本の虫。
幼少期を過ぎ、小学生になった私は自分で本が読めるようになりました。ママは本だったらお小遣いの範囲外で買ってもいいわと言うので週1ペースで本を買い求めました。
特に恋愛小説は私をドキドキさせました。
絵本の様なハッピーエンドばかりでなく、切なくなる様な別れまで。一冊の本の中に多様なエピソード。ページをめくる度に私の意識は飲み込まれ、活字に溺れました。
私はあまりに本にのめり込みすぎ、お友達を作るという大切な作業を怠りました。ゆえにお友達と呼べるのは玲くんしかおりません。玲くんは相変わらずゆさゆさとお腹を揺すりニコニコとウチにやって来ます。
「つぶママ、こんにちは。」
「あら、玲くんこんにちは。まどかならお部屋よ。また読書に夢中みたい。」
「そうですか。じゃぁ、お邪魔します。」
「どうぞ。ついでにおやつを持っていってくれる?ふたり分ね。」
「はい。ありがとうございます。」
ママは玲くんが遊びに来る度にトレーに乗せたおやつを玲くんに運ばせました。玲くんはそれを大事そうに持って部屋にやって来ます。
「つぶちゃん、おやつだよ。」
「ありがとう。今良いところだから置いといて。」
「うん。今、なに読んでるの?」
「教えない。」
「あっ、そう。」
玲くんの良いところは読書の邪魔をしないところです。それと私に玲くん以外のお友達が居ないことをママやパパに告げ口しないところ。これは意外と重要です。親は子供の交遊関係に意外と目を光らせていますから。1度ママが玲くんに尋ねた事がありました。
「玲くん、まどかはウチに玲くん以外のお友達を連れて来たことがないんだけど、まどかはクラスの皆と仲良くやってるのかしら?」
玲くんはちょっと考えたあと言いました。
「つぶちゃんは大丈夫ですよ。本が大好きだからお家に帰ったり、お休みだったら本が読んで居たいんだと思います。つぶちゃんは本の虫ですから。僕が良く観察して異常があればつぶママに知らせます。」
「そう、ありがとう。玲くんが居てくれて助かるわ。でも、本の虫なんて面白い事言うのね。」
「本に夢中になりすぎる人を本の虫って言うみたいですよ。だったらつぶちゃんは完全に本の虫ですね。いつか積み上げた本で繭を作って蝶になるのかもしれない。」
ママは私の部屋を見回して言う。
「本の要塞を作って閉じ籠らないと良いけど。」
「ちょっと、やめてよね。人の趣味にとやかく言わないで。」
あまりにもふたりが好き勝手言うので頭に来て怒りました。でも、玲くんの言う繭を作って蝶になるのかもしれないっていう言葉はちょっと気に入りました。その日の夜、気になってこっそりパパのパソコンで本の虫を調べたら玲くんの言う通り本に夢中になる人だと書いてありました。それにもうひとつ、そういう昆虫が本当にいて紙魚と言うそうです。興味もあって調べてみたら銀色の気持ち悪い虫の画像が出てきて、慌ててパソコンを閉じました。
私は繭を作って蝶になるより、要塞を作る可能性の方が高いかも知れないでも、読書はやめられないし、やめたくないと心に強く思いました。そして要塞を作って閉じ籠るなんてネガティブな事は考えないようにしようと心に決めました。私は自分の好きなことに没頭しているだけです。何も悪いことはしていないのですから。