第二話 砕ける黒紫、放たれた朱色
いきなり訪れる脅威。
極限の状況に焦り、そして楽しむ彼。
しかし、余裕はついに消えた。
その瞬間、目にしたのは…
ー4つ手の大鬼ー
普通は同じギルドのメンバーか信頼できるフレンドを何人も誘って戦うべきレイドボス。常に怒りに満ちた顔をした人型の大鬼。
人型と言っても身長は3.5mはあるだろう。それに腕は四本ありその一つ一つが火・土・水・風の4属性をそれぞれ付与された金棒を握っている。
防御が高いジョブと装備でそれらの攻撃を複数人で受けながら腕を切り落としてダメージを与えていくのが王道の攻略法だ。
ただ、腕は切り落としても1本につき2回まで再生してしまう。
だから攻撃を緩めてはいけないし、常に回復も防御もしなければならない。
攻撃役が大鬼から数発も喰らえば戦闘不能にだってさえなりうる。
だから役割を分けて集団で倒すのだ。
そんな大鬼がどういう訳かソロで移動中の俺の前に出現してしまった。見逃してくれるわけではなさそうだ。
戦闘時に表示されるインサイトステータスがしっかりと大鬼の数値を表している。
※インサイトステータス(IS):敵のHP・物理攻撃・速度・耐性などがリアルタイムで表示される画面。専用コンタクトまたは眼鏡を装備している場合はそれらに表示されるが、装備していなくても自分の正面5~30センチ以内に表示可能。
また、表示を切るのも再表示するのもプレイヤー次第。
だから戦う。
4つ手の大鬼とは何度か戦ったことがあるがソロで行動してからは戦ったことが無い。
正直言って怖い。初めて攻略した時は他にもプレイヤーがいた。役割が決まっていてその役割に準じて攻略すれば倒すことができる敵だった。
ただ、今は状況が全く違う。全ての役割を自分でこなさなければならないしそもそも決まった戦い方をしている余裕なんてない。
間合いを見極め、八岐大蛇を両手で構える。
こちらのタイミングで攻め入ることができるのはせめてもの救いだ。
剣(刀)+2、速度+2、リジェネレーター発動。
そして、踏み込む!!
こちらの間合いに入ったのと同時に二つの金棒が自分に降りかかった。垂直に下したその腕の動きは知っている。
だから、直前で一歩下がり振り下ろされた手を切る。間髪入れずにもう一つの下した腕もぶった切る。
大鬼はうめいて少しだけ怯む。わずかな間に隙ができる。2本の腕が再生される前に刀スキル「八首の邪竜」をそのいかつい両足に叩き込んだ。
刀より黒い8つの斬撃が同時に飛び出し全てが命中。
手ごたえは十分に感じた。
ただ、大鬼のHPを見ると余裕なんて感じられない。これだけやってまだ1.5割しか削っていないのだ。
そして腕も再生してしまった。
今度は向こうがこちらに近づいてくる。すかさず動体視力+1、反応+3を発動。最初に雷の金棒を右横から打ち付けてくる。
これも後ろに下がればいい。そして、切り落とす。
問題はこの後だ。
この技を使った後はランダムの方向から残り3つの攻撃を仕掛けてくる。
残る腕はこちらから見て右上、左上、左下。左上の腕がこちらの斜め上左側から迫りくる。
左に重心を置いて避ける。
が、まるで読んでいたと言いたいように鬼は笑った。
さらに左側から腕が迫りくる。先ほどのように腕を切り落とす余裕はない。八岐大蛇を腕が来る方向に構えて防御の姿勢を取る。
これでダメージはある程度軽減できるは……
「グフッ……!!」
思わず、歯を食いしばった。
攻撃を受けた刀を伝って重く鈍い衝撃が両腕と肩、そして踏ん張る足にまで到達した。
意味が分からない……
いや、今はそれよりも……
最後の一撃は上方向か右か下方向にしか来ない。
だから、さらに思いっきり左に跳んで距離を取った。
結局切り落とせた腕は1本だけ。その1本はもう再生が始まってしまっている。
おかしい。
でも違和感はあった。
ここに来るまでの間に雑魚敵は何体も現われたが全て一振りで倒すことができた。ただ、その際に刀を伝って、切った感触が手に残った。
その時は錯覚かと思ったが今のではっきりした。
どういう訳かモンスターとの接触による感触はこの体に影響を与えるのだ。じゃあ、もしもあの時防御できていなかったら……
血の気が引く思いってこういうことを言うんだな。そんなことを考えていたら鬼が再びこちらに向けて距離を詰めてきた。
怖い。
恐ろしい。
最悪の事態がどうしても頭をよぎる。
でもなぜだろう。今まで味わったことが無い胸の高鳴りを感じる。
そういえばROADを最初にプレイした時もこんな気分だったな。平穏な日常に飽きた贅沢すぎる悩みを吹き飛ばしてくれた。
圧倒的な臨場感でその世界にどっぷりと浸かった。外でも屋内でも遊べて暇さえあれば起動していた。
いつしか忘れかけていたそのワクワクがまた吹き上がりそうになる。
1本、さらに1本。さっきよりも目が慣れて鬼の腕が地面に落ちやすくなった。
再生が始まるが鬼はさっきとは違い脱力した体勢になった。
今が勝機?
いや、違う。
ここからが危険な時間だ。
8本の腕を落とした段階で鬼は強くなる。速度と物理攻撃が上昇していくのはISで確認した。
あの時もこれで一緒に戦った8人の内3人が倒れた。
そして、鬼が顔をこちらに向けた瞬間にシールド発動。すぐに正面に展開したシールドに鬼がぶつかる。
ただの体当たりだ。でも、シールドはすぐに破壊されそのまま俺に当たった。
一瞬空が見えたがすぐに吹っ飛ばされながらもなんとか体勢を立て直した。
が、鬼の攻撃は止まらない。
4つの金棒が縦横無尽に襲い掛かる。
後ろに跳びながらも躱しきれないので刀で防ぎ続けるがまずい。
八岐大蛇は通常攻撃とスキルによる攻撃は天下一品だ。本来なら鬼の腕だって何回も強力な攻撃を加えてようやく落とすことができる。それを一回の斬撃で成し遂げてしまえるんだから攻撃力は言うまでもない。
その代わりにランクに対して脆い。今まではやられる前にやればいいだけだったから耐久なんて気にせずに済んだがこれはまずい。
こんなことならブロッキングの練習をもっとしておけばよかった、そんな事を思いながら右真横からの大振りに対して刀で防ぐ構えを取るが分かってしまった。
八岐大蛇が砕ける瞬間が。咄嗟にシールドも張り逆方向に避けるが体の右部分に衝撃が走った。
一瞬息ができない。
あとから痛みが出てくる。
一連の攻撃が済んだ鬼がさっきよりも背が高く見える。
いや、自分が倒れたのか。
かろうじて立ち上がるが直後に鬼は攻撃体勢に入る。
あー
終わりだ……
他人事のようにあきらめた気持ちが出てしまった次の瞬間、鬼の顔面目掛けて炎の一閃が走った。
ガーベラ色の美しく破壊的な炎だった。
「この攻撃は……」
見覚えがある。
いや、見覚えというよりは憧れの記憶だ。
でも今は目の前の敵に集中する。
そして、全回復瓶→大転換発動。
※全回復瓶:HP満タン回復のアイテム。高価。安売り時3ガイアで幾つか購入。
※大転換:HPをSPに変換するスキル。全HP8割消費、代わりにSPが満タンになる。
顔に攻撃を受けた大鬼は凶暴化する。これによって攻撃力はさらに上がってしまう。
でも今はこれが正解だった。
凶暴化する代わりに動きが単調になる。右上、右下、左上、左下の順で腕が襲い掛かる。それぞれ真下、真横、真下、真横にしか方向が決まっていない。
4つ手の大鬼は見かけによらず魔法攻撃に耐性がある。
射撃は距離を取れない。
ラ ンス系か剣系で戦うことになるが今は両手で持てるランスしかない。
ならばーーーー
八岐大蛇が破壊された代わりに新たに取り出した武器は片手剣【クラウソラス】。
「これを再び使うことになるなんてな」
あとはSPをこれだけ残して……剣+3、速度+3、反応+3を再発動。
怒り狂った大鬼が力の限り攻撃をしてくる。
でも避ける方向は決まっている。
あとはいかにその早さに追いつくだけかだ。
1回の大鬼の攻撃ごとにこちらは2回の攻撃を入れる。
4回、6回、8回、10回。
敵の攻撃を全て避けて代わりに攻撃を叩き込む。
そして3本の腕が落ちる。
でもここで速度に限界が来る。
避けて攻撃した動きのラグが溜まってとうとう回避不可能な体勢になった。
シールド展開3重、物理防御+3
だから受けて立つ。最後のSPを使用して左手でシールドを展開し、その方向から来る攻撃に備える。
左側の攻撃を無理矢理耐えてがら空きになった胴体に可能な限り連撃を加えた。一番外側のシールドが割れる。
次のシールドにひびが入り、さらに割れる。この間に6連撃。
そして最後のシールドにひびが入った瞬間にしゃがみ真上を通る腕めがけて攻撃を加え入れる。まだ残っている腕を再び使って俺に攻撃をするが今度は避けない。
今にも壊れるシールドに鬼の攻撃が当たった瞬間、こちらも鬼の正面ではなく腕に攻撃をした。最後の1本が鬼の体から斬られ、離れる。
勢い余ってその手から開放された金棒が俺の体に再び衝撃を加えるが胴体へ何回も攻撃を与え、腕をすべて失った鬼は膝が崩れ、倒れる。
〈称号【鬼神の如き】(カテゴリー4以上の鬼系等のモンスター相手にソロで8割以上のダメージを与えた者に与えられる)を獲得しました〉
脳内にアナウンスが流れる。
これで称号は87個目だな、
それじゃあ回復をs……
視界が急に黒に覆われる。
あれ?おかしいな
HPはまだ……残っているはず
でも力が入らない。
薄れゆく意識の中、かろうじて視界に入った人影。
その女性の姿を知っている。
知っているはずだが記憶と目に映る光景が関連付けされる前に意識が遠のいた。
*
「はぁ この大鬼のソロ討伐なんて相変わらずむちゃくちゃね」
「それにあの時の楽しそうな表情、変わらないんだね」
よいしょっと言いながらその女性は如月を抱え上げた。
成人男性を軽々しく持ち上げることができてしまうのは彼女が特別だからではない。いや、彼女は特別ではあるがこの行動とは無関係だ。
この世界が着実に変化している証拠だった。
「HP28/13655ね。まあ実際は2回倒れるような状況だったもんね。意識やられるだけの疲労がたまっても無理ないわ」
如月の状況をISで確認した彼女。
あたりを見回し、意識を失った如月を抱えながら彼女は歩き始める。どこに向かうかは彼女のみが知っている。
そんな二人を今は人の気配が無い高層物の屋上から見ている少女が一人。
「ここにいたんだ」
「やっと、見つけることができた」
望遠スキルを解除して少女もまた立ち上がり二人の方を目指して進み始めた。
あなたたちのおかげで私はいるの。
始まりの2人、託してみるわ。