図書館のお友達。
いつものように目についた本から読みたいものを2冊選び、読書コーナーの椅子に座り、ゆったりと座り心地の良いソファで読書に集中します。どのくらいの時間がたったのか気が付くと玲くんが目の前に立っていました。
「・・・・・・つぶちゃん。」
見上げると玲くんの後ろには女の子がふたり。
ニコニコして私を見ています。私が言葉を発するより早く玲くんが話し出しました。
「つぶちゃん、この子達僕と同じ塾に通ってる子達なんだけど、今、偶然会ったんだ本を借りに来たんだって。ふたりとも本が大好きだって言うからつぶちゃんと合うかと思って連れてきた。こっちが岸本莉那ちゃんで、こっちが飯村香織ちゃん。」
玲くんから紹介されたふたりは口を揃えて『こんにちは』と挨拶をしてくれました。岸本莉那ちゃんと言う子はボーイッシュなショートヘアのスッキリした顔立ちで涼しげな目元が印象的でした。もうひとりの飯村香織ちゃんは丸い大きな目をした髪の長い女の子。対照的なふたりでとても覚えやすいと思ったのが初対面のふたりに対する印象でした。
「この子は円谷円ちゃん。」
「こんにちは。」
私が挨拶をすると、玲くんは手にしていたメモ用紙に大きく円谷 円と書き記し、ふたりに見せました。
「つぶちゃんは漢字で書くと円谷円で、どっちから読んでもつぶらやまどかなんだ。面白いし覚えやすいでしょう?」
「本当だ!どっちから読んでも『つぶらやまどか』ちゃんなんだねぇ。」
ふたりが感心してメモ用紙を覗き込み、楽しげに私の名前を復唱しました。やがてふたりは顔を合わせると
「何読んでるの?」
と訪ねてきたので私はふたりに持っていた本の表紙を見せました。
「わぁ、乾くるみだぁ。私も好き!!すごく面白い話だよね。」
ふたりは声を揃えて言いました。好きな作家の話を人と共有するのが初めてでドキドキしました。それは今までに感じたことのない嬉しいドキドキで、そこが図書館であることを忘れて
「面白いよね!」
とソファから飛びあがり答えていました。飯村香織ちゃんがシーッと口元に指を当て、岸本莉那ちゃんがそのやり取りを見て笑いをこらえています。岸本莉那ちゃんの肩の震えが収まると
「本当に本が好きなんだね。」
と言ってくれました。私は
「うん!!」
と答えました。
「私達友達になれそうだねぇ。」
飯村香織ちゃんが言うと
「莉那って呼んで。」
と岸本莉那ちゃんが言い、続けて飯村香織ちゃんが
「香織って呼んでね。まどかって呼んでもいい?」
私は何だかとても嬉しくて
「うん!」
と答えていました。お友達らしいお友達は玲くんしか居なくて、初めて出来た女の子のお友達です。しかも読書好き。嬉しくないわけがありません。3人でおすすめの本を語り合いました。玲くんは訳が分からない様子ですがふんふんと話を聞いています。
「吉井は、本よりマンガでしょう?」
莉那ちゃんが玲くんに言いました。玲くんはへへっと笑って頭を掻いています。私はちょっとびっくりして莉那ちゃんと香織ちゃんに尋ねました。
「吉井って呼んでるんだ。玲じゃないんだね。」
「だって、吉井は玲って言うより吉井だよね。」
ふたりは顔を見合わせて笑い
「まどかは吉井をなんて呼んでるの?」
と訪ねられたので正直に
「玲くんって呼んでるよ。」
と答えました。ふたりは『玲くんだってぇ』と笑い、『じゃぁ、玲でいいんじゃない?呼んでみなよ』と言うので試しに
「玲。」
と呼んでみました。なんだかちょっとスッとします。呼び捨てにされた玲くんはまんざらでもなく
「なぁに?つぶちゃん。」
と尋ねてきます。それを聞いていた莉那ちゃんが
「吉井もまどかって呼べばいいじゃん。」
と言いました。玲は両手を組んで何か考える様な仕草をしてから
「でも、つぶちゃんはつぶちゃんだからなぁ。」
とぶつぶつ言うと
「じゃぁ、つぶちゃんでいいんじゃない?」
と香織ちゃんが助け船を出してくれました。こうして私は玲くんを玲と呼ぶようになり、玲は変わらずつぶちゃんと呼んでくれることになりました。
「ねぇ、まどか。おすすめの本教えてあげるよ。」
「私も教えてあげる。」
「ありがとう。莉那ちゃん、香織ちゃん。」
「ちゃんは付けないって決めたでしょう。」
香織ちゃんが笑って肩を叩いて来ました。私は思いきって
「ありがとう。莉那、香織。」
と言い直しました。何だか距離がグッと近づいた気がします。玲はふたりを名字で呼び捨てにしているようでした。きっと私とよりずっと仲良しなんだろうなと思います。私もいつか玲から呼び捨てにされるようになるのかなぁとチラリと思いました。
莉那と香織が私に薦めてくれた本はふたり合わせて12冊。図書館で個人が借りられる冊数は2週間で10冊。2冊は諦めるしかなさそうだと選りすぐって居ると玲が
「僕のカードも作って全部借りたらいいよ。」
と、受け付けカウンターへ走っていきました。戻ってくるとニコニコで10冊の本を積み上げカウンターへ行こうとするので半分にしようよと言ったら
「これだけ持っていけば、僕はすごく読書家に見える。つぶちゃんは2冊借りておいで~。」
と何だか偉そうに歩いていきました。その姿を見て香織が
「重くてダイエットになるかもねぇ。」
と笑っています。私達は2週間後の土曜日、またここで会う約束をしました。『バイバイ』と別れた瞬間から2週間後が待ち遠しくて仕方がありません。玲は結局10冊の本を家まで運んでくれて
しっかりおやつを食べて帰っていきました。