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おじいさんと城

作者: remono

 今日も年金で細々と暮らしているおじいさんは小高い丘の上にある地元の城に向かう。

 先の戦争による負傷でうまく動かなくなった右足に長々と時間をかけて外出用の義足帯をはめ、杖をついて外に出る。外は白くまぶしい五月の昼であった。

 それから歩を進め出す。老齢にしてはしっかりとした歩み。足を負傷をしているにもかかわらず力強い歩み。それはおじいさんは雨や嵐の日を除いて毎日小高い丘の上にある城に通いつめているおかげだと理解していたし、また実際そうだった。


 城にたどりつく。だいたい小一時間ぐらい。城と言っても小さなものだ。櫓みたいな天守ぐらいしかない城。地元の人も祭りの時以外はほとんど訪れない城。それでも城はおじいさんにとっての誇りだった。

 案内所の入る。料金が普通ならかかるがおじいさんは無料だ。ここは体に不自由があったり戦争で傷を負ったりした日本人は証明書を出せば料金を無料にしてくれるからだ。その旨を記載した看板もある。だからおじいさんは無料で、いいやもう案内所の人と顔なじみなのでフリーパスでお城に登ることができた。

 お城に入り、見飽きた美術品や骨董品を一瞥するとおじいさんは最上階にある見晴台への階段を上る。魏束帯を着けた足にはちょっと厳しいが、なに戦国の武将達のことを思えばなんて事ない。おじいさんは階段を上り天守の最上階にたどり着く。広々とした開口部から城下の景色が一望できた。

「……」

 おじいさんは満足そうにこの景色を眺める。実に実に愉悦の時であった。

 開口したままの窓から城下の景色を見下ろしているとまるで自分はこの城の城主であるような気さえしてくる。

 老人は戦国の御代に思いを馳せた。勇ましい武将達が見た景色を今、自分も見ている。実際には戦後建てられた半分コンクリート製のレプリカでしかないのだが――そんなことはおじいさんにはどうでもよかった。時代が変わっても、景色が変わっても城はここにある。それでよかった。

 しばらく景色を堪能しおじいさんは階段を降りる。階段は降りる方が危険だ。慎重に慎重におじいさんは急な階段を降りていった。そうしてお城から出て最後に城に向かって一礼するとおじいさんは家に戻っていった。そう、これがおじいさんの日課であった。


 季節は過ぎ今は梅雨時である。長雨でしばらくお城に出かけられなかったおじいさんは晴れ間を縫っていつものお城へと向かい、無料のはずの案内所を普段のように通り過ぎようとして職員に呼び止められた。

「すみません、おじいさん、料金を払ってください」

「え?」

 おじいさんは戸惑った。今までこんなこと言われたことがないのだから当然のことだった。だけどすぐに思い直すきっと担当が変わって自分のことを知らないのだろう。おじいさんは財布から手帳を取り出す

「私は身体障がい者で、戦傷者手帳も持っているが……」

「それでも駄目です。料金を払ってください」

「なぜ?」

「制度が変わったんです」

「制度が変わった?」

 おじいさんはおうむ返しに聞き返した。

「いや日本人の障がい者だけ無料にするというのはいかがなものかと議会に通報が入りましてね」

「通報!?」

 尋常ではないとおじいさんは声を出す。

「看板が問題だったんですよ。手帳持ちの人間を配慮するという」

「どこに問題が?」

「日本人だけと明記してあるのが気にくわなかったようで……。SNSで晒されてしまって」

「エスエーエヌ?」

「……まあそれはどうでもいいです。こちらとしてもあからさまな外国人の障がい者には配慮していたんですが……。こんなちっぽけな城に諸外国の言語を読める人材を配置できるはずもなく。かといって都道府県でも障がい者手帳は異なるのに諸外国の障がい者証明症を覚えるとなるととてもとてもできるはずもなく」

「……」

「それで面倒なので全部無くそうと言うことになりまして」

「そんな……」

「とにかく料金を払っていただけなければ不正になります。おじいさんは常連ですから通したいのは山々ですがこちらの都合もわかってください」

「……」

 おじいさんはしばらく岩のように固まっていたがやがてくるりと後ろを向いた。

「帰る」

 それだけ言うとおじいさんは内に込めた憤慨をなんとかしまい込むと案内所を後にした。


 そうしておじいさんは城へ行かなくなり、義足帯もしまったまま、取り出されなくなった。やがておじいさんは体調を崩すとすぐに寝たきりになり、そのまま息を引き取った。



 城から日本人だけの障がい者を無料にするという不埒な看板が外れた知らせは城好きの彼らの耳に届いた。彼らはそれを祝ってとある安い居酒屋で宴を開く。 

「これで差別はなくなった! 俺たちの勝利だ!」

 発案者が気炎を上げた。同調者が追従する。

「ア・ハ・ハ・ハ・ハ・ハ。また俺たちは勝ってしまったな」

「まったく、むしろ敗北を知りたいものだぜ」

 彼らの楽しい宴は夜遅くまで続くのであった。

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