伝える言葉
恥ずかしさを堪えて目を合わせようとするも、彼女はあえて視線を外しました。
「ちょっと不安に思い、確認をしてみただけです」
何となしの正直な言い訳で、当然君を鎮められはしません。
「不安にさせてしまいましたのね。では、今度からは、絶対にあなたを不安になどさせませんよう、ずっとあなたのお傍におりましょうかしら? わたしとしては、邪魔でないのならいくらだってあなたの隣におりたいものですし、それでしたら疑うところだってなくなりましょう?」
嬉しい言葉ではありますが、彼女はきっと怒っているには違いないようでした。
ずっと僕の傍にいてくれるとは、不安になる余裕もないくらい君が愛してくれるとは、僕にとっては理想とも言えるところでした。
彼女からしたら、冗談にも近しいところで、ひょっとしたら、脅しとして使われているようなことだったでしょうが、僕としては本気で求めたいところでもあるのでした。
そして、そのことを鋭い彼女は全く気が付いていないのです。
どう見たってそうなのです。
翌朝も、不安というのは僕の中にまだ生きていました。
変に真剣に言ってしまえば、それは僕の執着となり、かえって彼女を遠ざけることであるように思えました。
このもどかしく、なんとも言えない感情は、僕の手から溢れる文字によって、消化してしまわなければならなそうです。消火して、昇華させなければ、ならないようです。
僕に残しておくのは、得策とは言えないことでしょう。
敏感で、特に僕についてのことには増して鋭い君のことですから、適当な言葉で誤魔化せないことも、僕はわかっております。
「お疲れ様です。お仕事に熱心であるのは素晴らしいことですが、お食事くらいお食べにならないと、体調を崩してしまいましょう?」
ちょうど、伸びをしながら彼女を想っていたところですから、声が聞こえまして、ひどく驚愕を致しました。
驚かせたつもりというのはなさそうですが、予想外に驚いた僕のことを彼女は一通り笑いました。
「あ、ありがとうございます」
なぜだか少し緊張しながら、僕は彼女の用意してくれた昼餉を受け取りました。
早起きをしたにはしたのですが、例の心のこともあって、何も食べないうちに朝が過ぎているようなのでした。
このままではいけないのでしょうが、一人でどうにもしようがないことを、薄々には勘付いていました。
しかし君に頼れないことは、昨晩にも今朝にも思ったとおりです。
「そんなに不安ですの? わたしはあなたを裏切るように見えていますの?」
察してしまった彼女の表情は、哀しさを訴えていました。
言葉を操る仕事をしていながら、情けないことではあるのですが、今の僕は言葉による解決策は見つけられませんでした。
どのような言葉を並べたところで、僕のこの想いを伝えられようもない、どこかで齟齬が生じてしまうのが必然だと思わないではいられなかったのです。
今使うのにぴったりの言葉なんて、存在していないようなのです。