夜歩き
夏は怪談話がよく話のネタに上がってくる。
身の毛もよだつ怖い話をすることで、暑さを忘れようという魂胆だ。
ついでに肝試しも人気で、どこぞの寺が、だのあそこの墓地が、だのといった話をしばしば耳にする。
もちろん、何かが出るというのは本当だ。ただ普通の人は見えないから怪異であるとしか認識できない。
妖たちは、そんな人達を驚かせて楽しんでいる。意外にも妖は人を襲うということはしない、驚かすだけで満足しているらしい。
ただ、勝手に楽しんでる分にはいいのだが、巻き込むのだけはやめて欲しいものである。
俺たちの活動は怪異を探求すること。だから、夏になるとあっちこっちから怪談話の依頼が来る。
大江山に行ってからもう一週間、ずっと怪談話をしている。そろそろ自分たちの活動もしたいものだ・・・
「夏の夜ってやっぱり楽しいよね。」
京の街の夏は非常に蒸し暑く、昼夜問わず纏わりつくような暑さが不快さを感じさせる。
奈古は楽しいというが、どこが楽しめるのか甚だ疑問だ。
「この暑さを楽しめるあたり、俺はあんたを尊敬する。」
「いやまぁ、確かに暑いけど。ほら、夏の夜ってなんか神秘的じゃない?」
蒸し暑さが不気味さを醸し出しているが、これを神秘的と言って良いのだろうか。
夏の夜は妖たちも活発になる。妖は神秘的というか霊的なものだが。
霊的といえば幽霊は夏の夜くらいしか見かけない。他の妖と違い、霊魂が現世に帰ってきたときに現れるのが幽霊だ。
つい最近会った酒呑童子も盂蘭盆で帰ってきたと言っていたが、盂蘭盆がある夏には霊魂がよく帰ってくるらしい。
おかげで、夜になるとそこら中で幽霊を見かける。特に害はないため気にならないのだが。
逆に害のある幽霊は、季節に関わらず現れる。恨み辛みを持ち、物や場所に憑いた地縛霊のようなものだ。まあ、それらは滅多に見かけないのだが。
「暑ぃ・・・なあ、川縁を歩こうや・・・そっちの方が少しは涼しいやろ・・・」
匡司はすでに暑さで参ってしまっている。
ここ烏丸通には川どころか水辺はないが、一本道を移ると堀川がある。
夜の堀川近くはできるならば通りたくないのだが・・・
「堀川沿いを歩くか、このまま暑い道を帰るか、どっちがいい?」
「うげっ、よりにもよって堀川かい」
俺たちが堀川を嫌がるのには理由がある。
それは、一条戻橋と呼ばれる橋の存在だ。
様々な曰く付きの橋、この世とあの世を繋ぐともいわれている橋。
いい噂もあれば悪い噂もある、もちろんこの噂というのは霊的なものだ。
ゆえに、夜中出歩くときは余程の用がなければ近づく者はいない。
特にこんな真夏の夜には何があるかわかったものではない。
「さっさと帰った方が吉やな、ほら急ぐで」
「さっきまで暑がってたのはどうしたのやら・・・」
「まあいいさ、俺もできれば近づきたくない」
歩く速度を上げて、家路を急ぐ。
その時、ふと何かが目の前の道を通っていった。
月明りが反射しているのか、ほんのり白く光る何かが。
「珍しいな、人か?」
「妖じゃない?こんな真夜中にこのあたりをうろつく人なんかいないよ」
「人型の妖かもしれんな、それなら珍しいもんでもないやろ」
こちらに害がないのなら、妖でも気にしないのだが。
しかし、あの道は・・・
「一条通・・・」
嫌な道で嫌な物を見てしまった。
戻橋に続く道、あそこをまっすぐ行けば戻橋へとたどり着く。
あまりいい予感はしない、振り返らずにさっさと帰るべきだ。
全員が同じ思いだったのだろう、俺たちは何も言わずにさっさとその場所を通り過ぎることにした。