すれ違い。
久々に出てきた中庭は日差しが強く眩しい。
青々とした芝生にシートを敷いて莉那と一緒に玲と香織を待つ。しばらくするとニコニコと二人がやって来た。
「岸本もつぶちゃんも早いね。」
「当たり前でしょう?こんなに天気がいいの久し振りなんだから早く場所取っとかなきゃ取られちゃうし。」
「いや、でも雨上がりで芝生もびしょびしょだから皆出てこないんじゃないかな?」
芝生を歩いてきた玲が濡れて色の変わったスニーカーを莉那に見せながら言い、一緒にやって来た香織もローファーをなるべく濡らさないようにつま先立てて近付いて来るとサッとローファーを脱ぎシートに座り込んだ。
「4人でランチなんて久々だね。」
香織が嬉々として言う。
「そうだねぇ。もうすぐ梅雨も明けそうだからまた外ランチ出来るよ。それに外連が始まったら飯村とつぶちゃんにまた応援に来てもらわなきゃ。」
いつもの調子でのんびりと悠長なことを言う玲にびっくりしてしまう。玲は自分の身の回りの変化に気が付いて居ないんだろうか?少し意地悪な気持ちが頭をもたげて来て私は、思い付いた言葉をそのまま口にしてしまう。
「あのさ、もう私達が練習の応援に行かなくてもいいんじゃないかな?」
「えっ、なんで?どうして?」
急に慌てた様子の玲に理由を話してみる。
「だって、私達じゃなくても応援してくれる人増えたじゃない。ただの冷やかしの私達が行くと玲の事を真剣に応援してくれる子達の邪魔になっちゃうから行くのは止めようと思うんだ。玲は練習で頭が一杯で自分の状況に気が付いてないかも知れないけど、すごい人気なんだよ。」
一瞬ポカンとした間を置いて玲が話し出した。
「冷やかしでも何でも僕はつぶちゃんに来てもらいたいんだけどな。前に言ったじゃない?いつかつぶちゃんの小説に書いて欲しいって。だからそのためにも見に来てよ。ね?」
ニッコリと笑って言う玲の涼やかな笑顔がとても眩しくて視線を合わせられず俯いてしまう。私の中の意地悪な気持ちはますます膨れ上がった。
「小説になんかに書かなくても玲はもう充分有名だよ。自分の力で変われたんだから良かったじゃない。それに、私はもうずっと小説書けてないし、書ける気もしないの。だから無理!」
「つぶちゃん・・・・・・。」
つい強い口調で玲に当たってしまう。
玲はそのまま言葉を飲み黙り込んだ。
そんな私達のやり取りを莉那と香織は驚いた様子でただ見つめている。
「ごめん。私、やっぱり教室に戻るね。」
私は、居たたまれなくなってそそくさとその場を離れ、教室に戻った。自分の座席に座り込み顔をうつ伏せる。ドキドキと自分の心臓の鼓動が響いてくる。分かってるんだ自分が悪いって。だけど、素直に謝れなくてその場から逃げ出した。
私は、最低だ。
昼休みの終わりを告げるチャイムの少し後に誰かに肩を叩かれた。顔を上げると莉那が怖い顔で立っていて手にしたメモを机に置いた。
「吉井から。まどかにって。」
そのまま莉那は自分の座席に戻って行く。
メモを開くと『つぶちゃんの気持ち考えてなくてごめん。』と玲の文字で書かれていた。私は、激しい心のざわつきと共に手にしたメモ書きをクシャリと握り潰し、また机に突っ伏した。教室に入ってきた教師が私の様子を見て声を掛けてきた。
「円谷、どうした?体調でも悪いのか?」
「ちょっと頭が痛いです。」
「お前が体調不良なんて珍しいな。保健室で休んでこい。」
「はい。」
咄嗟に口から出た嘘。
だけど、その嘘に救われた。
私は仮病で教室を抜け出して保健室へ向かった。
「失礼します。」
「はい、いらっしゃい。どうしたの?」
明るい保健室の先生が出迎えてくれる。
「頭が痛くて。」
「あらそう。ちょっとごめんなさいね。」
そう言うと保健室の先生は手にした体温計を私の耳の中に入れる。すぐにピッと電子音がしてそれを確認すると特に何も言わず
「そこのベッドに寝ちゃってて。担当の先生には放課後まで預かるって伝えておくから。」
「ありがとうございます。」
早速ベッドに横になり間仕切りのカーテンを閉めた。それがシャッと突然開けられて保健の先生が顔を出す。
「それと、ハーブティ飲みなさい。寝る前にカモミール。気持ちが安らいで良く寝れるわよ。飲み終えたら床頭台に置いといてくれればいいから。」
そう言うと、湯気が立ち上るマグカップを差し出し、受け取ったのを確認すると何事もなかったようにカーテンの向こうへ消えていった。差し出されたハーブティを口にすると確かにそれは優しい口当たりでささくれだった私の心を静めてくれた。全て飲み干してベッド横になった。