幽霊の正体見たり
夜の帳が下りる頃、俺は一条通りを目指して通りを上っていた。
京の街特有の生温い風が時折吹く、それが何かの吐息のようで、この上ない恐怖感を演出している。
そんな雰囲気を楽しみながら歩みを進めていくと、例の橋が近づいてくる。
橋に近づいた瞬間、一瞬だけ風が強く吹き付けてきた。目も開けられないほどの風に怯んで目を閉じる。
しかし風はすぐに止み、あたりは静寂に包まれた。目を開けて改めて橋に向かう。
「さて、以前はこのあたりで見えたが」
前に見たような小さな影は見えない。
どうやら今回は出てきてくれないらしい。ならば、こちらから近づいていくか。
あと50m、少し緊張してくる。
あと30m、冷や汗が流れ出す。
あと10m、心臓が高鳴る。
ついに橋までたどり着いた。
いつでも逃げられるよう逃げ腰で橋を渡る。
覚悟を決めて、橋を渡り始めたその時だった。
「曲者ぉっ!」
目の前に大声を上げながら何かが現れ、驚いた依光は尻餅をついて転んだ。
突如現れた何かはこちらをマジマジと見つめると、気が抜けたような声でぽつりと呟く。
「なんだ人間か・・・全く紛らわしい・・・」
よく見ると小さい人のような見た目をしている。雰囲気的には、霊の類ではないだろう。
むしろ見ていると心が落ち着くような、そんな感じがする。
「あ、あんたは何なんだ?」
驚きで気が動転しているが、声を振り絞ってその何かに尋ねてみる。
すると、あちらも少し驚いたのか目を見開いてこちらを見てきた。
「お前、我が視えるのか。珍しい人間だ、あの御方以来だな。」
「あの御方?」
「あの御方と言ったら、晴明様しかおられんだろう。我らが仕えた偉大なる陰陽師であるぞ。」
目の前にいる「それ」は腰に手を当て、胸を張って自慢げに名を語る。
晴明、なるほど安倍晴明か。という事は、目の前にいるのは十二の式神のうちの一人だろう。
確かに、安倍晴明はこの戻橋に式神を隠していたとされているが、まさか現代まで残っていようとは・・・
というか、一尊?一柱?しかいないのは何故だろうか。
「どうした、恐れ多くて声も出んのか。」
「いえ、これはまた予想外なモノと出会ったなと思いまして。」
「ほう、では其方はどういう予想をしていたのだ?」
「そのー・・・幽霊ですね」
正直に答えた所、その式神は髪を逆立て顔を真っ赤にして憤慨した。
我を不浄の物と間違えるなど言語道断といいながら怒りの矛先を向けている。
しまった、さすがに正直に答えすぎただろうか。とにかく怒りが収まるまで待つしかない。
見間違えのことから始まって、最近の者は信仰心が足りないだの妖への恐怖心が足りないだのと、内容が明らかにズレている事までグチグチ言われ続けた。
なるほど、仏の顔も三度までというのは嘘らしい。仏かどうかは知らないが・・・