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『るるか』と『太陽』

書きたかった

書きたくなかった

 

 

 ダメ…やっぱりダメ…

 

(うまく演技できない…)

 

 心境にモヤつきが取れず、思わず顔を顰めてしまう

 

 新崎から受け取ったクレヨンで新しく『あざ』を顔に描きながら、申し訳なさそうな顔をしている新崎に目を向ける

 

「新崎さん…今の私の演技どうだった?」

 

 そう尋ねると、新崎は少し黙り込んだが、巨体を震わせて口を開いた。

 

「相変わらず、凄かったよ…。感情も表情も…あの数フレーズだけで全て引き込まれた…。」

 

 新崎は真剣な顔で返答してくるが、正直…求めている答えとは違ったので、追問する為に口を開くが…思った以上にか細い声が出た

 

「『舞』と、どっちがよかった?」

 

 私らしくもない、自信なさげな声色に、自分自身…少し驚いた

 

 新崎の表情を盗み見るように伺うと、やはり想像していた通りの難しい苦い顔をしていたから…ちょっと落胆した

 

「しょうがないんだよ、はなちゃん…。

 雪と蝶は既に人気作品だった…だから、テレビ局の力の入れようも凄かったし、配役も豪華だった…。それに『舞』は主要人物だったし、カット数だって『るるか』より多かったんだ…だから仕方ない…」

 

 気を遣っているのか大袈裟に手で表現して私の様子を伺う新崎に心底嫌になる

 

(『舞』の時みたく意識を全て、『役』に委ねてしまうと…自分自身…見失う危険性もある…台本を丸っ切り無視しての演技になって使い物になるわけない…『役』に乗っ取られる訳には行かないのよ…)

 

 ぎりっと唇を噛むと、犬歯が浅く薄い皮膚を噛み切った

 

(『舞』のときは、『稲田孝作』に助けられただけ…あの人以上の脚本家…これから数年は現れないくらい…)

 

 『雪と蝶』の脚本家、稲田孝作…彼は本当に『天才』だと思う。

 

 私が『暴走』してアドリブで演技をした時も…普通なら『役』に入り込みすぎて、今まで築き上げてきた作品の趣向や世界観に違和感を与えてしまうのに、『稲田孝作』の台本は…私の『暴走』を、まるでそれが当たり前かのような自然さを生み出していたの…

 

 全ての登場人物の小さな癖や考え方、性格を正確に構成させないと、こんなに自然にはならないでしょう…。

 

 彼の作品には、全て『それ』があった。

 まるで登場人物が、『稲田孝作』本人だったかのように、キャスティングから、台詞の言い回し…仕草に至るまで、演者の癖を全て織り込んだ、熟知した構成。

 

(あのアドリブの指示も、今思えば私の癖を知ろうとしてたのね)

 

 最初は、アドリブを指示されたとき気でも狂ったのかと思ったけれど…、稲田孝作なりに『わたし』を理解しようと演技ではなくありのままを見ようとしていたんだと思う。

  

 『雪と蝶』は、確かに前回のときは『駄作』と言われた代物だったが、それは稲田孝作が『諦めた』からだ。

 今回の『雪と蝶』は諦めなかった…だから私も、自分を『捨て』演技に没頭できた。

 

 

 稲田孝作が、どうしてこの世界から引退したのかなんてわからない…前に須藤が言っていた『私のせい』だったらすごく悲しい…

 

 稲田孝作の作品なら、私は『自由』に演技出来ていたと思う 

 

 だからこそ、私の『実力』を出し切るための『武器』が亡くなったんだと思うと悔しいし、やるせない。

 

(『るるか』に全て身を投じるのは、自信がない…)

 

 『るるか』の人物設定には限りがあり過ぎる…何より、残り1カット…

 

(最後の長回し…私は『最低』をどう演じる?)

 

 『るるか』の最後のシーンは、主人公の妹『ユミ』に暴言を投げかけ罵詈雑言を絶叫する場面…

 

 主人公である『葵』が、『るるか』を突き飛ばし、尻餅をついた『るるか』は号泣する。

 そして、『あんたなんて、大嫌い!!』と『ユミ』に向かって叫び、シーンは終わる。

 

 それ以降、『るるか』の登場シーンはなく、私の出番は終了だ。

 

(アドリブもない…一言一句決められた台詞…)

 

 台本を開いて、『るるか』の台詞を指でなぞる

 

 どんなに、感情移入したとしても…

 

(『るるか』は、こんな事言わない…)

 

 この台詞は『るるか』の物じゃない…。私は『るるか』になりきれない…このままじゃ


 喉がカラカラになって、新崎に水をもらおうと手を差し出す

 

「新崎さん」

 

 声をかけるが、一向に新崎の視線は私に向かない

 

「新崎さん?」

 

 不審に思い新崎の視線を追うと、そこには『本物』がいた…

 

 前回の私が、憧れ…慕い…夢見た人…

 

 キラキラと、目の前の光景が輝きに満ちた

 

 

「に、、ニノマエ、監督?」

 

 吃音まじりの言葉を発しながら、目をかっ開いてしまう

 

(ホ、本物だ…)

 

 ボサボサ頭に長めの前髪から覗くキツめの目

 

 前回のとき、テレビ越しに見たニノマエ監督より若い風貌をしているが、間違いなく本人だ…

 

(うわぁ…うわぁ)

 

 ボボボッと顔に熱がたまる感覚に、頬が熱くなる感覚に自覚する

 

(本当に、本当に、ニノマエ監督の作品に出てるんだ)

 

 胸の高鳴りと、早く脈打つ鼓動に、つい心臓へと手を当てる

 

 前回からの憧れだったニノマエ作品への出演

 

 実感がなんとなく沸かなかったけれど、今ようやく理解した。

 

 自分が憧れのニノマエ作品に出演しているという事実に歓喜した。

 

 嬉しくて、思わず持っていたクレヨンを手放す

 

 ポロ、と落ちていく紫色のクレヨンは地面に落ちると、既に短かったのに更に二つに折れたけれど、そんなの気にならない

 

「…はなちゃん、ニノマエ監督に挨拶しに行こうか」

 

 新崎が、なんだか緊張した面持ちで声をかけてきたので、私は今日一番の元気の良い返事をした

 

「はいっ!」

 

 弾んだ声は、いつもよりワンオクターブ高く、裏声まじりに鼻についていた…。

 いつもの私の返事にしてはぶりっこ過ぎるけれど…今はこれで良い…。

 

 だって、しょうがない程…嬉しいんだもん。


 

 

 

 

 ☆

 

「こんにちは、ニノマエ監督…この度はうちの『はな』を起用してくださってありがとうございます。

 僕は、はなちゃんの所属事務所の部長をしております、新崎です。」

 

 大柄の熊のような男、新崎が、引きつった笑みを浮かべ挨拶しにきた。

(部長?…『天才子役』のマネージャーは、役職持ちしか務まらないってことか?)

 

 部長クラスの人材が、子役のマネージャーを直々に引き受けていると言う事案を少し不審に思い、眉を潜める

 

「ほら、はなちゃん…ニノマエ監督に挨拶しような」

 

 新崎の足元に隠れている、幼児…

 

 

 基『怪物』は、いそいそとゆっくりと俺の前に姿を現した

 

 ざんばらに切られた髪の毛は、ふわふわと揺れ、目鼻立ちの良い容姿は目を惹かれるものがあった

 釣り上がり気味の瞳を縁取る長く量の多い睫毛はクルンと上向きで、血色の良い頬は赤らんでいる

 唇もさくらんぼのように色づき、口端からはほんのり血が滲んでいるのが目についたが、形が良く口角も左右対象に上がっていた。

 鼻筋もすっと通っていてツンと尖った鼻先は海外の女優のように綺麗な形をしていた。

 瞳の色も色素の薄い琥珀の色にも見えるし淡褐色にも見える薄い茶色をしていた

 

 一際、目立つその容姿に呆気に取られたが、すぐに冠を振り煩悩を打ち払う

 

 

「は、はじめまして!道野はな…5さいです!ニノマエかんとくの作品…だいすきです!こんかいの撮影もがんばります!」

 

 舌足らずに、頬を赤く染めながら懸命に言葉を紡ぐ幼児に、少し毒気が抜かれる

 

(…これが、『怪物』?)

 

 身なりは、かなりボロボロだし顔も『あざ』付きだ

 

 それに、どこからどう見ても『普通の5歳児にしか見えない』

 

 容姿はかなり整っていると思うが、それを抜きにしても…

 

(あの『舞』には見えんな)

 

 普通の子供にしか見えない目の前の『道野はな』に、天才である『太陽』のようなオーラはない…

 

「…ニノマエかんとく?」

 

 不思議そうにこちらを見上げる道野はな

 

(…騙されるな…相手は『怪物』…)

 

「…期待するだけ無駄だ…俺は君を『認めない』」

 

 キツく睨みつけると、道野はなは呆然とし、口をぽかんと開けていて…何を言われたのかわからないとでも言うような表情をしていた…。

 

「…撮影を始めよう」

 

 キラキラとした目を俺に向けていた道野はな

 

 普通のファンとして、俺を慕ってくれているのなら嬉しい事この上ないが…

 

(あの子は、『役者』だ…。)

 

 『太陽』の二の前にならないように…あの子の瞳から光を失わせないように…大人として…引導を渡さねばならない…

 

 道野はなと目が合う前に、俺は急いで背中を向けた…

 

 あの子の目は、なんだか恐ろしくて嫌いだったから…どうしても目を合わせたくなかった…それだけだ…そう、だから『太陽』を思い出すわけない…『あの子』は普通の子供かもしれないんだから

 

 

 ☆

 

 

 

(怒りを…込めて)

 

 今の私には、『るるか』の怒りで満ちている

 

 

 

 カチン

 

 


 

「なんで!?あんたはブスでデブで邪魔なのに!るるか、あんたの事だいきらいなのに、なんであんたは楽しそうに生きてんの!?むかつく!あんたみたいなバカ、生きててもなんの意味もないじゃん!

 気持ち悪いのよ!消えて!!」

 

 ごうっ!!と捲し立てる様に叫ぶと、髪の毛が逆立つのを感じた

 

「そ、そんなこといわれ、てもっ、うぅ」

 

 目の前の『ユミ』がボロボロと涙を零し、続くセリフが出てこないでいる

 

 『るるか』は、ギンつ!!と目を釣り上がらせ、『ユミ』を睨みつけながら肩で息をする

 

 『ユミ』は、最初は小刻みに震えて泣いていたのに、だんだんと大きく震え声を叫び号泣し始めた

 

「は?」

 

 つい、『るるか』ではなく、『私』が出てしまい、思わず声が漏れた

 

 

 カチン

 

 間抜けなカチンコの音が聞こえて、バッとニノマエ監督へと顔を向けた

 

 幼稚園の教室に差し込む昼間の日差しは暖かく、目眩さえもした

 

「カット…テイク2は『ユミ』が泣き止んでから」

 

 すん、と澄ました顔のニノマエ監督…

 

(くそ、『ユミ』のせいでっ!!)

 

 悔しくて歯軋りを鳴らすと、ニノマエ監督は、口を開いて淡々と喋り始める

 

「『ユミ』はオッケー、『るるか』は、もっと感情の抑揚にメリハリ入れて」

 

(…え?わたし?わたしなの?)

 

 絶対に、『ユミ』がNGを出したとばかり思って、つい間抜けな顔を晒してしまう

 

 周囲も、ざわざわと物議を醸している雰囲気だし、なんだか少しモヤモヤする。

 

「は、はい!がんばります!」

 

(せっかく、ニノマエ監督がアドバイスしてくれたんだもん!がんばろう!)

 

 次で決めてみせる!と意気込むと、さっきの『るるか』の演技を振り返った…

 

(さっきは、怒りを込めて怒鳴ったけど、メリハリって事は、怒鳴るだけじゃダメってことよね?)

 

 怒りと嘲笑…『最低』を演じるには、少しの喜色を入れるべきかしら…

 

 きゅっ、と拳を握りしめ次のカットに向けて口角を片方上げて笑って見せた

 

 

(次で決める!)

 

 

 ニノマエ監督に認めてもらうんだ!

 キラキラとしたフィルター越しのニノマエ監督とは目が合わないけど、次でちゃんと『できる子』だと認めて貰うんだ!

 

 

 

 

 そう、そんな風に意気込んでたのも…

 

 NGが二桁を超えた辺りで気持ちは消え失せた…

 

 体感は、もう10時間くらい経っている感じなのに、まだ三時間も経過してない…

 

 たかが、ワンカットで三時間…

 

 目の前が線香花火の火花のようにチカチカとぼやけ始めて、初めてわたしの体が『3歳児』だっていうのを自覚した…

 

(…なんで?なんで?)

 

 

 カチン

 

 

 数十回目のNGで、わたしの声はガラガラに枯れて、周りの目が冷たくなってきた時、わたしは前回の光景を…トラウマを思い出した…。

 

 初めて、『嫌な奴』を演じた…あの時の撮影…

 

 取り直しが嵩むたびに、冷たい視線が突き刺さり…発狂寸前まで追い込まれた…あの日…

 

「あ…ぁ…」

 

 手指が冷たくなる、空気が…ひんやりと身を芯まで凍らせ…

 もう、何もかも…怖くなった…

 

「…『るるか』…次で決めないと、このシーンは大幅にカットする…。今から一時間ほど休憩を挟むが、それまでに『るるか』になれなければ…もう『るるか』は必要ない」

 

 つんざくような言葉の槍が心臓に突き刺さった

 

「へ…?ぇ、な、なんで?」

 

 ガラガラの喉から搾り出すように声を出すが、ニノマエ監督にはそれさえも届かず、背を向けられてしまった…

 

 

(私の…私の何がいけないの?)

 

 『るるか』を演じれば演じるほど…私は『るるか』に近づいているはずなのに…なんで?

 

 『るるか』は怒ってるのよ?『ユミ』が嫌いで…『ユミ』が羨ましくて…『るるか』にはないものを『ユミ』が持ってるから…だから…

 

「はなちゃん」

 

 気配がないはずの背後には、いつの間に誰かいたようで心臓がはねた。

 

 バッ、と振り返ると、

 

 振り返ると、新崎がいた

 

「少し散歩しに行こうか…」

 

 指差す教室の外は、少し日差しが弱まり、空の色がだんだんと鼠色に変わりはじめている

 

 

「雨が降る前に、少し出よう」

 

 気を使っているのか、新崎がなんとも言えない微妙な顔をしながら外へと指をさす

 

「…」

 

「はなちゃん…お願いだから…何も言わずについて来て欲しい」

 

 意を決したかのように真剣な顔の新崎…

 

「…いいよ」

 

 もう、なんでもいい

 

「…」

 

 新崎が無言で先頭を歩く…私もそれに釣られて足を進めた

 

「はなちゃん…前に、言ってたよね…マネージャーは須藤が良いって…」

 

 唐突に、新崎が須藤の話題を振ってきた

 私は、何も言わず…新崎の言葉を待つ


「…実は、須藤について…話しておかないといけないことがあるんだ…はなちゃんが…本当に、須藤をマネージャーにするなら」

 

(なに?なんなの?なんで今なの?)

 

 ふつふつと怒りが込み上げ、「私、今自分のことで大変なんだけど」と伝えるべく、口を開きかけた時だった

 

「…須藤は、『  』なんだ」

 

  

   

「は?」

 

 

 突然の発言に、頭が真っ白になる

 

 

「本当は、誰にも伝えてはならないと…ずっと思ってた…でも、はなちゃんが…あの頃の須藤と同じで…とても見ていられなかった…。

 

 はなちゃんが、それでもまだ…これを聞いても須藤をマネージャーにしたいなら、俺は責任を持って、その願いを叶えよう…。

 

 

 どうしたい、はなちゃん」

 

 

「な、なんで」

 

 今日は、疑問ばっかりの一日…

 

 なんで、なんで、なんで

 

 

 そればっかり…私はなんでこんなにわからないことがあるんだろう…私はなんで2回目の『わたし』を上手く演じれないんだろう

 

 

「なんで、今…そんなこと言うの?」

 

 

 なんで、私に、追い込みをかけるの?

 

 なんで?

 

「必要だったから…今のはなちゃんには…理解者が…

 

 それが、俺は『須藤』だと思った…」

 

「それを…私が…信じられると思う?

 

 信じるわけないじゃん…だって、だって!!!

 

 私が一番憧れてたんだよ!『太陽』に!!





 

 須藤が『太陽』なんてっ、信じられるわけないじゃん!!!」

 

 

 

 ガラガラの声を荒げると、ひっくり返ったキンキンの悲鳴にも似た音がした

 

 砕けた心が濾過できなくて、喉の奥で苦しいと悲鳴が悶え苦しんでいる。

 

 

 

 

「俺だって、信じたくねーよ」

 

 

 後ろから、今一番聴きたくない声が聞こえた…

 

 

 

  

須藤=太陽


は、須藤が登場した時から決まってました。

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― 新着の感想 ―
[一言] そーかなとは思ってた。 物語の構成上最も順当な配役だろうなと。 この物語がアナザーエンドでありハッピーエンドではあり得ないなら、残るのはバッドエンドのバリエーション。 では、これからの須藤は…
[一言] まじか·······
[一言] うわぁ… うわぁ
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