『ひまわり家族』中編
枯れ木に花を咲かせましょう。
「…撮り直し…ですか?」
今回の撮影のサブ監督、入山さんが困った顔をしながら禿げ上がり光沢を放つ頭部に手を当て俯いた。
「ごめんな、新崎くん…。」
理由はなんとなく察してはいたが、一応聞いとかないといけないので、形式として口を開いた。
「何故ですか?うちの『るるか』のどこがダメだったのでしょう?」
そう言うと、入山さんは顔をさらに情けないものにして、眉毛をさらに下へと下げた。
「ダメなところは一つも無いさ…ただ…『凄過ぎた』んだ…。」
悔しそうに俯く入山さん。
(この人も大変だな…。)
入山さんは監督歴20年以上のベテランだ。
人柄も良く、芸能界の共演者も彼に対して好感度は高い…。
重い一重の目はいつも眠たげで、何かのキャラクターに似ている様な気もして愛嬌もある。
実力も申し分なく、携わってきた作品も数多い。
そんな彼だが、優し過ぎるあまり損をする事も数多くあった。
きっと今回だって、上に何か言われて来たんだろう。
(汚い役目を押し付けられてかわいそうにな…)
「…『るるか』は脇役でしか無いのに、あんな数秒のシーンで主要人物を空気にした…もし、このまま脇役に主役が食われたら、この作品は本当に『駄作』になるだろう…。」
辛そうに言葉にする入山さんに、『るるか』の演技が主役の子役よりも上だと遠回しに伝えられた。
「…入山さん…。入山さんは、先ほどの『るるか』を見て、どう思いましたか?」
驚いた様に顔をあげる入山さんを信じてかけた言葉だが、入山さんは理解してくれるだろうか…。
表現力についての指導は折り紙付きの入山さんが気がつかないとは思わないが…。
査定する様な目つきで入山さんを見やると、彼は真剣そうに唇に指を当て静かに口を開いた。
「…『るるか』からは強い『嫉妬』を感じたよ。あのシーンは台詞もなければアップして抜く訳でもなかったのに、手前にいる、ユミと母親よりも、奥から睨んでいる『るるか』に目が行ってしまった…。まるでピントが『るるか』にしか合っていないとでも言う様に、手前の二人は、まるで『るるか』の為の脇役だったんだ…。」
難しそうな顔をしながらも的確に言葉を連ねる入山さん
「何よりも…『るるか』には違和感しかなかった。
体に合わない大きめの男児用の服…、ユミと同い年の設定の筈なのに、明らかに違う体格差。母親が迎えに来たユミに対して、憎悪と嫉妬で埋め尽くされた瞳…。
あれのどこが脇役なんだ…あのシーンを見れば、視聴者は思うだろう…。
『あの子はどんな子なんだ。』…。現に俺も思ったさ…だけど結局『るるか』に与えられたのは3カット…。『るるか』と言う人物像を伝えられる訳がないんだよ…たったの3カットじゃあな…。」
だからこそ、このチグハグさで駄作となる…。
入山さんはそう言いたいのだろう。
確かに、『るるか』には引き込まれた…。たったの5秒で。
主要人物と比べて演技力に差があり過ぎることを入山さんは危惧しているのだろう。
『るるか』の演技が輝けば輝くほど、主役陣の演技がチンケなものに見えてしまうのは仕方がない。
雪と蝶では、ベテランの俳優と女優だったからこそ、演技にムラがなく完璧なものとなっていたが、今回の『出来レース』で選ばれた主要人物達は、圧倒的に場数や実力が足りていない。
このままでは、圧倒的な才能の『るるか』に作品を潰されるのも時間の問題だろう。
「…生憎、この雨のせいで今からすぐの撮り直しは出来ないが、次の撮影の時にまとめて撮るから『るるか』にも伝えておいてくれないか?」
申し訳なさそうに眉を下げ、真っ暗な雨降りしきる窓ガラスの外へと目を向けた入山さん。
「…次回までに、気が変わることを祈ってますよ。」
入山さんの言いたいことは痛い程わかる。
芸能界に携わっていると、才能が生かされないケースだって五万とあるのに、何故か今回だけは異様に納得がいかない。
『るるか』が飛び抜けて異常なのは撮影する前から知っていたことなのに、撮り直しになる可能性だって想定していた筈なのに、どうしてか、納得が出来ない。
(…『るるか』はこんなモノじゃないだろ…)
謎の信頼感と、期待と失望。
「っ…、ハハッ…参ったな。」
「?…新崎くん、どうしたんだ?」
突然笑い出した俺に、入山さんは不思議そうに尋ねて来た。
「いえ、失礼しました、なんでもありませんよ、なんでもね…。」
取り繕う様に笑うと、入山さんはそれ以上何も言ってこなかった。
ふりしきる黒い雨空を見上げながら、『るるか』について考えた。
(『るるか』の残りの出番は、明後日の2カットのみ…そこまでにどうにかしないとな…)
『上手く』演技をしろと指導はした事はあるが『下手に』演技しろとは言ったことは今までなかった。
(まあ、言って聞く様な相手なら苦労もしないんだがな…)
「一応、『あのこ』には指導しておきますね」
困り顔の入山さんに笑顔を向けると、安心した様に笑った
「助かるよ…明後日の撮影からニノマエさんも来るそうだから」
ピクッ
「…ようやくお出ましですか」
「うん、あのニノマエ作品なのに何故か撮影初日にしてニノマエ監督が不在だって現場が荒れてたんだけど、撮影五日目にしてようやく登場だよ…、サブで僕が控えてたからなんとかなったけど、これ以上の撮影は流石にニノマエ監督がいないと厳しいからね…。
演出家の土井さんが寝ずに探し回ってくれたみたいで本当に頭が上がらない…」
ため息を吐きながら遠い目をする入山さんを見て、やっぱりなという心境だ。
(…おかしいと思ったんだ)
この撮影自体2週間弱の日程であるから、今日が撮影日3日目にして、起承転結で言えば『起』が終わったところだ。
今までのニノマエ作品は、サブ監督なんて用意されず、ニノマエ監督一人だけで撮っていた為、今回、入山さんがサブとして監督補佐に回っている時点で、少し違和感があったが、今日の撮影現場で違和感の正体に気づいた。
(ニノマエ監督、この作品を撮りたくないのか?)
ニノマエ監督は常識人という印象が強い中でのストライキに近いこの行動に、そう思わざるを得なかった。
普通なら、撮影現場に監督がいないというのは考えられないし、一言で言うなら職務放棄でしかない。
「うちの『るるか』も喜びますよ…なんてったってニノマエ監督の大ファンなんですから」
撮影前にニノマエ監督に会えると嬉しそうにしていた『るるか』を思い出すと、不思議と頬が緩んだ。
「うん、ニノマエ監督も驚くだろうね…」
含みのある笑顔を向けて来たので、こちらも他所行きの笑顔で応戦した。
入山監督に一言断りを入れ、『るるか』が待つ控え室へと足を向け、ドアを開けようと手を伸ばした控え室の中から耳に残る不安な音がした。
ジャギンッ!!
☆
「…は?」
ジャキンッ!!
(うーん、キッチンバサミだから切れ味悪いな〜)
ジャキッ
「ちょ、ちょっと!?はなちゃん!?」
ジャギ…
手を止めて、入り口を見ると新崎が面白いくらい顔を真っ青にして立っていた。
「あ!新崎さん!お疲れ様です!」
にこっと可愛く笑うも、新崎はより一層顔を青くさせた
「はなちゃん…なんてことを…」
新崎の視線が床に向けられ、散らばった私の『髪』を凝視している。
内心‘ニヤニヤとほくそ笑むと、極め付けに前髪を鷲掴みにして、ハサミを入れると、新崎は顔をより一層真っ青にして手を伸ばして来たので、私は嬉々としてハサミを持つ手に力を込めた。
ジャギん!
可哀想なくらい青い顔をしている熊の様な巨体を縮こまらせている新崎に向けて飛びっきりの笑顔を向けると、新崎の顔は大きく歪んだ。
「これで、『撮り直し』出来ないね!」
語尾に音符が付きそうなくらい弾ませると、新崎は化け物を見る様な目つきで私を見る。
「…聞いてたのかい?」
恐る恐ると言った様子で訪ねてくる新崎に鼻で笑ってやる
「…少し考えればわかりますよ…あのシーン撮った後にすぐ監督さんに呼ばれたんだもん、『るるか』が他の演者よりも目立っちゃったし、普通の監督さんならまず撮り直しするでしょう?」
流暢に話す私に、新崎は畏怖の視線を向けてくる
5歳児がこんな流暢に喋ってたら普通に怖いものね?
でもね、もし仮に私が普通の5歳児みたく新崎の言うこと成す事を全て頷いていたら、私をまた『捨て駒』にするでしょ?
そんなの受け入れる訳がないのよ…一度死んだ私にそんな余裕はない。
捨て駒にされた前回があるからわかるの、捨て駒にされる奴は大抵『バカ』だって。
前回の私は『バカ』だった。
何も知らずに疑いもせずに無知で純心で、汚い大人に使い潰された、ただの子役の成れの果て…。
(私は同じ失敗を繰り返さない)
肩にかかった髪を床に払う
「新崎さん、私はもっと上手くなる…。
だから、『貴方なんかが』私の足を引っ張らないでね…」
歯をむき出しにして笑って見せたけれど、思いの外歯を食いしばってしまい、ギリっとした音を立てた。
新崎は口をパクパクと開閉し気持ち悪そうに私を見ていた。
そして、化粧台に置かれていた紫色のクレヨンを片手に持ち先端を新崎に突き向けた。
「作戦会議…しましょっか」
(どうせ今回も『嫌な奴』にしかなれないなら、私はとことん『悪者』を極めてやる。)
台本を貰ったあの日から、今回も『嫌な奴』から逃げられない事を悟った。
あんなにも嫌だった『嫌な奴』。
逃げ出したくても逃げ出せなくて、結局受け入れてしまった前回の教訓を踏まえて、私はまた演じるの。
『嫌な奴』でしか生きられないなら、もうそれでもいい。
生きられるなら、幸せになれるなら、愛されるなら…
私は『嫌な奴』を受け入れる。
その為なら、誰かが不幸になっても構わない。
「『るるか』はこの作品の主役なんだから」
誰でも自分の人生の主人公というのなら、私だって『るるか』だって、主人公のはず。
だからこそ、私は『るるか』に与えられたわずかなシーンで『るるか』が主役だという認識に変えてみせる…。
メラメラと燃え盛る胸の奥の灯火は勢いを増して衰えることを知らない。
「さあ、『るるか』に意味を持たせましょう!」
今度は私が利用する番だから…。




