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愛する君の攻略法  作者: 椛
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002

「…………最っ高」



黒縁メガネに紺のスウェット。髪は軽く結わえて化粧はなし。手には最近ハマっている恋愛小説。

サイドテーブルには飲みかけの珈琲とお茶菓子。


ソファに沈んで趣味にふける今日この頃。

ここが学校の中だということも、今が授業中だということも忘れて楽しんでしまう。



「残りはまぁ…んー、あとで、」


声に出さないと部屋から出れなくて、数秒誘惑と格闘して三つ編みを解く。



「仕事……、仕事かぁ」



憂鬱になる気持ちをなんとか鼓舞して。

スウェットを新調したばかりのランドリーバスケットに投げ入れて、そのままの足でクローゼットの前に。


さすがにもう何年も着ているだけあって着るのは正直見なくてもできる。軽く髪を手で梳かして鏡の前に立てば、今日も変わらぬ自分の姿。


白いジャケットに黒のスカート。

胸元に刻まれた校章と黒光りする学生証代わりの電子キー搭載の直径4cmの長方形のピン。



「……ん、おっけ」



小説ではよく、外の自分を仮の姿と表するけど、私にとってはこれが本当の姿。


ざっくり説明すれば学校、しかも授業中に生徒会役員の特権をフル活用してこうやって趣味にふけっていたわけだけど。


本来この学校で周知されてる私の姿はこれでしかなくて、私にとっても「城之内百合亜」という人間はこれでしかない。



「そろそろ会議よ?雅玖」



ドアを開けると、ガラス窓の方を向く一人がけの椅子に座って窓の外を遠い目で眺めている人の姿を捉えた。

あぁ、またやってる。



「あぁ、百合亜か。もうそんな時間…早いな」



振り向く彼の手にあるのは紛れなくワイングラス。高校三年生が持つべきものじゃないことぐらいこの日本じゃ誰もが理解している。


夕焼け空に映えるそのグラスに映る色が妙に赤い気がするのは私の錯覚じゃない。



「もう16時よ。早い時間でもないわよ、授業の時間はもう終わりだからそろそろみんな来るだろうし……」





「百合亜、俺に16時を遅いって言うの?」






そう微笑む雅玖の口元から覗く八重歯が不気味に光って見える気がした。



「やめて?吸血鬼さん。私の血は高いわよ」


「そりゃそうだ。稀有な純血の血を、そう簡単に渡されたらそれはそれで大問題だ。第一、愛しい婚約者の肌に傷なんて付けれるものか」



信じられるだろうか。



血統の中に一人も人間がいない、言わば吸血鬼の純血種。今残る公爵、伯爵家は全13家。その純血をはじめとして混血も含めた全吸血鬼を支配しているのがこの冷泉院雅玖。


しかもその婚約者の私はその真逆。

吸血鬼の血が一滴たりとも入っていない人間の純血種。



当たり前のように敵対してきた私たちが、こうやって同じ学校の生徒会室で話していることすら、奇跡に近い。



「百合亜?」


「……なんでもない。他はまだ部屋?」


「みたいだね。多分もうすぐ出てくるよ」



ポンポンと叩かれるソファークッションの音に誘われて横にある椅子に腰掛けた。

赤ワインの匂いが鼻につく。



「高校生がお酒を嗜むって、」


「しょうがないじゃないか。どうしようもない時以外はあまり吸血したくないんだよ。大丈夫、この程度で酔えないから」


別に酔うからとかいう心配じゃないんだけど。隣の雅玖は私の心配なんてお構いなしでグラスを傾ける。


時計の針が指す時間は16時。

机にはもう既に相当高いワインが一本空になってしまっている。


この時間からこんなに飲む人は大人でもなかなかいないでしょう。しかもこんな高いのを……。

このがぶがぶ飲んでるボトル、一本いくらかなんて考えたら負けだわ。



「なにやってんだよ、雅玖。こんな時間からっ」



雅玖の背から見慣れた黒髪。

無愛想な雅玖とは違って愛嬌がある方だからまだマシだけど、私たちの学年の男性は大概外見が尖ってるのよ。

根は真面目な人が多いから。もう少し丸くなればいいものを。


耳に光るピアスがまた変わってる。骸骨のなんて一体いつの間に買ったんだか。というか、



「アラン。あなたも人のこと言えないでしょう。お酒、バレてるわよ」



なんで私の周りはこうもお酒好きが多いの。

気がつけばこの生徒会室にはお酒が沢山。


最近、雅玖が寮の自室にこっそりワインセラーを作ったのだってこっちは把握してるんだから。もちろん、アランが自室に日本酒を大量ストックしてるのも把握済み。



「さすがに高校生なんだからちょっとは控え……っひゃぁっ」



後ろにぐいと引っ張られれば、見慣れたた光景に声音。



「ったく。百合亜、時間わかってる?日が落ちてからがこいつらの活動時間なんだから危ないでしょう」


「……灯は心配しすぎよ。大丈夫、ありがとう」



「灯さん、安心してください。百合亜さんに何かあるようでしたら私が全力で対処致しますので」

「あら、私の方がお姉様をお護りできてよ?」


「やめなさい、茜。鞠花ちゃんも。こんなことで力を使うなんて勿体ないわよ」


聖ローズマリー学園生徒会。

3年生4人、2年生1年生共に2人ずつ。計8人で運営されるこの学園小機関は非日常を日常にしてしまう、そんな場所。


「雅玖さん、今回の会議の資料です」

「助かるよ、聖。蓮は?」


「あぁ、ここに来る途中で特別講師の先生に声を掛けられてましたよ。僕は逃げてきちゃったんで。多分もうすぐかと」



「ならいいか。始めようか」




始めようか。


雅玖のその一言で、全員がその場から離れ、吸い寄せられるかのように会議用の椅子に腰掛ける。

気がつけば蓮くんもいて、席は自然と全て埋まった。


一番上座、窓際に座る雅玖が立ち上がるその時をみんな思い思いに待つこの時間が、私は実は好きだったりする。



「……じゃあ、今日も始めようか。この学園と国と、そしてこの世界の平和のために」



ちょっとクサイな。なんて思いつつ、隣に座る雅玖の顔を覗く。


毎日見てはいるけど、その少し嬉しそうな顔を見るのが、私は何より好きだったりする。



あぁ、今日も変わらない毎日だって思えるから。



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