遭難?
少し足場の悪い道を慎重に進みながら、遭難しないよう道端の木に目印を付けていく。
道が途切れてから数分ほど経った頃、木々の間に少し開けた場所が見えてきた。
消えた神社があった場所だろうか、自然にできたにしては不自然な空間だ。
近づいてみると、どことなく不気味な空間がそこにはあった。
「ここか?」
「うーん、ちょっとは何かが残ってると思ったんやけどなぁ。」
「なぁーんにも無いね。」
まだ山道は少し続いているが、おそらく消えた神社というのはここにあったのだろう。
建物どころか礎石があった跡すらない、しかし神社があったであろう広々とした空間はしっかりと残っている。
しばらくその場所を茫然と眺めていると、奈古があることに気付いた。
「あれ、そういえば妖たちの姿が見えないね。」
言われて初めて気付く、さっきから妖たちの姿を一度たりとも見ていないのだ。
そういえば、見なくなったのはあの山道に入ったあたりだろうか。
ずっと俺たちのことをつけ回していたのに、突然すべていなくなるなんてあり得ない。
あれだけ妖がいたという事はもっとたくさんいてもおかしくはないのだ。
隠れるならまだしも、消えるというのはどういう事だろうか。
「とりあえず写真は撮ったが・・・さて、どうしたものか。」
「もう戻った方がいいと思うんだけど・・・」
嫌な予感がすると奈古が言う。
確かにこの場の空気はあまりよくない、こんなに緑に囲まれているのに淀んだ空気のように感じる。
なぜ消えたかという理由を知ることができなかったが、もう帰り道に向かうべきだろうか。
いや、やはり戻るべきだ。いい予感がしないのはおそらく匡司もだろう。
「うーん、行きはよいよい帰りは怖いってな。」
突然、匡司がポツリと呟いた。
「通りゃんせだっけ、その一節は。」
「そうやな、神社へ行きはいいがその帰りは怖いってな。よくできた話だと思わんか?」
「冗談でもそういうことは言うべきじゃないぞ。特にこういうところではな。」
こんな山中で、しかも消えた神社の帰りというタイミングだ、縁起が悪いっていうレベルじゃない。
何かが起きる前にさっさと戻ることにしよう。
あの場所から戻り始めてどれだけ経っただろうか。
いくら戻っても舗装された道が見えてこなかった。
目印はすべて通ってきたというのに肝心の道が見つからない。
3人の先に続くのは足場の悪い下りの山道だけだった。
「ええと、遭難しちゃったかなぁ・・・?」
「一応、道はあるし道迷いやな。」
「どっちも同じだバカ。」
嫌な予感が的中した。
目印が消えただけならまだいい、だが道が消えたとなれば話は別だ。
おそらく妖の仕業だと思われるが、そうだとしたらそう簡単には下山できない。
ただ、肝心の妖はどこにもいない。どこかに隠れてこちらを見ているのだろうか?
「驚かせてみるか?」
そういうと匡司は鞄から風船を取り出して膨らませ始めた。
意外にも妖たちは大きな音に弱い。風船の割れる音ぐらい壮大な音を出せば驚いて逃げていく。
これは街に現れる妖たちに化かされたときに使える方法だったりする。
さすがに街中で風船を割るようなことはできないが、代わりに防犯ベルを鳴らすだけでも十分だったりする。
ある程度膨らませた風船を一気に割ると、大きな音が山に響き渡った。
しかし、何かが動くような音もしなければ、周囲の変化は一切なかった。
「さて、どうしたものか。」
「どうしたものか、じゃないでしょ。どうするのこれ?」
「そこらへんの妖の仕業じゃないって事だけはよう分かったな。」
「あとできることは・・・」
「とりあえず、下山することだろうな。」
無事下山できることを祈りながら進んでいくしかなかった。
ただ、どれだけ歩いても周囲は変わらず、木々に囲まれているせいで現在の位置も高さもわからない。
夏だからまだ明るいとはいえ、これ以上遅くなるのは問題だ。
だが焦ってもいいことは起きない。落ち着いて行動しないと更に深みに嵌ってしまう。
それでも、時間は無慈悲にもどんどんと進んでいってしまった。