もいない職員室に、一人でに流れるニュース番組の音…
『「河川敷に打ち上げられた幼児の遺体が発見されてから、今日でちょうど1ヶ月…ようやく幼児の遺体の身元が判明しました。
幼児の身元は、稲瀬 るるかちゃん5歳
るるかちゃんの死因は、頭部が陥没するくらいの外傷と飢餓でした。
解剖の結果、数日間食べ物を食べておらず、胃の中も空だったと言います。
当時5歳のるるかちゃんに、十分な食事を与えず放置し衰弱死させた容疑で母親の稲瀬 志乃容疑者、また何度も身体的に暴行を加えたであろう容疑で16歳の長男も捜査員に連れられ事情聴取を受け、事件の捜査を進めているとのことです。
続いてのニュースは、昨日から開園したひまわり畑についてです!…−」』
緩やかに、フレームが暗くなり、作品はそこで終わった…
私、気づいたらトイレにいて…便器の中に胃の中のものをぶちまけてた…どうしようもなく苦しくて、吐いては泣いてを繰り返して…喉が胃液で焼けるまで吐いたんだっけ…
次の日は休日だったし、昼過ぎまで寝ようと思ってたのに…
寝られなかった…気持ち悪くて仕方なかった…
今を普通に生きていられる事が…心底ほっとして…『るるか』の顔を思い出すと震えが止まらなくなった…
可哀想な『るるか』だけど、それ以上に気持ち悪かった…
愛して欲しいと全身で訴えていた『るるか』の最後が…あんな結末なんて…『不幸』でしかない…ハッピーエンドは嫌いだけど…こんな鬱エンド…もっと嫌い…
心のどこかで、期待していた…『るるか』が幸せになる未来を…
ハッピーエンド主義者の『ニノマエ フミト』なら…きっと『るるか』を幸せにしてくれるって…勝手に信じてたのに…
ダメ…ダメだから…
『るるか』を幸せにしてよ…じゃないと…許さないから
トイレからようやく這い出た私は、仕事用の鞄からパソコンを取り出し…普段は使わない様なツールをインストールしていた…
☆
「おい…レビュー欄といい…評価最悪だぞ、この映画…本当に見るのか?」
「当たり前じゃん!こんなに低評価の癖に再生回数エゲツないのよ!?噂では閲覧中止になるって聞いたし、これは見ないと!!
そんでもって、早く映画の感想をブログに載せないと!」
「はいはい…人気ブロガー様の仰せのままに…」
☆
「先生…原稿の受け取りに伺ったのですが…せ、せんせい!?」
「うるさい!早く持ってけ!」
「珍しいですね、先生がそんなに真剣に…」
「黙れ!!早く消え失せろ!!」
「え?え…はい」
☆
「ねえ!この映画見た事ある?」
「ん?何それー」
「まじでヤバいらしいよ!ネットクリックスの奴なんだけどさ、アイドルのユメリちゃんが『鬱になりそうだった』ってラジオで紹介しててさ!」
「何それ〜ウケんだけど」
「だしょ?だからパパにお願いしてネットクリックス契約してもらったんだ!!」
「え!?ガチやん」
「今日、ガッコー終わったら一緒に見るっしょ!」
「ありありのおけ」
「よし決まりんりん」
☆
「うわっ」
「何だよ、急に…雑誌見てそんな嫌な顔してよ…」
「いやさ、この前…この作品さ…兄ちゃんと見てから…ちょっとマジでむりだったんだよ」
「は?そんなに面白くなかったのか?」
「いや…そういうのじゃなくて…すっげー可哀想なんだよ…。自分の事じゃないのに…すっごく苦しくなって気持ち悪いんだ…」
「何だよそれ、大袈裟だろw、まあ、この雑誌にも酷評されてるみたいだし、駄作だったんだろ…きっと」
「…駄作じゃない…」
「いや、面白くないなら全部駄作だろ」
「…説明出来ないけど…さ、違うんだ…。
お前も見てみろよ…死にたくなるから」
「は?」




