怪物的、子役の作り方。
たくさんの人に読んで貰えたら嬉しいです!
私、知ってたの──私が一度、死んでたこと。
でも、今の“衝撃”で思い出したの。
すべてが始まった、あの瞬間を。
“ゴツン”って、記憶の蓋が外れたの。
車の急ブレーキとともに、頭をガンッと窓にぶつけたあの瞬間。
世界が揺れて、視界が滲んだ。痛みで涙が浮かんだけど、私の心は、不思議なくらい静かだった。
(……あ。戻ってきちゃったんだ)
助手席のママが、明るくパパを怒鳴る。
「もう、パパ!信号見てなかったの?」
「ごめんごめん、つい……ユズル、大丈夫か?」
後部座席のチャイルドシートに座る兄・ユズルが、はきはきと答える。
「うん!へーき!このチャイルドシート、じいちゃんとばあちゃんが買ってくれたんだ〜!」
真新しい青いチャイルドシート、7歳の兄には必要ないであろう座席で、兄はニコニコしていた。
何の疑いもなく、“自分が守られる側”だと信じきっているその顔が、まぶしかった。
そんな“完成された家族”の会話を、私はぽつんと聞いていた。
まだ体に合わないブカブカのシートベルト。痛むおでこをさすりながら、ぼんやりとフロントガラスの向こうを見つめる。
「……ちゃんと掴まってなさい」
視線を一瞬だけ私に向けたパパが、低い声で言った。
優しさのない声。ああ、そうだった。私は、ここでも“余計な存在”だったんだ。
窓の隙間から吹き込む風が、色素の薄い髪をさらりと揺らす。
眠気と、痛みと、よみがえる記憶。
あぁ、そうだ。
私……とっくに死んでたんだ。
ずっと、幽霊としてこの世界にしがみついて、何十年も彷徨っていた。
そして、今。
私は“あの時代”に戻ってきた。
──私はかつて、子役としてそこそこ名の知れた存在だった。
けれど、その“才能”は誰かのためのものだった。
大人たちは、私の演技や顔を都合よく使い、そして飽きれば捨てた。
成長すれば、「生意気そう」「もう需要がない」と言われた。
努力して磨いた技術も、「元子役だから」で片付けられた。
稼いだお金も、兄・ユズルの医療費や旅行費用に消えた。
私の意見なんて、誰も聞かない。
唯一の家族にさえ──私は“役割”でしかなかった。
そしてあの日、“役割”を終えた瞬間に、私はただの“負債”に変わった。
そのことを家族は、暴力という形で教えてくれた。
……そして死んだ。
机の角に後頭部を打ちつけて、意識を手放す寸前。
見えたのは、私を見捨ててユズルに駆け寄る家族の背中。
(ああ、やっと終わったんだな……)
と、思った。
でも、それは終わりじゃなかった。
私は“残って”しまった。
幽霊になって、自分の死後の世界を眺め続けた。
誰にも気づかれず、誰にも触れられず、ただ見つめ続けるだけの日々。
そして気づいてしまったの。
この世界には、“知らなかった真実”が山ほどあった。
信じていた人の裏切り。嫌いだった人の、本当の事情。
──私は、何もわかっていなかった。
ずっと、心がざわついていた。
(やり直したい……)
(今度は、自分のために生きたい……)
強く、強く願った。
涙も出ない、魂だけの存在だったのに。
最後に見えたのは、まっすぐな光の道と──
優しい声。
『行っておいで。今度は、後悔しないように』
その瞬間、世界が反転した。
──そして今、車の中で頭を打った衝撃とともに、私は目を覚ました。
まだ手も足も小さい。
髪はふわふわで、睫毛に前髪が触れる感覚が懐かしい。
(そっか。私は……戻ってきたんだ)
胸が熱くなる。
こみあげるのは、嬉しさと、決意。
神様がくれた“もう一度”。
このチャンスを、絶対に無駄になんてしない。
──もう誰にも、振り回されない。
──誰にも、私の人生を奪わせない。
私は、私のままで生きてやる。
誰の影でもない、誰の道具でもない、“私という人生”を。
自由に、誇り高く、自分のために──!
見上げた空に、昼間なのに一筋の流れ星が走った。
それが何よりも、確かな“約束”のように見えた。
 




