伝えたい思い。
書いて、書いて、書いて。
書いていくうちに色々な事が思い出され、私の中の記憶の糸が繋がっていく。その細い細い糸の先にはいつも玲が居てくれた。こんなことにも気付けなかったなんて。書きながら涙が溢れた。
玲、ごめんね。そしてありがとう。
ママのノックで引き戻され、食事をし、また小説を書く作業に没頭する。そんなことを何度も繰返しノートの余白を埋めていきやがて小説は完成した。時間の感覚を失ったまま部屋の扉を開ける。陽の光が眩しくて目を細めた。部屋から出てきた事に気付いたママが声をかけてくる。
「まどか、大丈夫なの?寝てないんじゃない?」
「ママ、今は何曜日の何時?」
「えっ?日曜日の午後1時だけど。」
日曜日の午後1時。
きっと玲は部活に出ているはず。
今から行けば玲に会える。
私は書き上げたノートを持ち部屋から駆け出した。
「どこに行くの?」
「ちょっと学校に行ってくる!」
「まどか、何言ってるんだ!金曜の夜から寝てないんだろう?それなのに外に出掛けるなんてパパは許さないぞ。」
しっかりと腕を捕まれ放すことが出来ない。
何度も振りほどこうと腕を振る。
「お願い。行かせて!お願い・・・だから・・・行かせて・・・下さい」
泣きながら訴えるとパパの腕の力が緩んだ。振りほどき玄関へ駆け抜ける。
「まどか!!」
呼び止めるパパの声はするけれど追っては来ない。きっとママが引き留めているのだろう。私は腕時計を覗き込んだ。
1時18分。
駅から電車に乗るのももどかしい。
ガレージに停めてある自転車を引っ張り出して飛び乗った。
急いで行けば1時間。それでも電車内でやきもきした気持ちをもて余すよりいいだろう。私は無心でペダルを漕ぎ続けた。学校への坂道も駆け上り駐輪場に着いた。時計に目をやると2時35分。この天気ならきっと陸上部はグラウンドだ。無造作に自転車を停めグラウンドに向かい走り出す。グラウンドに降りる階段の上から玲の姿を探す。ちょうどコースを走っている所だった。外野には玲を見に来たであろうたくさんの女の子。足がすくむ。心臓がドキドキして苦しくなる。持っていたノートを潰れるほど胸に抱いて大きな声で叫んだ。
「玲ーっ!!」
突然の事にグラウンドがざわめく。
声に気付いた玲が走るのをやめ足を止めた。私の姿を確認すると待っててと言うように手で制した。クルリと向きを変え私の方に走ってくる。ブーイングにも似た声が響いてくるそれでも玲はこっちに向けて階段を駆け上がって来た。私はへなへなとその場にへたり込んだ。
「・・・つぶちゃん、どうしたの?」
息を切らせて玲が尋ねてくる。
「玲に見せたくて。これ。」
完全に折れ曲がってしまったノートを差し出した。ノートを受け取ると玲は空いた手を差し出して「立てる?」と聞いてきた。
「大丈夫、立てる。」
私は慌てて階段のポールに掴まり立ち上がった。
「ここじゃ何だから移動しよう。つぶちゃん、すごい汗だけど走ってきたの?」
「自転車で来た。」
「自転車?!」
驚いた様な声を出した玲はすぐに落ち着きを取り戻して
「じゃぁ、駐輪場に行こう」
と駐輪場に向かった。私の自転車の前に行き「鍵を貸して」と言う。鍵を渡すと自転車を押し無言で歩いていくその後ろを着いていく私。校門を抜けたとき玲は自転車に跨がった。振り返っていたずらっ子みたいな笑顔を見せる。
「つぶちゃん、後ろ、乗って。」
戸惑っていると「早く。」と急かされた。急いで後ろに飛び乗ると玲が坂道をすごいスピードで下っていく。
「もしかしたら停学とかになるかもね~。でも、何か気持ちいいからいいかぁ。涼しいねぇ。つぶちゃん。」
ご機嫌に言いながら自転車を走らせる玲。
やがて玲は自転車を小さな公園に滑り込ませた。
「ここでいいかな?」
「うん。」
「座ろうか?」
「うん。」
「あのベンチがいいね。行くよ。」
言葉少なく答える私を玲がエスコートしてくれる。
「座って。」
ベンチ並んで座る横から玲の視線を感じた。私は視線を合わせる事が出来なくて俯く。しばらくの沈黙のあと、玲が話し出した。
「これ、読んでもいい?」
手にしたノートを見せられて私はコクりと頷いた。
パラリとページを捲る音がする。
「へえっ。恋愛小説家か。」
ページの1番初めに書いたタイトルを読み上げる。
またパラリとページを捲り静かになった。
不安になった私は顔を上げ玲の横顔を覗く。綺麗に整った横顔が真剣にノートを読み上げていく。どれくらいの時が経っただろう。すっかり日が傾く頃、玲がパタリとページを閉じた。
「僕とつぶちゃんのお話だ。しかも僕の企みがバレてる。」
「莉那から聞いた。」
「あのおしゃべりめ。」
そう言いながらも玲は笑っている。
「私ね、やっと気が付いたの。玲が・・・・・・。」
「待って。僕から先に言わせて。」
玲に言葉を遮られる。
「つぶちゃんは、このお話に僕が手の届かない人になったみたいに書いてるけど、つぶちゃんの方が僕にとって手に届かない女の子だよ。急に作家になったりして焦った。だから、僕もこうしちゃいられないって陸上に熱を入れたんだ。初めはね、皆に笑われた。いつもデブって言われてたけど、この時は散々言われたよ。でも、頑張って、頑張って頑張ったら僕も変われて、周りも変わった。気が付いたらキャーキャー言ってくれる女の子がたくさんいてビックリした。掌を返したように馬鹿にしてきた女の子迄が群がってきたんだから。そんな中でいつでも態度を変えなかったのはつぶちゃん、君だ。僕が太り初めて回りの子から邪険にされ始めてもつぶちゃんは変わらず僕に居場所をくれた。それがすごく嬉しかったんだ。だから僕はいつの間にかつぶちゃんを守ろうって心に決めてた。幸いつぶちゃんは鈍かったからね。何とでもなった。でも、鈍すぎて僕の気持ちには気付いてくれなかったね。焦ったよ。痩せたら昔を思い出すかな?って頑張ったのに逆に距離を置かれるし。」
玲が苦笑いを浮かべる。
「ごめんなさい。」
「いいよ。つぶちゃん、あのね、僕は君の事がずっと、ずっと好きだった。」
ベンチの前に回り込み、じっと私の目を見て話す玲。
「私も玲の事が好き。」
「やった。僕のお姫様がやっと目を醒ましてくれた。」
玲は立上がりその手を差し出した。
私は今度はその手をしっかりと握る。
「帰ろうか?つぶちゃん」
「うん。」
私達は乗ってきた自転車をひいて手を繋ぎ家まで帰った。