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2.槍の戦略的価値

「ほいで、どやってん」イワオは壁の角に立てかけられた槍に視線を投げて尋ねた。


「全然アカンわ」とソウタは答える。


『異世界』から人が迷い込むというのは、この世界ではままあることらしかった。そういう人たちはどういうわけか、大抵、『転職神殿』で目を覚ます。


 転職神殿では、そういう人たちの扱いも慣れたもので、この世界での生活の仕方をある程度レクチャーした上で、粗末ではあるが住むところも用意してくれ、当座の資金も貸してくれた。


 ただし、当然と言えば当然だが、借りた金は返さなければならない。従って、まず2人は仕事を探し、これを返済しながら生計を立てねばならなかった。


 ここで言う仕事というのは、冒険者ギルドから受注する魔物の討伐や、アイテムの採集である。


 詰まるところ、2人は、日雇い労働者だった。


「大体にして、いきなりダンジョンに入って魔物を殺せ言われても」ソウタは不機嫌そうにため息を吐く。


「せやから言うたやん。採集とかにしとけて」


「そんなん、借金返すのいつになるねん」


「あいつら利息取りよるからな。せやけど、平和な日本で育った俺らみたいなもんが、無理やろ」


「せやから、折衷案として、槍買うてきたわけやん」


 この世界に来て『戦士』のジョブを授かったといえ、これまでケンカもろくにしたことのないような人間が、いきなりまともに戦えるわけがない。


 剣の間合いで戦えば、おそらくすぐに死ぬだろう。とはいえ、弓矢は扱いが難しく、敵に当たらないばかりか、味方に当たる危険もある。


 そこでソウタが考えたのが槍だった。


「けど、アカンかったんやろ?」


「犬みたいなヤツやってんけどな、まず、避けよんねん。全っ然当たらへん。しかもな、洞窟みたいなとこやから、狭くて引っかかんねん。天井が低くて縦に持って歩かれへんねん。

 その時点で、パーティー組んだやつらも『アカンわコイツ』みたいな空気んなって、いたたまれへんかったわ」


「最悪やな。聞いてるだけでも口酸っぱなるわ」


「せやろ。そんなんでも、最初の契約通り、幾らか分け前が出るわけやん。金受け取る時の仲間のため息、あれ夢に出よんで」


「うわ、絶対嫌や」


「俺、しばらくソロでやるわ。マジでトラウマや」


「とりあえず採集にしとき。すぐ稼ごうとしても無理やねん。ちょっと慣れてきたら考えればええやん」


「お前の方は?」とソウタも訊ねる。


「クエスト自体は薬草の採集やからな。達成すんのは楽勝やけど、これ誰もやらんの分かるわ。全然割に合わへん。一日使て籠一杯に採ってな、銅貨二十枚やて。これ、2千円くらいやで」


「うわ、やってられへんわ」


「時給で言うたらコンビニの半分以下ちゃうか?」イワオはため息をついてから、それを打開する画期的なアイデアのように、こう続けた。「せやからな、やっぱ、治療院やて」


「無理やて」


「何でやねん。白魔法ってことは、怪我とか治せんねやろ? 医者と変わらんやん。外科医や」


「この街に白魔道士何人いてると思てんねん。お前、自分がどの程度の怪我治せるかも分からんねやろ」


「実際怪我人おらんと治しようが無いさけな」


「Lv.1の白魔法て、せいぜいちょっとした切り傷くらいやろ。誰が絆創膏レベルの怪我でわざわざ病院来んねん」


「ほだら、お前もうちょい無茶して、回復魔法使わせろや。使っとったらレベル上がんねやろ」


「何でお前の上達のために、ギリギリの命のやり取りをせなあかんねん」


「でもこれで槍は無いて分かったやろ。やっぱ剣やねん」


「いや、絶対危ないやん。それに、よしんば敵に勝ったとしてもやで、絶対血とか付くやん。顔に血かかるとか、ホンマ無理やで。変な病気持ってたらどうすんねん」


「まあ、確かに、血い顔にかかんの嫌やわぁ」


「やろ? でも、アレやな、治療院は無理として、別に冒険者ギルドで稼がなアカン決まりがあるわけでもなし、大工とか、飯屋とか、なんか別の稼ぎ方考えた方がええんちゃう?」


「せやな。明日でもハロワ行ってみるか」


 イワオとソウタは、転職神殿を『ハロワ』と呼んでいた。


「取り敢えず腹減ったわ。飯行こうや」


「5百円以内な」


「マジか。小学校の遠足より2百円も多いやんけ」


「高校生やから」


「せやな。高校行ってへんけどな」




 木造のあばら家が建ち並ぶこの界隈は、帝都ヘルメスの中でも端の端、肉体労働者が暮らす地区だった。少し歩くと、クズ肉を寄せ固めて焼いたのだとか、硬いパンを薄いスープに浸したのだとか、美味いわけではないが安くて腹にたまる、取り敢えずの飯を食わせる屋台が並んでいた。


「ここの肉のやつ美味いで」とイワオがある屋台を指して言う。


「嫌や。何の肉か分かれへんヤツやん。こっちの豚やって分かってるヤツでええやんけ」


「そっち味薄いねん」


「お前、ホンマ、知らんで。白魔道士が戦士より先に腹壊して死んだら、笑われへんで」


「もう3日くらい食ってなんともないから大丈夫やて」


 そういうやり取りをしていると、不意にソウタが顔を背けた。


「どうしたん?」


「アカン、昼間パーティー組んだ奴らや」


 ソウタの指す方を見ると、腰に剣を差したのと、戦斧を背中に担いだのと、何色と言っていいのか分からない、くすんだ色のフードを被ったのと、3人の男が大声で笑いながら連れ立って歩いて来る。


 ソウタが屋台の陰に隠れるのを、それとなく庇いながら、イワオは聞き耳をたてた。


 ────…………「いや、まあ、実際、若手ってのは、ああやって恥かいて覚えてくもんだ」


「初仕事って言ってましたしね。まあ、それにしたって、腰が引けすぎっスけどね。あれ槍持ってたのも剣の間合いで戦う覚悟が無いからっスよ」


「自分の命を第一に考えられるってのも、この業界で長生きするには重要な資質の一つだよ。いくら勇しくたって、死んじまったらそれまでだ。逃げずに最後まで槍振ってただけでも立派なもんだ」


「確かに。てか、その話、聞かせてやりゃ良かったじゃないっすか」


「ダンジョンの浅〜い所で日銭稼いでるオッサンの説教なんざ、若い奴にゃ鬱陶しいだけだろ」………… ────


 そんな話をしながら、3人の男たちは、イワオのすぐそばを通り過ぎて行った。


「めっちゃええ人らやん」イワオがそう呟くが早いか、ソウタは屋台の陰から飛び出して、男たちを呼び止めた。


「今日は、すんませんでした! 迷惑かけて……。早よ、一人前の冒険者になれるように、頑張ります! そん時、また、一緒に仕事させて下さい!」


 男たちは、最初驚いて互いに目を見合わせたが、その内の一人、一番年配と見える、幅広の剣を腰に差した男が「ガッハッハ」とはっきり聞こえるような発音で笑うと、それにならうようにして他の二人も笑った。


「ああ、兄ちゃん。稼げるようになったら、今度はアンタんところで俺を使ってくれよ」


 そう言って、男たちはソウタに背を向け、手を振って去っていった。


「めっちゃカッコええやんけ……」ソウタはぼんやりとそう呟いて、男たちの背中を見送った。


 イワオは内心、いや、何を少年の目ぇして憧れてんねん……と思わないでもなかったが、言わないことにした。


「お前、結局冒険者として生きていくん?」


「ああ、もうちょっと、頑張ってみるわ」


 暮れていく日の光が、去りゆく男たちの影を濃く長く落としていた。

ここまでお読み頂きありがとうございます。


今回のお話は、現実の世知辛さをあえて異世界に落とし込んで笑いに出来ないかと考えて書きました。


槍使いが洞窟みたいな狭いフィールドに入った時、仲間から「うわ、邪魔くせえなコイツ」となるはずでは? というのは以前から持っていた疑問です。


それと、現実世界から異世界に転移して、割と余裕のある感じで魔物を駆除する時、従前の衛生観念と葛藤が起きるというのも、あまり他所で書かれていない部分かなと思います。


こういった具合に、異世界に来た時に起こりそうなことをチクチク突っ込んでギャグに出来ればと思っています。


宜しければご意見などお聞かせください。


今後とも宜しくお願い致します。

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