活動の始まり
この街には、ごく普通の日常の中に妖たちがいる。とはいっても、街中に堂々といるのはこの国の中でも京の街だけだ。
妖といっても千差万別であり、小動物ぐらいの大きさから人間大か、それ以上の奴がいる。
そして、見えないことを良いことに悪戯をする奴もいれば、人間のふりをして街にいる奴もいる。
どんな妖も殆どの人には認知されていない。見えない奴は言うまでもないが、人のふりをして社会に溶け込んでいる妖などほとんど判別できないものだ。
もっとも、普通は見えない妖も見ることができる俺からすれば、この街は人も妖も入り混じったとても賑やかな所である。
ただ、今朝の街は普段より一層賑やかであることは間違いないだろう。
「やけに不機嫌そうやな。」
「早朝に地震で叩き起こされたからな、眠くて仕方がない。」
釣られた自分が悪いとはいえ、これから部屋の片づけを手伝わせられるんだ。不機嫌じゃないほうが難しい。
普段から整理を怠っていた自分の部屋なのに、地震で散らかったから片付けを手伝えと言うあたり図々しいと思う。
ただ、匡司の言う『面白いネタ』には興味がある。本当に面白いネタだった場合、無下にするのは勿体ない。
例の事故現場に向かっている途中、遠くから声をかけてくる人影が目に入った。
「おい、なんでアイツまで呼んでるんだ。」
「男二人だとむさ苦しいやろ?」
そう話している間に一人の少女がこちらに走ってくる。
女に片付けを手伝わせるのはどうかしてると思うが、もう既に呼んでしまっていてはどうしようもない。
非常にうれしそうな顔で向かってくる姿はさながら子犬のようだ。
「おはよー、今朝の地震凄かったねぇ。」
「奈古の家は大丈夫だったのか?」
「神社って結構耐震性あるからね。頼嗣君は?」
「被害の出るような物は持ってないからな。」
「被害あったのワシだけかい・・・」
被害があって然るべき汚部屋だったから因果応報というやつだろう。
実際に匡司の部屋は汚すぎるぐらいだった。何に使うのか分からない大量の機材、昔の資料とかいう大量のアルバム、今まで集めた情報を書き記したもの等々。
生活できる幅くらいはあったみたいだが、あの狭さは異常だと思うレベルだった。
俺が乗り気ではないのはそれが原因だ。
あの全てが崩れていると考えると、片づけをするということは相当な重労働である。
「匡司君もさあ、これを機にちょっと片付けてみたらどう?」
「ぜひ、お願いするわ。」
片付けだけでなく整理まで手伝わせる気だ。
しかし、一度引き受けたものは仕方がない。やらなければネタも教えないだろうし。
さて、あの汚部屋がどんな悲惨な状態になってるのか今から楽しみで仕方がない。
結果的には何もかも予想外だった。
倒壊して散らかった紙の束、床で飛び散っているノートと本、壊れた機材とその破片。
もはや乾いた笑いしか出てこないほどひどい有様だった。
あれほど片付けろと再三言っていたにも関わらず片付けなかったツケが回ってきていたのではないだろうか。
匡司が壊れた機材の確認をして一喜一憂している間に2人で散らばった紙やノート、本をある程度まとめていく。
ある程度空間が確保できた頃、匡司はもういいといって片付けの手を止めて確保できた場所に座ると面白いネタを話し始めた。
「なんと、ここから北に下ったところにある鬼岳稲荷山神社が地震発生後にまるで元々何もなかったかのように消えて無くなったらしいんや。」
たしか鬼岳稲荷山神社とは、討伐した酒呑童子の首を埋めたとされる神社だ。
酒呑童子の神社と考えるとなかなか変わった神社のように思えるが、今では地域の人に信仰されているようだ。
そういう曰く付き場所ではあるが、それにしても消えたとはどういうことだろうか。
「見間違えとかじゃないの?」
「そっくりそのまま、消え去ったって話やな。まあ普通に考えれば消えるなんて事はないやろうけど・・・」
この情報の出所を聞いたところ、地震の揺れで北部の方から逃げてきた妖達が話していたようだ。
小数の意見なら集団で嘘をついている可能性もあるが、多くの目撃情報があるようで信憑性はあると思われる。
さて、普通なら北部まで日帰りっていうのは流石に厳しいのだが、運がいいことに今は夏休みに入ったばかり。
消えた神社の謎、しかもその神社はあの酒呑童子と関係がある神社だ。
夏休み一発目の活動としてはとても良いネタになるだろう。
「俺は行きたいけど、どうだ?」
「うん、せっかくの夏休みだし行ってみないとね。」
「気になるもんはとことん調べないとな。」
満場一致で行くことに決まると、各々準備をするために家に戻る。
次に3人が集まった時には、時計の針が9時を指そうとしていた。
「それじゃあ怪異探求倶楽部、出発だ。」
「おーっ!」
俺たちは、怪異探求部。
世の中の不可思議を探す集団だ。