16.洞窟型地下ダンジョン『ヘカテー』第二層
この世界には『ダンジョン』と呼ばれる地形が多数存在する。これが、『山』でも『谷』でも『洞窟』でもなく、『ダンジョン』であることの区別は、その生成の過程によるものだ。
周囲に比べて盛り上がった土地のことを『山』と呼び、その生成過程は火山活動によるものだったり、侵食作用によるものだったり、地殻運動によるものだったりするわけだが、『ダンジョン』と呼ばれる地形が生成される原因は1つしかない。
即ち、途方もない量の物質とエネルギーを吐き出し、魔物を無尽蔵に生み出し続ける、『ダンジョン・コア』なる未知の物体である。
この『ダンジョン・コア』というものが何なのかということについては、魔界へと繋がるゲートであるとか、超高密度に圧縮された魔力の塊であるとか、旧時代のロストテクノロジーであるとか、諸説紛々として枚挙に暇がない。分かっていることは、このダンジョンというもの全体が、巨大な1つの生命のように振る舞うということである。
捕食し、運動し、代謝するという点において。
「俺、その話聞かんだら良かったわ」ソウタは恐る恐る辺りを見渡しながら言った。「めっちゃ怖なってきてんけど」
「自分からでっかいでっかい怪物の口ん中に入ってもうてるわけやからな」
「それやねん。めっちゃ怖ない? 外の魔物も、ダンジョンの餌にするために人間捕まえよんねやろ?」
冒険者の実績は、伝統的に踏破したダンジョンの階層で評価されると知った彼らは、転職神殿からの紹介で、ダンジョン研究を専門とするという太った学者を訪ねて事前に情報を収集していた。
そこでソウタが衝撃を受けたのは、「『魔物』とは、ダンジョン・コアの捕食器官である」という仮説だった。これはダンジョンそのものが、ダンジョン・コアに栄養を供給するための消化器官であるという考え方である。
事実、ダンジョン内で死亡した者の亡骸は、2週間足らずで骨も残さず消滅し、金属製の武具や、何らかの魔法効果を付与された装備品だけが残されることが観測されているのだという。
「せやから、出来るだけ魔物やっつけなアカンねやろ。マシュマロボディのおっちゃんも言うてはったやん」
「あのおっちゃんダンジョンに食わしたったら、俺ら2人分の栄養あるやろ」
「アカンわ。このダンジョン、バーバ・ヤーガが生まれる前からあるらしいで。1028歳以上や。年寄りの胃にあの脂はもたれるやろ」
「ダンジョンと年齢比べる女てどないやねん」
「昔滅びた国の話とか、普通に会話に出てきよるからな」
「世代の壁がエグ過ぎんねん。ヴァン・ヘイレンでも飛び越えられへんわ」
「ヴァン・ヘイレンの代表曲が『JUMP』て、その例え誰が分かんねん」
第一層の奥部を過ぎると、下方へ傾斜した部分に差し掛かる。この辺りの魔物は、雑談しながら駆逐出来るくらいまで、彼らの能力は向上していた。
彼らは未だに、食うや食わずの日雇い労働者で、この世界に来た時に借り入れた生活費の返済もままならないその日暮らしだった。
冒険者として活躍するだの、女にモテるだのはさておいて、ここらで一発当てねばならない。なぜなら、その借入金の返済期限が迫っているからだ。
第二層へ入る直前の湾曲した通路で、彼らは気合を入れ直す。
「よっしゃ。一発かましたろやないけ。イカつい魔物バチーンどついて新生ルーキーの誕生じゃ」
「二層で気負い過ぎやて。さっきまで怖い怖い言うてたやんけ」
「エンジンかかってきてんねん。水差すなや」
「せやな。お前ここで一発どデカい活躍したったら、ファンの女の子ようけ来よんで。今月の『熱闘! 冒険者』の表紙はお前で決まりじゃ」
「そんな雑誌あるん?」
「今考えた」
「雑な励まし方すなや」
その時である。通路の奥の方に、何か蠢くものの気配を感じてイワオはその方向をランタンで照らした。
すると、長さはイワオの身長ほどあろうかという巨大な芋虫が二匹、ゆっくりと這ってこちらに近付いているのである。クロウラーという虫型の魔物だ。
「アカン。ソウタ、魔物や。やっつけて」
「お前、後衛気取りか。前行けや」
「アカンわ。めっちゃキショい。俺虫とかアカンやん」
「知らんがな」と言いながらも、ソウタは弓に矢を番える。『剣士』に転職した後も、ソウタはサブウェポンとして短弓を装備していた。
「蜘蛛とかならまだええねん。デカなったら、魔物って割り切れんねんけど、芋虫はあかんわ。デカなったらデカなっただけ気色悪さが比例すんねん」
「知らんわ!」ソウタは矢を放つ。洞穴の湿った空気を裂いて、矢は一匹の巨大な芋虫に突き立った。
すると、射られた芋虫は一つのけぞるように身を持ち上げ、全身の肉を震えるように蠕動させて、凄まじい速度でこちらへ向かって来る。
「キショいキショいキショい! 芋虫速いのめっちゃキショい!」イワオが叫ぶ。
「女子か! ワレ、鉈抜けや!」
「クソ! 気色悪いんじゃボケ!」もう鼻先まで迫ってのしかかろうと身体を持ち上げるクロウラーの腹に鉈を食い込ませる。
鉈を引き抜いて飛び退いたイワオの後から、ソウタがクロウラーの背に飛びつき、馬乗りに跨って剣の刃を突き刺した。
黄色い粘ついた体液が、引き抜いた刃に糸を引く。
「うわ、きっしょ……」顔をしかめながら、ソウタは剣の刃を岩肌に擦りつけた。
「芋虫はアカンやん……」イワオは身震いした。
「お前、頼むでホンマ。ゴリラに先祖返りした旧人類みたいな見た目で虫アカンて、笑われへんで」
「いや、ホンマ、他のおったら頑張るわ。虫はアカンねん」
「慣れとけや。ほんで、もう一匹おるしやな」
「うわ、ごっつ帰りたい……」
その後、もう少し奥の広くなったあたりに、クロウラーが密集しているのを見たイワオはゴネにゴネたが、ソウタがこれを励ましなんとか駆除した。
洞窟型地下ダンジョン『ヘカテー』第二層、初級冒険者のスタートラインから、ここはまだ半歩ほどの位置である。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
今回は、このお話の中で『ダンジョン』や『魔物』というものをどう扱うかという内容になりました。
異世界においては、『犬と、犬型の魔物の違い』を決めておかないといけないな、と思っています。
現実世界だったら、頭が三つある巨大な犬は、「これは犬じゃなくて伝説の魔物ケルベロスだな」となるでしょうが、異世界に迷い込んだ人にとっては、「これはこういう土着の生き物なんじゃないか」という疑問があるはずなので、一方的な動物虐待にならないよう、また、これを狩ることに、「命を頂く」的な重さが付きまとわないよう、この点については設定が必要だと考えました。
ダンジョンについては、これからも避けて通れない舞台なので、1話2000〜3000字程度で、ギャグを指向するこのお話の中では、「これこれこういう事情で、こういうモンスターが出現する」みたいなシリアスな事情を、「慢性的にモンスターがいっぱい出る場所」という意味での『ダンジョン』という言葉で簡略化する必要があると判断しました。
何せ先の展開を何も考えずに書いているので、この設定が吉と出るか凶と出るかは今後のお楽しみだと思っています。
宜しければ、ご意見などお寄せ頂けたら嬉しいです。
今後とも宜しくお願い致します。




