人も鬼も、呑めや歌えや
あたりは少しずつ暗くなってきた。
何時間も歩いているため、3人は疲れ果てていた。このまま歩き続けるとかえって危険だろう。
一応、簡易的なキャンプの道具は持ってきているから野宿は可能ではある。
「おい、あれはなんや?」
少し先に明るいものが見える。どうやら日本家屋のようだ。
こんな山中に日本家屋があるのも珍しい、というより行きにはなかったはずだが。
いつの間にか道を間違えていたのだろうか。
「家だね。しかも日本家屋の。」
「おいおい、マヨヒガとかじゃないだろうな?」
「あれは遠野の話だし、違うと思うけど。」
マヨヒガとは遠野に伝わる、山中に現れるという無人の屋敷である。
富を授かれるとか言われているが、あまり詳しいことはわかっていない。
「で、どうしよう?誰かいるかくらいは見ていこうか?」
「もしかしたら泊めてくれるかもしれんな!」
「お前、本当に図々しいな。」
そうは言いつつ、とりあえず見つけた家へと向かう。
近くで見てみると、かなり立派な日本家屋だった。
山の中にあるにしては不自然なくらい立派だ。
「ごめんください、どなたかいらっしゃいませんか?」
戸を開けた瞬間、凄まじい酒の匂いと騒ぎ声が飛び出してきた。
そして中から出てきたのは
「おう、御客人、はやく上がりな。宴はまだ始まったばかりだぜ。」
がっしりとした人の姿をしており、頭からは角が生えている。
そう、伝承で言い伝えられるような鬼である。
「え、その、鬼・・・ですか?」
「それ以外の何に見えるんだ?お前たち、俺らが見えるんだろ?」
「ああ、見えるが。」
「ならいいじゃねえか、今日は鬼も人も関係ない。さあさあ、入った入った。」
強引に家の中に入れられてしまう。
家の中では多くの鬼が飲めや歌えやと大騒ぎしていた。
すでに酒を大量に飲んでいるようで、空いた瓶がそこら中に転がっていた。
「おお、お主らか。儂らが見えるという人の子らは。」
3人とも驚いてしまい全く言葉が出ない。
「はっはっは、驚かせてすまぬな。なに、この山に帰ってみればこんな時に人の子がいると聞いてな。久方ぶりに逢うてみたかったのだ。」
鬼たちの中で、一回り大きな鬼がこちらに声をかけてくる。
人を優に超える巨大な体、口から飛び出した牙、そしてなにより存在感を放っている大きな角。もしすると、あれがかの有名な・・・
「なに、捕って食おうとは思っておらん。ただ、客人として招いたまでだ。」
「あ、えっと、もしかして貴方は酒呑童子ですか・・・?」
「おう、儂が大江の山の酒呑童子よ。」
やっぱりそうだった。
俺たちを彼が招いたということは、あの遭難は彼の仕業ということだろう。
食わないとはいったものの、さすがに信じがたい。
鬼は約束を違わないとは聞くが、果たして本当だろうか?
「えっと、招いたっていう事は私たちに何か御用が?」
「うむ、まあ、それなんだが。ただ語らいたかっただけなんだ、これが。」
「えっ、そんだけ?」
「言ったであろう、久方ぶりに帰ってきたと。」
「帰ってきた?」
どこかの山にいたという事だろうか?
死んだ後も生きていたという訳ではなさそうだが、首だけ生きていたという伝承も無いこともない。
「お主らも疲れておろう。しばし休んでいくとよい。」
「ど、どうする?」
「もうすぐ夜になるし、さすがに下りるのは危ないやろ?」
「こっちはこっちで危ないような気がするが・・・」
彼らは食うつもりはないといった。
それなら、暗闇の山を駆け降りるよりは安全かもしれない。
それに相手は未知の妖だ、こういう体験も珍しいだろう。
こういう時、緊張感というか危機感があまり湧かない自分に飽きれてしまう。
だが、やはり好奇心には勝てないな。
「それでは、お言葉に甘えて。ですが、お酒は私たちは弱いので飲めませんよ?」
「よいよい、語り相手だけでも良い。」
そんなわけで、俺たちは鬼の酒盛りに参加することとなった。
酒は飲めないが、食事をしながら鬼たちと語り合う。
鬼たちにも色々おり、今でもこの山にいたり、他の山にいたりと様々であった。
他にも、昔の話もしてくれた。自分たちが何をして、そしてどのように討伐されたのか。
おおよそは伝承の通りであったが、やはり頼朝達への憎しみは大きいようだ。
「儂らが正々堂々勝負して負けたというのなら甘んじて首を斬られたものを・・・鬼に横道などありはしない。」
酒呑童子が最後に言った言葉と同じことを言った。
そのあたり、鬼というのは清々しい生き方をしているのだな。人里を襲ったり、人を攫うのはいただけないが。
それでも鬼としての誇りを持って生きていたのだなと思う。
「そういえば、帰ってきたというのはどういうことで?」
「おお、そのことか。なに、盂蘭盆で戻ってきたまでよ。故に今の儂は霊体だ、体はとうに朽ちておる。」
鬼にも盂蘭盆ってあるのか。
いや、そもそも帰ってきていいのだろうか。
今更だが、祀られているという事は神霊ではないのか。
それに、神霊って盂蘭盆に帰ってくるのか?
「毎年この時期だけ戻ってきておるのだ、昔を偲んで集まるためにな。その間、人間がやってこないように神社を隠しておったのだが。」
「ああ、そこにワシらがやってきてしまったということか。」
「だが、お主たちは妖たちが見えているようだったからな。せっかくだから、こうして招いたという訳だ。」
嬉しいような、恐れ多いような理由で招かれた訳か。
しんみりした様子で酒呑童子は更に続ける。
「儂はこの地で人の移り変わりを見守っておったが、どうにも気になっておったのだ。人間は儂をどう思うておるのか、と。
恐ろしいモノか、それとも信仰すべきモノか。だが、儂らと語らうには儂らが見えていなければならん。」
鬼として生き、死後には神社に祀られてこの世を見続けていた。
人々にとっては恐怖の対象だったのに、いつの間にか信仰の対象へと変わった。これ程不思議なことはないだろう。
正直、俺たちにもわからない。昔の人々はどういう思いがあって彼を信仰の対象としたのだろうか?
それでも、俺たちにとっては恐怖だとか信仰だとかそういう考え方はない。
「そうですねぇ・・・俺たちにとっては興味を惹かれるモノですかね。」
「ほう?これはまた、思わぬ答えが返ってきたな。」
「妖というのは千差万別。見て、聞いて、逢ってみて初めて分かるもの。だからこそ私たちは興味を惹かれる。」
「それが鬼だとしても、酒呑童子だとしてもか?」
「まあ、最初は恐ろしかったけど、ただそれだけじゃないってわかったからな。」
「なるほどな・・・そういう人間もいるというのか・・・」
そう呟くと、酒呑童子はそれ以上このことについて話そうとしなかった。彼なりに何かわかったことあったのか。
その後も宴は続き、丑三つ時には鬼たちも騒ぎつかれたのか眠りについた。