本のお城。
小学6年の夏休み、いつものように玲くんが遊びに来ました。
「つぶちゃん、遊ぼう。今日はさ、ちょっと出掛けようよ。」
「本が読みたいから嫌。」
「そんな事言わないで。僕、いいところ見つけたんだ。隣町の図書館。すごく広くて本がたくさんあるよ。」
「図書館?」
「そう、図書館。図書館はねぇ、好きな本を貸し出してくれるんだよ。だから面白いなと思った本を借りてきてお家で読んだらまた図書館に返せばいいんだ。だから部屋に本が溢れちゃう心配もいらないんだよ。」
私は自分の部屋を見回しました。うず高く積み上げられた本、今日この日までたくさん、たくさん積み上げて来てかなりのものです。このまま行けば、いつだったかママが言った要塞とやらが完成してしまうかもしれません。例え、お友達が玲くんしか居ないにしても閉じ籠ってしまうのは嫌です。私はひとつ返事で答えました。
「行く。」
私は滅多に乗らない自転車を引っ張り出してきてママに玲くんと、隣町の図書館へ行くことを告げました。
「隣町?結構距離があるわよ。大丈夫なの?」
「大丈夫です。僕も一緒に行くので。」
「そう、玲くんが一緒なら大丈夫ね。」
心配していたママも玲くんが一緒ならと快く快諾してくれました。恐るべし玲くんパワーです。かくして小学生のふたりは夏の暑い最中、自転車を飛ばして図書館に辿り着きました。汗でどろどろになった私にもっとどろどろになった玲くんが話し掛けてきます。
「つぶちゃん、大丈夫?早く中に入ろう。こっちだよ。」
玲くんは図書館の立地に詳しいらしく、率先して案内してくれます。初めてやって来た図書館はガラス張りで中の本棚が外から見える2階建ての素敵な建物でした。ぐるりと回り入り口を入るとエアコンの風がとても涼しく私たちを迎え入れてくれました。
「つぶちゃん、こっち。冷たい水飲もう。」
玲くんは、冷水機にタタッと駆け寄り紙コップに注いだ水をくれました。一気に飲み干しひと息つくとぐるりと館内を見渡し言いました。
「つぶちゃん、この図書館すごくいいところでしょう?僕、こっちにある塾に通ってていつも見てたんだ。外側からたくさんの本が見える素敵な建物で、まるで本のお城みたいでしょう?いつかつぶちゃんを連れてきたいなってずっとお思ってたんだ。」
「うん、すごく素敵。来て良かったよ。」
「へへっ。涼んだら本を見てくるといいよ。僕はあっちの漫画コーナーに居るから。」
玲くんは嬉しそうに笑って漫画コーナーに飲み込まれて行きました。私は呼吸を整え、図書室の入り口の扉を開けました。ふわりと独特の書物の匂いが鼻をくすぐります。大きな、大きな本棚に整然と並べられた本。近所の小さな本屋さんとはわけが違います。ゆっくりと迷路のような本棚をすり抜けて歩き回り、外を見渡すと陽の降り注ぐ明るい館内からは美しく整えられた芝生の庭が見え、本当にお城に居るようで私はこの場所がとても気に入り、玲くんとふたり毎週のように通いました。