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1.チュートリアルは飛ばすタイプ

 ソウタが粗末な丸太組みの、掘っ立て小屋のドアを開けると、中にいたイワオが少し驚いた様子で、取り繕うように「おかえり」と言った。


「お前、ヌいとったんちゃうやろな」ソウタは鋭く牽制したが、イワオは慌てる気色もない。


「ヌいてへんわ。ネタがないねん」大柄な体躯を仰け反らして平然と言うが、怪しいものだ。


「知らんわ。想像力の問題やんけ」


 ソウタは部屋の隅に持っていた槍を立てかけ、安物の革鎧を外し、イワオの向かいの椅子に座る。


「なあ」とソウタが切り出すと、イワオは「なに?」と視線を向けた。


「ずっと気になっててんけど、『おかえり』とか、『ただいま』とかやめへん?」


「挨拶は大事やろ。大体お前、『ただいま』言うてないやんけ」


「男2人、同棲しとるみたいで気色悪いねん」


「まあ、分かるわ。けどお前、2人おって、無言やったらどやねん」


「ああ……まあ、せやけど。……あ、『お疲れ』とかにせえへん?」


「あ……それやわ」


『異世界』というところに来て以来、2人はずっと、こんな調子だった。





 何の変哲もない高校生、というには少々イカツい牛頭巌(ごずいわお)と、少々チャラい高松草太(たかまつそうた)が、石造りの聖堂で目を覚ました時、そこが『異世界』だと気付くのに、ほとんど時間はかからなかった。


「ここは、『転職神殿』です」ローブを着た白人の女が言った。


「いやまず、就職してへんねん」イワオが眠い目を擦りながらそう切り返す。


「ここ、『異世界』ちゃうか?」ほぼ同じくして目を覚ましたソウタが誰にともなく尋ねると、女は丁寧な言い方で肯定した。


「せやんな」とイワオが頷くのに、ソウタは首を傾げた。


「お前、『異世界もの』とか知っとるん?」


 イワオは馬鹿にしているのかとばかりに顔をしかめる。「現代っ子ならもう、避けて通られへんやろ」


「せやな」


「ほんで、何でお前と2人やねん。トラックにも轢かれてへんし」イワオは立ち上がって膝を払う。


「いやもう、『何で?』は無駄やろ」


「帰れんのかいな」


「どやろな。まあ、そんなんは後でええわ。問題は、『ステータス』と『スキル』やろ」


「なんやお前、『ステータス・オープン!』って言うん? 俺ハズいねんけど」イワオが言うと、その目の前、虫の羽音のような唸りと共に、透明なディスプレイのようなものが、どこからともなく現れた。


「いやお前、言うてもうてるやん。どやねん」


「お前も言えや。『せーの』で見せ合いっこしようや」


「見せ合いっこってお前……」と言いつつ、ソウタもステータス画面を開く。ここまではおおよそ、常識の範囲内だ。


「あのぉ……」恐る恐るといった調子で、白人の女が割って入った。「ずいぶん、慣れてらっしゃいますね」


「いやもう、こんなん皆知ってんで。時間の無駄やろ、『ここは……?』みたいなん。『一体どうして俺が……?』みたいなん。そんなん省いてサクサク行こ」ソウタは突然異世界に迷い込んで戸惑う人の小芝居を挟みながらそう言って、ステータス・ウィンドウを指でスクロールしたりタップしたりする。


 名前の横にレベル、ジョブが記載され、その下にステータスが並ぶ。


「ていうか、お姉さんが普通に日本語喋らはんの気になるわぁ」イワオは神殿の職員(巫女?)らしい女をまじまじと見る。


「そこは『翻訳』のスキルみたいなことやん。そんなんが、デフォルトで付いてんねん」


「ほだら、何で『ステータス・オープン』は英語やねん」


「何でやろな。多分、魔法も全部英語やで。『ファイア・ボール』とか。外人来たらどないすんねん」


「あかん、なんか腹立ってきたわ。英語の文に出てくる日本の地名も英語寄りの発音で言うヤツに近いムカつきやわ」


「分かる。『お前、そこは日本人が日本語言うてるだけやんけ』ってやつな。あと、電車のアナウンスとかな」


「せやねん。『外人に日本の地名案内する立場のお前がその発音やから、外人がずっとそのイントネーションで覚えんねん』いうヤツや」


「いやこの話、わざわざ異世界でせなあかんか? こんなん、みんな普通に思ってる話や。絶対誰かテレビで言うてるで」


「お前、途中まで乗ってたやん。ちゃうねん。何で魔法は英語やねんっちゅう話やんけ」


「もうええわ。そういうもんやねん」


「あのぉ……」とまた、ローブを着た女が申し訳なさそうに割って入る。「色々とその、ご説明の方を……」


 ソウタはローブの女に話が長引いたことを詫びた。「ほら、シスターが困ってはるやん」


「なんで『神殿』やのに『シスター』やねん」


「何個引っかかんねん」ソウタは半ばうんざりしてイワオをたしなめた。「俺が雰囲気で言うてもうただけや。先に進まれへんわ」


「あの、私は、ただの受付の事務員でして……」


「せやったら、ローブは何やねん!」これにはソウタも堪らず抗議する。


 さて、事務員の説明によると、彼らが目を覚ましたのは、『ヘルメス』という都の『転職神殿』という所で、この世界の人間が、個性としての『職業(ジョブ)』を変更するための手続きを行うところだそうだ。


 この世界の人たちは、生まれながらに『戦士』だとか、『魔法使い』だとか、『商人』だとかいったジョブを得る。このジョブによって、ある程度の資質が決定づけられるが、一定の条件を満たせばこれを変更することが出来る。


 経験を積むことで、より上級だったり、複数の資質を組み合わせたジョブへ転職出来るということらしい。


「ほんで、お前のジョブ何やねん」とイワオが聞いた。


 ソウタは改めて、ステータス画面を眺める。イワオは見せ合いっこをしようと言ったが、他人のステータスは見えないようだった。


「『戦士』や」


「めっちゃええやんけ」


 ソウタも「せやな」と頷いた。中背で細身の自分より、身長180cm超で、体重80kg、筋肉の塊であるイワオの方が似合いそうではあるが、シンプルで潰しが利きそうなジョブだ。「お前どやってん」


 イワオは少し、間を置いて答えた。


「『白魔道士』や」


 ………………。


 受付の事務員を含め、3人はしばらく沈黙した。


「お前、そういうの笑われへんで。ギャップでボケるにしても、安直やねん」


「いや、マジや」


 ………………。


「ホンマ?」


「ホンマやて」


 ………………。


「いやぁ……そら、かなんなぁ」


「ホンマ、かなんで」




 高松(たかまつ) 草太(そうた)Lv.16【戦士Lv.1】、牛頭(ごず) (いわお)Lv.16【白魔道士Lv.1】


 こうして2人は、異世界で生きていくこととなったわけである。


 この時2人はまだ、知る由もなかった。


 2人に強大な敵が立ち塞がることも、歴史に名を刻む偉業を成し遂げることも、特には無かったということを。


 しかし、彼らには、小さなトラブルやちっぽけな幸せがいくつもあった。これはそういう、歴史に名を残すことのない人たちの、小さな物語である。

ここまでお読み頂きありがとうございます。


ありがちですが、ごく普通の(キャラ付け程度にゴツい、チャラいとしましたが)高校生が、異世界に迷い込み、そこでも普通の冒険者として生活していくお話です。


このお話では、この『ごく普通の』という部分にこだわりたいなと思っています。抜きん出て強かったり、頭がすこぶる良かったりもしない代わりに、変に捻くれていたり、対人能力が低かったりもしない、本当の意味で普通の男子高校生を書きたいなと思います。


『異世界あるある』と『日常あるある』を組み合わせた会話劇をベースにするつもりですが、先の展開は決めていないので、途中からちょっと様子が変わってくるかもしれません。


ご通学・ご通勤の電車の中、あるいは夜眠る前のお布団の中で、クスリとくる程度のものを書こうと思います。


私自身、とても気軽に書いていますので、宜しければお気軽に感想などお聞かせ下さい。


今後とも、宜しくお願い致します。

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