橋の上の禅問答
しばらく説教を受けていると、鬼のような形相は少しずつ落ち着きを取り戻していき、言葉の強さも落ち着いてきた。
誰にも見られてなかったのは幸いだった。今の依光は傍から見ると、橋の上で正座をして項垂れているようにしか見えない。
「ふぅ・・・。さて、説法ばかりもつまらんだろう。せっかくの機会だ、何か我に尋ねたいことはあるか?」
完全に落ち着いたのか、穏やかな顔でこちらに問いかけてきた。
仏様の顔というのはこういう感じなのだろう、怒ると恐ろしい顔ではあるが・・・
しかし聞きたいことはあるが、どこまで踏み込んでいいものやら。
「それでは、3つお聞きします。まず、あなたは十二天将の内どなたでしょうか?」
「まさか我を知らぬとは・・・我らの話は何も残っておらんのか・・・」
恐る恐る尋ねたことに、落胆しつつも怒ってはいないようだ。
なるほど、式神としての誇りというものがあるのだろう。
「まあいい、我は十二天将が一柱、六合と申す。」
六合、詳しくは知らないが確か平和や調和といったものを司る神様だったか。
なるほど、それは幽霊と間違えて怒るのも無理はない。幽霊とは明らかに真逆に位置する存在だ。
「ほう、少しは我らに対する知識があるようだな。」
少しだけ気分がよくなったように見える。
なるほど、神様への信仰というのはこういう事なんだな。神様を識るということが、ご利益を得るための一歩という訳か。
「ええまあ、齧った程度には。では次の問いですが、他の柱の方々はどこにいらっしゃるのでしょうか?」
「む、まさか我らを利用するというのか?視える人間などそうおらんからな、何を企んでおるのだ。」
むっとした表情でこちらをにらんでくる。
式神とは言え神様だ、嘘を見抜くことなど容易いのかもしれない。
あの目に見られるとそんな気がしてくる。全てを見透かしているような、心の底を視られているような。
「いいえ、ただの興味本位です。戻橋に隠されていたという言い伝えを聞いたことがありますので。」
「ふーむ・・・まあ、その言葉は嘘ではないようだな。とはいっても四神は各方を護っておるが、残りの七柱については我も知らぬ。」
「え?」
まさかの知らないという答えだった。
やはり、式神同士の繋がりは薄いのだろうか?まあ、全員が全員仲がいいという事もないだろうけど。
「いや、正確には『今』どこにいるのか知らぬだけだ、普段はこの橋にいる。ここで晴明様の御還りを待ち続けている。」
少し予想外の答えが返ってきた。
待ち続けているだって、1000年以上も?まさか安倍晴明が還ってくるとでもいうのだろうか?
輪廻転生という概念もあるが、本当にありえるのだろうか・・・
いや、今はそれは考えないでおこう。それよりも今いないということはどこかに行っているらしい。
「えーっと、じゃあ3つ目ですけど。その、幽霊騒ぎで恐らく人々があなたを勘違いしていると思うのですが、あなたはここで何をされているのですか?」
「なるほど、それで我を幽霊なんぞと間違えたわけか。そうだな、我らはその不浄なるもの共が人々に悪さをせんようにしておるのだ。」
ああ、そうだったのか。十二神将たちがいないのは、それぞれ単独行動で幽霊を見張ってるためか。
ということは、霊道に行けば他の式神にも会えるのかもしれないな。まあ、無闇に探すのはさすがに罰があたりそうだが。
「この戻橋は昔から霊が現れやすくてな、ここを空けるわけにはいかんのだ。」
「なるほど、留守番みたいなものですね。」
「お前、なんか我を馬鹿にしとらんか?」
「気のせいですよ。」
さて、これで3つの問いかけが終わった。本当はもっと聞きたい事があるが、仕方がない。
こんな貴重な問答は今後一生ないだろうが、何でもかんでも問いかけるのは野暮というものだろう。
そもそも、式神とはいえ神様に会うなんてこと自体あり得ないことなのだ。ならば、全てを識ろうとするなど欲深いにも程がある。
まあこんな時、匡司なら遠慮せずに尋ねまくるのだろうが、俺にそんな度胸はないな。