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最恐

 

 部下が動き出したのを境にギャングのリーダー、セルジョに標的を絞ったチェルソは、そちらに身体を向け足元の死体を跨いで歩み出す。



「ひッ……」



 獲物は逃がさないとばかりに真っ直ぐに見据えられ、セルジョは喉を引くつかせ小さな悲鳴を漏らして一歩後ろに下がった。


 セルジョの全身には寒気が走り、目の前に迫る恐怖対象から目が逸らせない。

 寧ろ逸らしてはならない、もしも背を向けようものなら瞬時に殺される──そう脳内に煩く鳴り響く警戒信号の勘が伝えてくれているのだろう。


 或いはただただ怯えて動けなくなってしまったか。



 殺気を含んだ、殺人鬼特有とも言える暗く淀んだ瞳。

 その奥から、チェルソはこの場をどう楽しんでやろうかと嬉々とした感情を濃く滲ませ──

 同時に銃を握る右腕を伸ばしたかと思えば、なんの前触れもなく放たれた銃声音。


 銃身を飛び出した弾は、セルジョの右頬を無惨にも抉り取っていく。



「んぁ──ッ!?」



 チェルソの動きは一見ただ腕を伸ばし適当に放ったかのように思え、そしてその弾が偶然掠めた程度にしか感じられないだろう。

 腕を上げてから弾丸を放つまでのスピードが、異常に速いのだ。


 だが決して適当などではない。

 最強銃士と謳われる、チェルソ・プロベンツァーノだから成せる技。


 全ては正確に、狙い通りに。



 抉れた頬の痛みに顔を歪ませるセルジョの傍に、楽し気な様子でニコリと笑うエルモの身も迫って来る。

 自身の元へ歩んでくる二人に警戒心を剥き出しにしながら、再び後ろに下がろうとした──


 しかし、ニコニコと笑うエルモの顔から突如すぅーっと表情が消え、それにびくりと震えたセルジョの背筋は凍り付く。



「ドンの命令でその子の解放を……」


「きゃあっ!?」


「……」



 エルモは己の任務を遂行するため、命令のひとつでもある少女の解放を試みようとしたところ、言葉にしただけであっさりとセルジョの腕から少女が離れた。


 より正確に言うならば、解放命令を下した側のチェルソに怯え相手に従った。

 そして少女を腕から離したところ、段ボール箱の中へ落ちた──といったところだろうか。


 これには少し予想外だったのか、エルモの瞳が僅かに見開く。



「なんだ、ちょっとは拒むかと思ったのに。まぁ良いけど」



 簡単に少女を手放したセルジョは、すぐ傍まで来ていたエルモを避けるように反対方向から中央に向かって歩く。

 この場から逃げ出すつもりはないが、それでも二人同時に相手をする余裕など毛頭無い。

 エルモと一対一で刃をぶつけ合った時ですら、セルジョは一度も攻撃を当てる事が出来なかったのだから。



 中央に向かい歩きながら、その間も一切視線はチェルソとエルモから離すことはしない。


 ただしエルモに至っては、もはやセルジョの事など眼中には無い。

 告げられた侮辱は決して許した訳ではないが、記憶を取り戻したと思われるドンの命令であれば優先順位は変わる。

 自分の怒りはしまい蓋をして、少女の解放に専念する。



 チェルソも中央に出てきたセルジョから視線は逸らさず、一度歩む動きを止めて身体の方向も変えれば口を開く。

 


「さっきまでの威勢はどうした」


「……」



 その言葉に対しセルジョは何もこたえる事はなく、眉をひそめ歯を食い縛る。

 一瞬だけだが周りを見ると、そこにはフェルモが倒したとおぼしき死体達。

 ──くそっ、役に立たない奴らだ。

 セルジョは心中で毒づく。




「本来ならばお前ごとき相手をする気は起きないが、今日は特別だ」



 口元を緩ませ犬歯が覗く。

 腕を伸ばし、両手に握る銃──二丁をセルジョの身体へと向けた。

 チェルソは楽し気に、狂いながら、淡々と言葉を放つ。



「何もせずに死ぬ。抵抗して死ぬ。自害する。どれか好きな方を選ばせてやる」


「はは……旦那、そりゃあないぜ。まぁ敢えて言うなら抵抗はしたいねぇ」



 どの選択をしようとも、死、以外の道が無い事にセルジョは苦笑いを浮かべ──

 抉れた為に頬が引きつっているのか、絶句して頬が引きつっているのか判断は出来ないも、セルジョの表情に厳しさが表れる。


 しかし次にとったチェルソの行動に、セルジョの心情は激しく揺れる。



「なんならハンデをやろう。俺は暫く拳銃(こいつ)を使わないでおいてやる」


「なっ……馬鹿にしてるのか!?」


「銃はお前を殺して遊ぶのに取っておく。楽しみは最後が良い」



 あろうことか、チェルソはその場で両手に握る武器を落とし、なんの躊躇いもなく簡単に手放したのだ。

 これでは完全に丸腰状態。

 しかしその顔は余裕が浮かび、絶対に己は大丈夫だと自信が溢れている。



 確かに力の差はあれど、セルジョにもプライドは存在する。

 いくら自分が相手より弱いと判断されたとは言え、こちらは刃物──それも全長三十センチはあるシースナイフを持つ。


 自ら丸腰になるとは──それほどまでに弱者と見なされたか。

 あからさまに馬鹿にされ、沸々と怒りが湧き起こるセルジョは青筋を立て再び威勢を取り戻す。



「いいのかい、旦那ぁ? 丸腰だろうが俺は容赦なくあんたを切って切って切って切って切って切りまくってやる! 確かにあんたからは強さが痛い程伝わる……でも馬鹿にされた分、仕返ししてやる」



 告げた直後セルジョは動く。

 もはや先程までの震えや怯えは無く、ただ馬鹿にされた怒りに身を任せチェルソを傷め付けたいが為に走り突っ込む。





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