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60.列中より

 倒れた分厚い石扉の破片を跨ぎながら、彼らはダンジョン『魔王城』に足を踏み入れた。


「フィオルディリージ、明かりを」教官が命じると、フィオルディリージは「『トーチ』」と唱えて、目に付いた燭台を指した。


 壁に掘られた深い壁龕(へきがん)や、天井のシャンデリアにはご丁寧に漏れなく蝋燭が備えられていて、フィオルディリージがそれらにくまなく火を付けて回ると、彼女の徒労を嘲笑うように、鈍く低い音が響き、壁にいくつもの大きな窓が現れ、太陽の光がふんだんに射し込んだ。


「せっかく灯り点けたのに! まぢムカつくんですけど!」フィオルディリージは悪態をついた。


「大分、広いな……」教官は周囲を見渡しながら呟いた。エントランスだけでもソウタやイワオがかつて居た学校の体育館くらいの広さがある。正面奥に、大きな階段があり、中央の踊り場から二手に分かれて上階へと続いている。


「これ、一部屋ずつあたっとったら、時間足らんのんちゃいます?」とソウタが言うと、教官は彼の頭に手を置いた。


「丁度、私もそう思っていたところだ。では、お前はどう考える?」


「この人数やと、もう、挟撃はされるもんと割り切って、戦える奴を殿(しんがり)に付けたったらどうでしょう? ほんで追いつかれる前にガンガン先進んで……」ソウタが言葉を選びながらそう言うと、教官はまるで年頃の娘のようにはにかんだ顔で微笑んだ。


「やはり、私とお前は、通じ合っているな」


(いや、何処でやねん)ソウタは恋人同士の心が通じ合うことと、兵の運用について意見が一致することとの間にはかなり隔たりがあるように感じたが、あえて指摘はしなかった。


「では、隊列を組む。2列縦隊で速度発揮、一直線に本丸、玉座の間を目指す。

 先頭に俺とソウタ、最後尾にドラベッラとパミーナが付け。後方2段目にイワオ。主に防御、回復に任ずるが、必要に応じて攻撃参加。前方2段目にはフィオルディリージ。隊列が伸びた場合は通信魔法で命令を伝達、必要に応じて回復、防御に任ずる。攻撃には参加するな。

 中央にフィガロ。全体状況を把握し、連絡を中継、必要に応じて横撃の対応を指揮しろ。

 罠の解除、その他工作の必要を生じた場合はピッポ、状況に応じてはジェミマをを使う。動けるように準備をしておけ。

 メグは遊撃。隊列から外れ、自己の判断で攻撃を許可する。ただし隊列から離れ過ぎるな。回収は難しい」


 教官はこのように、個々の能力に応じて素早く指示を出すと、言い終わるか終わらない内に、前へと進み出した。


 エントランスの中央を、奥の階段に向かって真っ直ぐに進む。最後尾のパミーナとドラベッラまで階段に足をかけた時、教官は一声高く「来るぞ!」と叫んだ。


 魔物たちは、彼らを階段で挟撃するタイミングを見計らっていたものと見える。階下のエントランス、2階の廊下にゴブリン、トロル、ミノタウロスといった大小の魔物が殺到して詰め掛ける。


「挟撃なんてもんじゃねえ! これは、スタンピードだ!」とフィガロは叫ぶ。


 教官は声を上げて笑った。「そういや言い忘れていたが、今回のこれは任務だ。帝国から、冒険者ギルドを通して報酬が出る。『スタンピード』? 結構じゃないか。こういう状況をな、『千客万来』と言うんだ。喜ばしいだろう」


「命さえかかってなければね!」とフィガロは皮肉を言いながら、ゴブリンの投石を盾で受ける。


「これぞダンジョンの華よ! 奮え、弱卒ども! 殺して奪って稼ぎまくれ!」教官は叫びと共に、階段を駆け上がると、2階から躍り出たトロルを袈裟にかけ、返す刃でミノタウロスの両腕を切り落とした。


「パミーナ、エントランスに一発デカいの放り込んでくれ!」とフィガロが叫ぶ。


 イワオは「魔法に集中してや! それまで俺が押さえるさけ!」とパミーナの前に出ようとしたが、パミーナはそれを遮った。


「ありがとう。でも大丈夫。イワオくんも、ドラベッラちゃんも、階段上がってて」


 イワオは悪い予感がして、一瞬躊躇ったが、「イワオ! 上がれ! 巻き添え食うぞ!」先頭の魔物を弓で射るドラベッラにそう促され、渋々階段を2、3段登った。


「みんな、オカシくなっちゃえばいいんだ……」パミーナの口から、呪詛のような呟きが、イワオの耳に微かに聞こえた。


(何でギリ俺だけに聞こえるように言うねん)


「敵ね? 敵がね?」生唾を呑みつつ、彼女の言う「みんな」の括りをしきりに確認するイワオを他所に、パミーナは鼻歌でも歌うように呪文を唱え始めた。


「……首を吊る男装の令嬢……処女の乳房(ちぶさ)……垂れ落ちる臓腑に、粘りつく宝玉……」その声は、小さな女の子が戯れに歌うわらべ唄のように屈託が無かった。


(アカンアカン……ごっつ怖い……)イワオは少女の横顔が愉悦に歪むのを眺めながら、咄嗟に「『アンチマジック』!」と魔法を唱えた。それはほとんど直感だった。光の壁が、【烈女】ハンナ・シュバルツと同期たちを包み込む。


「『死後の恋』……」とパミーナが唱えたのはその直後だった。彼女はその魔法を唱えると、首をぐるりと回してイワオを見つめた。


「パミーナちゃん……まさかやけど、みんなを巻き込もうとはしてへんよな」


 パミーナはふふっと笑った。「まさか」


 イワオは自分がそれほど勘の良いタイプとは思わないが、それでも彼女の微笑みと言葉が、嘘だ(・・)ということだけは分かった。


 イワオが目を細めて、鼻から大きく息を吸い込んだ時、階下の魔物たちの様子に変調が現れた。


 ある者はへたり込み、またある者は頭を抱えて叫びを上げる。ある者は狂ったように嗤いながら隣の仲間を斬りつけ、またある者は自分の腕に牙を立てた。


 魔物たちはてんで無軌道に、互いを貪り合い、傷付け合い、或いは自分の肉に他者の歯が立つのにさえ無関心に蹲ったり、意味もなく喚いたりした。


「地獄や……」イワオは呟いた。


 その光景は、むしろその魔物たちが自分に向けた害意を込めて、まっしぐらに殺到するよりよほど恐ろしいものに映った。


「魔物にも、心があるので……」とパミーナは笑みを絶やさず言った。


 不意に、後ろから大きな声で、「お花!」と叫ぶ声が聞こえ、驚いたイワオが振り向くと、ピッポがその場にしゃがみ込んでニッコリと笑っていた。


「お花が咲いとるぞ。かわいい。かわいいのう」彼の視線の先に目を落とすと、いや、そうするまでもなく、そこに花など咲いてはいなかった。次の瞬間には「わーっ! 蝶々じゃ!」と何もない空間に手を伸ばし、架空の蝶々を追いかけ始める。


「お前、くらってもうてるやん……」イワオは頭を抱えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 順調に闇落ちしてますね はてさてイワオは焚き付けた責任取れるのでしょうか それとも、ソウタが漢を見せて二人とも手にいれるのか…
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