第四話 水鳥川花耶
長い髪を後ろで束ね、束ねきれなかった一部をこめかみに沿って下ろしているのは水鳥川花耶。
元々は髪なんて束ねていなかったし眼鏡もかけていたが今は激しい動きもするからこの髪型になった。
眼鏡はいずれ浮遊レンズに変えるつもりだったがゲームの認識強化のおかげか裸眼でも問題ないようだ。
透き通るような白い肌には傷一つついていない。
それだけこれほどの混乱の中でも余裕で過ごせていることが伺える。
私は水鳥川花耶。
カーヤというプレイヤー名でROADをプレイしている。
β版もやっていたけれどその時は別の名前だったわね。
八雲龍馬とは近所同士の幼馴染で昔はよく一緒に遊んだけれども喧嘩をして以来会わなくなっちゃった。
今でもどうしてあんな言い合いになってしまったんだろうって思わない日は無い。
そんな些細だけれども大きな後悔が私にずっと付きまとっているの。
龍馬はそんなに活発じゃない、けれども一緒にいたくなる人だった。
彼は元々外で遊ぶよりも家の中や屋内で遊びたがる性格で中学も半ばまでいくとその傾向はさらに強くなった。
外部活に入っていたからかその反動でプライベートは外よりもさらに屋内で過ごす方を優先してしまったみたいなことを言っていたけれども私は悶々としてしまったの。
楽しいイベントや場所は外にもたくさんあるから行ってみようって言ったけれども暖簾に腕押しでしかなかった。
何回か誘ってここなら絶対に楽しめるってところも探してみた。
色んな楽しみを知ってほしかった。
……ううん。それは違う、というか本心の全てじゃない。
どこでもいいから龍馬と一緒にいる時間が欲しかったんだと思う。
だから今にして思えば強引な誘い方もしたし、対応してくれなかったら彼のお母さんにも話を通す手伝いをお願いした。
時は流れ二人とも成人したある日、ROADというゲームが待ち遠しくて仕方がないって彼は言った。β版だしその時は何それ?ってゲームだったけれども試しに私もやってみた。
向こうは私がやっていることなんて知らないけれども軽く質問をしてみるとプレイヤー名とかサーバー名(正規版はサーバー別ではない)、ジョブや武器を気分良く教えてくれた。
私が遊びに行こうと誘った時は見せなかった上機嫌さに少し苛立ちを覚えたけれどもおかげでプレイヤーの特定はすぐにできた。
ゲームの攻略法も片っ端から調べまくって彼の行くステージにも私が私だとバレないようについていったし共闘もした。そうしていくうちになるほど、このゲームは凄いってことは十分すぎるくらいに分かった。
そして、平均的なプレイヤーから見て私も彼も圧倒的に強い立場にいるってことも理解した。
ついにβ版のクライマックスの討伐イベントが開催された。彼はこの瞬間を待っていたかのようにどんどんポイントを上げていった。
それは私も同じで数多くの幸運が重なりとんでもない敵も倒すことができた。
そうして、終了したイベント。
彼は堂々のランカーになってβ版の幕は下りた。
これでようやくゲームは飽きただろうと思って余韻に浸るのが終わったあたりで連絡を取った。
「久々にどこか行かない?」
そう切り出した。
私の勝手な予想で彼は了承してくれると思っていた。
でも返事は期待を裏切るようなものだった。
そこからは今でもどうしてあんなことを言ったのかわからないようなきついことを言ってしまった。どこかで許してくれるって甘えていたんだ。
でも実際は違った。
どういう訳か彼もその時は虫の居所が悪かったようでそこからはもう言い合いもおさまらず、結局それ以来連絡は取っていない。
やがてROADの正規版の予約が始まった。
私にとっては嫌な思い出があるけれどもあれをやれば彼に会えることは分かっていた。だから購入した。
発売日初日に「如月」でプレイヤー名を検索したら見つかった。
一人しかいない。
そして持っている武器はクラウソラス。
間違いない、龍馬だ。
彼は最初の方は誰かと一緒に攻略していた。
私もその内の一人だけれども向こうはこっちが誰かは知っていない。現実ではギスギスしてしまったがゲームの中だとそんなことは関係なかった。
何度か一緒に討伐に出かけたりアイテム採取もしに行ったがどうやら元来彼は誰かと行動を共にするのに積極的ではないみたいだ。
だから一緒に行動するプレイスタイルも自然解消していった。
でも行動は把握できるので跡を追ったり、入手しようとしているアイテムを予想して目的地に先回りしてみた。
どの場所もステータスもプレイングスキルも必要だったけれどなんとか攻略し続けることができた。
そしてやってきたのがREGULUSの暴走。
これで世界は一変してしまった。
彼は放浪タイプの冒険者になったようでこの騒動の後に住んでいたマンションを出ていった。
一人暮らしだから身軽なんだろう。同じマンションに住んでいた私は彼が出ていってすぐに後を追っていった。
私も彼ほどではないがあまりARモードでは戦っていなかったから最初は新鮮さに楽しみを覚えていた。
でもだんだんと今の状況の危険さを理解した。
リニアはもちろん、新幹線、果ては在来線まで機能していない。電気自動車も信用できないから歩きで移動することになる。
彼の向かっている場所は大方予想がつく。ゲームでも困った時はこの行動パターンだった。この地域で一番大きな新国際政令指定都市を目指しているんだ。
その道中に信じられない状況が目に映った。本来は複数人で戦うはずのボスと彼が戦っていたのだ。
介入しようか迷った、でも一歩踏み出す勇気が無かった。
そして、ここ一番のピンチを迎えたときに咄嗟に武器を取って攻撃を放った。その後はすぐに隠れてしまったけれどもなんとかボスをほぼ彼一人で倒した。
すぐにふらついた彼の方に向かって飛び出す。
明らかにダメージを受けた様子がおかしい。
このままじゃ何かよくない予感がする。
とてつもない不安が襲って来ていても立ってもいられなかった。
近づいて息があるのを確認して安全な場所まで運んだ彼は今、私の膝に頭を乗せて寝ている。先ほど起きそうになってようやく自分が何をしているのか実感してどうしようか慌てた。
言い訳とか起きた後にする行動とかがとてつもない速さで脳内を駆け巡ったがどうやらまだ疲れが取れていないようで再び体から力が抜けるのを感じた。
もう少しだけこのままいよう、いや、いて欲しい。
そう思った。
それにしてもクラウソラスを取り出した時の彼の微妙な表情。今ようやくわかった。
なんでβ版終了時にあんな機嫌だったのか。
もちろん、私が言ったことも自分勝手だったのは理解している。
でもそれに加えて……
彼女は自身が持つメインの武器を変更した。
レーヴァテインの代わりに同クラスの剣【海王ーテンペストー】をメインに設定し、しばらく膝の上の表情を見つめ続けた。
こうして一緒になったのはいいけれども起きたらどうしよう
本当にどうしよう
もちろん、起きて欲しいけれども……