逃げる場所
クスリと、彼女は笑いました。
「ならば答えは知れたものではございませんの? あなたが愛していますのなら、わたしを愛していますのは、あなたということと違いまして?」
言っていることは、尤もであるようでした。
けれどもそれはなんだか、僕の求めている答えとは、僕が知りたいと思うこととは、全くもって違っていたのです。
可愛らしい人でありますから、僕の他にも誰ぞ君を愛しているのではないかと、つまり僕が考えたのはそういうことなのです。
僕の不安というのは、そういうものなのであります。
求めていたものが得られなかった反動のように、そっと僕は左手にペンを取りました。
食事などのときには右手を使う僕ですが、仕事で文字を並べるときに限ってのみ、僕は左手でなければならなかったのです。
突如として、左利きになるのでした。
いつもは真面目に働かない僕ですから、たまに筆が乗っていようときには、担当の人はひどく喜ばれます。
それを横目に見ているときには、大体、僕の集中が切れているときというものでもあるのですが。
喜んでいる姿を知っている時点で、僕は集中して仕事なんてしていません、そう知られることはとても許されないでしょうね。
ご褒美が頂けなくなってしまいます。
そんなことはなくて、僕には気になっていることがあるのですよ。
気持ちを文字列に込めて、気の狂ったように書き連ねて、そうでなかったとしたらば、気の狂った僕という存在が前へ出て来てしまいそうな、そういった状態なのですよ。
最も僕が小説を書くに相応しいコンディションが、これであるのではありますが、そのままでいられるでもありません。
壊れるのは心なのですよ。
執筆へ逃げ、発散の場所を用意したところで、心に溜められているところは、変わらないところでもあるのです。