4.はじめての共同作業
「なあ、イワオや」
「なんやねん」
ソウタが話しかけると、イワオは不承不承に返事をした。
近傍の農村を荒らすという魔物の出る森である。
彼らはこの異世界に来て以来、敢えて別々の仕事を受注するようにしていた。それは、リスクを分散させる意味もあったが、何より生活から仕事まで、男2人が一日中一緒にいるという状況を避けようとしたためだ。
しかし、「異世界で彼女を作る」という共通の目的を達するにあたり、「女冒険者との接点を持つ」という手段を用いる時、問題となったのは、この2人が「弱い」ということだった。
女冒険者と接点を持ったにせよ、自分が弱くてはその後の進展は望めない。従って、まず彼らは、冒険者として強くなることが急務だった。そして、その過程で、先日ソウタが経験したような大恥は、あまり人目に触れないことが望ましい。そういう事情から、2人はしばらくの間、共同で任務にあたり、差し当たってレベルを上げようということとなったのである。
「お前の必勝戦略を思いついてん」
「マジで? ちょっと、言うてみろや」
「イワオはな、『白魔道士』のくせにゴリゴリやから、『力』のステータスが、『戦士』の俺より高いねん。『防御』もそこそこある。けど逆に、『回避』と『技量』は低いねん」
「せやな。ほんで?」
「これは、どういうことかというと、剣とか、戦斧とかの近接武器の攻撃力は高いけど、投げナイフとか、弓矢とかはアカンっちゅうことやねん。ほんでな、『白魔道士』やから、『魔力』がそこそこあって、回復魔法が使えるやん」
「なんか、嫌な予感しかせえへんねんけど」
「その通りや。お前、前線に突っ込んで、自分で回復しながらバチバチに戦えや。ほんで、味方を守るねん。『盾役』っちゅうやつや」
「俺だけ壮絶過ぎるやろ。嫌や。ほんで、お前は何すんねん」
「俺はな、逆に『戦士』のくせに、『力』はそんな高ないねん。そんかし、『回避』と『技量』が『力』より高い。せやからな、遠くから矢射つわ。普通の弓使いより威力高いと思うねん」
「そんでお前弓矢買うてきたんかい。ずっこいやんけ。お前、俺盾にして後ろからやる気マンキンやないか」
「そういう言い方、アカンと思うで。それぞれが、自分の長所を活かして、力合わせよいう時に、後ろにくる奴をずっこい言うたら、みんな関係なしに横並びで戦わなアカンくなるやん。ゆとり世代の運動会か。適材適所や」
「ほならお前、回避を活かして前出ろや。俺後ろから石投げたるわ」
「せやから、お前が石投げても当たらへんねんて。それに俺、前嫌やわ」
「本音が出てもうてるやん」
「何やお前、喧嘩上等みたいな見た目してから」
「そんなん、ようやらんわ。今時、喧嘩ヤンキーとか流行らへん」
「異世界に今時とかあれへんて。カッコええやんけ、喧嘩ヤンキー。再評価されるべきやわ」
「お前がやれや。剣使て敵の攻撃躱しながらバッタバタ敵倒すんカッコええやんけ」
「いや俺、仲間がいよいよアカンっちゅう時に敵の眉間ビッシィ射抜いたんねん。ほんで、『フッ……』ってほくそ笑むねん」
「なんでいよいよアカンくなるまで一旦泳がすねん。そもそもお前、異世界来てジョブが『戦士』ってだけでもずっこいのに、前で戦えへんてどういう了見やねん。『フランス料理はもう食われへん』言うてるボンボンか」
などとやっていると、不意に近くの茂みから物音がして、2人は震え上がった。
「何や!」
「魔物?」
みると、1匹の白いウサギが、丸い目でこちらを見ている。
「あ、これアカンわ」とソウタは言った。
「何がアカンねん。可愛いやんけ」
「これ、『か〜わ〜い〜い〜!』ってなってる時に襲いかかってくるパターンのヤツや」
「アカンやん。逃げよ」
「お前何しに来てん。討伐せな。せやけどな、多分、1匹やからと思って狩りに行ったら、陰に仲間がようけおるパターンやと思うねん。せやさけ、慎重にいかな」
「言うて、見たとこ、ただのウサギやで。魔物とちゃうかったら、可哀想やんけ」
「お前、討伐クエスト舐めとったらあかんで。ほんま、死と隣り合わせやからな」
ソウタの言葉に、イワオは生唾を飲んだ。と、その時である。彼らの進んでいた林道の先から、けたたましい咆哮が、樹々の枝葉の間を縫って、四方に響き渡った。
その直後、地鳴りのような足音を踏み鳴らして、猛然とこちらに駆けて来る巨大な影に、2人は言葉を失う。
「狼男……?」
狼の頭部に、屈強な2本の脚で駆けて来るその怪物の手には、分厚い鉈が握られていた。大柄なイワオのさらに1.5倍はあろうかという巨体が、全身の毛を逆立てて、まっしぐらに迫ってくる。
「あかん、あかん、あかん…………!」
2人は一目散に逃げ出した。
「あのウサギは何やってん!」イワオは身も世もなく走りながら叫ぶ。
「あれは……多分、普通のウサギや!」
「せやったら、俺らただのウサギを警戒して睨み合っとったんかい!」
「殺さなくて良かったやん! 前向きにとらえようや!」
「言うてる場合か!」
そういう間にも、その重々しい足音は着実に近付いていた。
「アカン! 速い! 逃げ切られへん!」
「茂みに隠れるか!?」
「鼻ええんちゃう!? 犬顔やし! あいつの方が茂み走るの速そうやで! イワオ! 先に行け!」
「は? 何するつもりやねん!」
それに答えず、ソウタは急に足を止めた。手には弓を構えて、矢を番えている。
怪物はそれを認めると、一層低い唸り声をあげた。
「イキっとんちゃうぞボケカスこらぁ!」ソウタは矢を放つ。弓返りの音が鋭く響いて、放たれた矢は空を裂き、怪物の腕に篦深く突き立った。
怪物の握っていた鉈が地面に落ちる。イワオは駆け出した。
怪物は悲鳴とも怒号ともつかぬおぞましい叫びをあげて、ソウタに飛びかかる。
イワオはその股を潜り、怪物の落とした鉈を拾うと、そのまま怪物の肩を斬り付けた。
怪物はのけぞって唸る。肩の筋肉に深く食い込んで、手を離れた鉈を再び掴もうと手を伸ばすイワオの前で、怪物の頭はぐるりと回り、イワオの腕をその牙が捕らえた。
「イワオ!」とソウタは叫ぶ。「この、クソがぁ!」
イワオは灼けるような痛みに耐えながら、「『ヒール』!」と叫んだ。彼が使える唯一の回復魔法である。傷口から煙が立ち昇り、ジュクジュクと肉がうごめくが、怪物の牙が食い込んだままの傷口は塞がりようがない。
そのまま、また鉈の柄に手を伸ばし、これを掴むと、脇目もふらずに力を込めた。イワオの腕を食いちぎろうとするの頭の動きに、筋力で抗う。
ソウタが新たに放った矢が、2本、3本と怪物の太腿や胸を貫く。怪物の口が開いた。
「痛いやんけ! クソが!」イワオは鉈を怪物の首目掛けて振った。
ソウタの矢が、怪物の目を射る。イワオの鉈が首を捉える。
イワオは「『ヒール』!」と叫び、腕の回復を待たず続け様に2度、3度と鉈を振るった。
腕から煙が上がる。
「エグッ! イワオ! 傷の治り方、めちゃエグいで!」
「ええから、矢ぁ射てや!」
「クソがぁ! ボケコラぁ! こっち来んなやワレェ!」
「舐めくさりよって、アホンダラァ! いてもうたんぞコラぁ!」
怪物はしばらく必死の抵抗を続けたが、幾本もの矢に貫かれ、鉈に腱を切られた身体は次第に自由を失い、やがてその膝を力なく地についた。
「ヤったか?」ソウタは手を止めてから、もう矢筒に残りの矢が無いことに気付いた。
「やったやろこれは」イワオがその場に尻をつく。
「マジか……おい、イワオ! 俺ら2人でやったで! こんなデカイの2人でやったで!」
「や、マジやな。こいつ、そこそこレベル高いんちゃうん」そう言いながら、イワオは仰向けに寝転がった。「アカン、めちゃ痛なってきた」
「『ヒール』しろや。お前の白魔法まだレベル低いから、一発で治れへんねん」
「せやな。『ヒール』……『ヒール』……なぁ、ちょっとしか回復せえへんから、何回も回復唱えなあかんの、めっちゃダサない?」
「せやな、ある程度回復したら、帰ろか? 傷は男の勲章やで」
「釈然とせえへんわ。お前無傷やんけ」
そう言いながらもイワオは、あの怪物が出た時、ソウタが身を挺して怪物に立ち向かったことを認めた。
2人は少し休んでから、街に向けて歩き出した。ほんの数分の出来事とは思われない疲労だったが、その足取りは重くはなかった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
今回のお話は、戦闘シーンとギャグを絡められないかと思って書きました。
戦闘シーンって、自分の頭の中で映像としてあるキャラクターの動作を文章に落とし込むのがとても難しいですね。
書きたかったのは、HP MAX近くまでホイミを唱え続ける回復役の気持ちだったのですが、バランス的にそこはちょっとだけになりました。
回復も出来て前線でも戦えるイワオと、バランスはいいけど決め手に欠けるソウタの戦力差が出てしまっているように思うので、どこかでテコ入れが必要かもしれません。
宜しければご意見などお聞かせください。
今後とも宜しくお願い致します。